125.その後
島でのアイゴン祭りはゆうに2週間は続いた。
そして、まだ終わる気配はない。
祭りは終わらないのに、この島の守り神アイゴンのマスターである俺だけの特権だったのに獣人たちから崇められる日々も徐々に薄れてきている。
むしろ俺だけではなく…っていうか、どっちかというとボン爺とディアーナそしてアイリスの方が俺よりも立ち位置が上になっている気すらしてきた。
なんでかって? ボン爺とディアーナが俺の事を顎で使うからだよ!
アイリスに至っては可愛いから仕方ない。
ま、ぶっちゃけそんなことはどうでも良いんだ。この島での生活は正直楽しい。この島は常夏の気候なのにかつて前世で暮らしていた真夏の湿気がなくて過ごしやすいし、魚も果物も旨い。
夜間のマール対策を覚えてからは狭いテント内でも安眠出来るようになったから夜中の虫による被害も減った。
たまにテントの隙間からハツカネズミなみのデカさの芋虫が入ってきてディアーナとアイリスの悲鳴で飛び起きる程度には落ち着いた。
獣族達はベネット族といい、本人達の自己申告によればかなり排他的で、特に人間に対しては嫌悪感を持つ者がほとんどらしいんだけど、それはちょっと信じがたい。
確かに俺たちはこの島にメイを連れて帰ったし、アイゴン達の為の泉も作った。
恩人だから特別待遇を受けているってのは分かる。
獣族特有の身体能力の高さもあって大人の獣人はかなり強いのも鑑定で見てるから知ってる。
でもさ、この小さな島には特に物理的な壁も柵もないしどこからでも侵入できる。
過去にメイが誘拐されたことも含めて考えるとメイだけではなく他の島の子供達もやたらと懐っこいし、大人たちがいくら警戒してもメイの友達で特に仲良くなったリリーとウーナなんかは多分次に人が来たら誰だろうと尻尾を振って付いて行きそうで心配だ。二人ともメイに劣らず可愛いし。
だけどいつまでもここにいるわけにはいかないしなあ……。
ルッカはまだ兄貴達が視えていないらしいけど、この島に吹っ飛ばされた事でかなり距離をとってしまったし、そろそろこの島を出ないとまずいだろう。
さっきなんてリリーの親父さんに「いつまでもテントじゃ狭いだろう」と俺たちの家を作ろうかと提案までされてしまった。
っていうか半分作りかけてあった。
この島の生活に慣れ始めて、俺たちの服装もすでにベネット族化してきていてるしメイも故郷に馴染んで「やっぱりメイ、ここにのころうかな?」なんて言われたら俺もここから離れられない。
まじでこのまま成り行きに任せていたらうっかり目的を忘れてこの島に定住してしまう気がする。
むしろそんな気しかしない。
近いうちに島を出よう。
…うーむ。だけどやっぱ島を出る前に、仲良くなった皆に悪い奴らの危害が及ぶような事があって欲しくないんだよな。
どうすっか……。
『ぐだぐだとうるさいわねー。そんなの、かんたんよ? 私が島に呪いをかけてあげる』
はあっ? 呪い? …ルッカよ、なんの恨みでそんな事を。
『えっ? 恨みなんてないわよ。あのね、私はこの島にレオ達以外の人間が入ってこれないようにしてあげるって言ってるの。この際ちょうどいいからマールも鍛えてあげようかしら。…ふふっ。鍛えるだって。なんだかディアーナみたい! きゃああっ』
ルッカは妙にディアーナに憧れてんのな。
ディアーナだってルッカからみたらガキなんじゃねーの?
『えっ? うーん。そうなんだけど、ディアーナって凛々しいし素敵じゃない? 同じ女子として一人でも巨大な悪に立ち向かうわみたいなところとか、カッコイイし』
同じ女子…まあいいや。良く分かんないけどディアーナはそんなイメージあるよな。
で、えーっと……聞こえは悪いけどそういう呪いならいいんじゃね。頼むよ。
まあ人間にも俺たちみたいな善人もいるし、悪い奴って人間には限らないからもうちょっとその辺考えてやってくれよな?
