124.救世主
翌朝。
結局、俺とディアーナは二人テントの外で夜を明かした。
この島にはかなりの数の虫がいてしかも気候のせいかかなりデカい。
最初は冷静を装っていたくせに途中からぎゃあぎゃあと騒ぎはじめたディアーナと共に害虫退治に忙しかったからあんまり寝た気がしない。っていうかほぼ寝ていない。
メイはこの環境で育ったのか。だから平気なんだな、虫が。
陽が昇り、村のみんなも起き出した様子を見て、テントを開けてみるとマールがミイラのごとくシーツに巻かれて眠っていた。なにやら苦しそうにうなされている。
その横でボン爺とアイリスがすやすやと安らかに眠っていた。
愕然とするディアーナと俺。
それに気づいて起きたボン爺が伸びをする。
「ボン爺、これ……ボン爺がやったの?」
「ああ、マールの寝相はたまったもんじゃないな。ばたばたと暴れてどうしようもないからこの通りじゃ。グルグル巻きにしてやったわい」
ミイラ状のマールをポンポンと軽く叩きながら「お前たちは早いのう」などと呑気な事をのたまった。
「……その手があったのね」
「俺たち、マールのせいで一晩中外で過ごしたんだけど……」
「ほう。ま、こんなのんびりしたところなら野営もいいもんじゃろ」
「いや、ディアーナがさ」
「レオ、余計な事は言わなくていいわ。ボンさんの動きに気付かなかった私たちにも落ち度があったのよ」
「いやでも大変だったじゃん一晩中さ」
「いい? 余計な事は言わなくていいの。ほら、レオも元気なら朝ごはん用に魚でも獲ってきましょう」
ディアーナは知られたくないのか。虫嫌いだと。
……ふふふ。弱点見つけたり。
『余計な事は考えない方がいいわよ。おそらく殺されるわ』
ああ。分かってるよ。
分かってるけど、分かってるけどさ…いつか、何かあった時の為に弱点は知っておかないとさ。
ストレスを大いにぶつけるかのように、ディアーナはでっかい岩を思い切り持ち上げると海に投げ込んだ。そしてその衝撃で失神して浮かび上がった魚を手持ちの袋に入れると軽々と担ぎ上げて集落に戻っていった。
起き抜けの集落の獣人たちは、大喜びですぐに獲ってきた魚を串焼きにしてくれてみんなで食べた。
朝っぱらから陽気な音楽と踊りつきだ。
ボン爺は族長と酒を酌み交わしながら楽しそうに船の交渉を進めている。
残った俺たちは、メイとその友達と一緒に島を案内してもらった。
「にーに! こっちだよー!」
「レオンにーに! メイをつれてきてくれてありがとー」
「レオンにーににわたしたちのひみつのばしょをおしえてあげるからね」
一夜にしていっぺんに妹が増えた!
メイが俺の事をものすごく褒めるから、友人のリリーとウーナまでもが無条件に俺に懐いてくれたのだ。
しかも可愛い事に、”にーに”呼びをしていいのはメイだけだということで、二人にはレオンにーにと呼ぶことにきまったのだ。この気持ちが分かるか? はっきり言って俺はなあ、本当はそこまでメイに好かれている自信はなかったんだ!
そして悔しさを隠せないマール。
案外人見知りをするみたいでメイ達3人の中にうまく溶け込めずに少し後ろを歩くディアーナとアイリスに手を引かれて付いてきている。
どうだどうだ、うらやましかろう。
『レオ、親切心からいっとくけどエルフって結構執念深いから声に出して自慢しない方がいいわよ?』
お、おう。気を付けるよ。
午前中しか浅瀬にならない海をざぶざぶと歩いて小さな小島に向かう。
その小島には大きな木が一本立っていて、沢山のカラフルな実がなっていた。
昨夜と今朝も食べたやつだ。これがおやつ替わりにもなっているんだろうな。
メイたち三人がいっせいに木にするすると登り上から果物を取ってきてくれて、一緒に登ろうと手を引かれたが、何となくかっこよい所をみせたくなって、皆の見ている前でクナイを使って何個か一気に落として見せると「きゃあああっ」と黄色い歓声がわいた。
すげえ。俺、いま人生で一番輝いてるかもしれない。
島めぐりをしていると、森とまではいえないものの、木が密集しているエリアがあった。
「ここがね、もりのまもりがみさまがいるところなんだよ?」
「ほんとうはこどもだけできちゃいけないの」
「アイゴンだよ? アイゴンがいっぱいいるの‼」
確かにそこの地面にはアイゴンが転がっていた。
みな黒くてドロドロしている。
知ってる。アイゴン初期の状態だ。
確か、泉の水凍らしたやつ持ってきてたよな…と考えていたところで大人しかったアイゴンが『グルグル』いいだした。
懐から取り出してやると、俺にしばらくすりすりと躰をこすらせた後に地面へぴょこんと飛び降りた。
『グルアアアア……』
食べた。
「きゃああああっ」
「まもりがみさまがまもりがみさまをたべたっ」
「アイゴン、だめだよっ! やめてっ‼」
「あ、大丈夫だから。多分。みんな落ち着いて」
慌てるメイ達を抱え込む。役得だぜ。ふふ。
アイゴンは、どんどんそのへんのアイゴンを食らっていく。
そして、もごもごと動いた後に、魔素でドロドロになっていた黒アイゴンを吐き出していった。
クリーンな薄緑色に元通りだ。
きれいになったアイゴン達はうれしそうにころころと俺のアイゴンの元へ集まって行きふるふると震えて喜びを表現している。
最近はなんとなくルッカの通訳がなくてもアイゴンの気持ちは分かる。
アイゴンは妙に