『……条件が増えると時間かかるのに。すっごい善人でも可愛い獣人の子を見たら豹変して悪人に変わるかもしれないじゃない。うーん。困ったわね。でも、ま、いいわ。ややこしい方がマールにも勉強になりそうだし…なーんてね。ふふふっ』
さっすがルッカ先生。頼りになるよ。よろしくな!
『じゃ、さっそくだけど今夜からとりかかるからマールに伝えといて。あとレオの通訳だと当てにならないからアイリスも一緒に頼むわ』
へっ? 夜やんの? なんで? 今からでいいじゃん。
だいたいここ最近マールは昼間メイたちに混じって遊びまわってるから確実に夜メシ食ったら寝るぜ?
『あのね。メイ達にすっかり馴染んじゃってるけど、あの子はもう200歳なの。どんなに眠かろうと師匠のこの私が寝かせる訳ないじゃない。……ふふっ師匠だって。やだあ』
あのマールが一度寝たら起きるかよ。
だから昼間でいいじゃん。
『昼間だとみんな起きてるし、妖精達も嫌がるから人気のない夜じゃないとだめよ。なんなら今のうちにマールには昼寝させといて』
なるほど…妖精に頼むのか
『そうよー。呪いは妖精とエルフのお家芸だもの』
聞けば聞くほど妖精もエルフもタチが悪いよな。
じゃ、マールは昼寝と。アイリスにも悪いけど頼んでくるか。
『うふふっ。あー夜が楽しみだわ! 夜ってみんな寝ちゃうからつまらなかったんだもん』
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マールはメイ達と既に砂浜に寝転がって熟睡していた。砂まみれだ。
側には果物の食い散らかしが盛大に転がっている。
『これなら夜は大丈夫ね。レオ、今日のマールの夜ご飯はいつもの半分以下に抑えさせなさいよ? 食べ過ぎたらたぶん寝るから』
オッケー。マールはよしと。次はアイリスか。
アイリスはディアーナと共に、女性陣から編み物を習っているところだった。
編み物っつっても服を作っているわけではなくその辺の葉っぱを編んでコップとか皿を作っている。
すごく楽しそうだ。
二人とも言葉も通じないはずなのに。
あそこまで女だけで固まってると……非常にあの中に入りずらい。
『レオは子供なんだから大丈夫でしょ?』
いや。あれは無理。さすがに俺だってあの楽しそうな空気を読まずに入っていけねーよ。
『女子風呂には入ろうとしたくせに』
うるせー。にやにやすんな。
とにかくあとにするよ。
せっかく楽しそうにやってるんだから邪魔するなんて野暮な事は俺はしねえ。
そんなナイスガイに俺はなるんだ。
『ふーん……アイリスが寝不足になってもいいの?』
確かに。でもあんな楽しそうに笑ってるアイリスもディアーナも見た事ないからなー。
……今夜は打ち合わせだけにしといてくれないか?
『まあ、いいわよ。つまんないの』
となると、途端に暇だな。
ボン爺のとこでもいくか。
『ボン爺さんならお酒飲みすぎてお昼寝してるわよ? ここのお酒、フルーツから作ってるみたいなんだけどすっごく美味しいみたいなの。いいなー。いいなー。私も生きてたら飲んでみたーい』
まじか。まじでこの島やばいな。
早く出ないと染まりきってしまう。
っていうか、暇だし久しぶりにステータスでも一緒に見るか。
……は?
……はっ?
俺、ポイント300万くらいあるんだけど……
『アイゴンじゃない?』
なるほど。
『あと、マールも助けたし』
なるほどなるほど。
『最近はメイとマールの命も救ったし』
ほうほうほう。
……俺、『妖精使い』のスキル取ってみようかな。
『それだけはやめて』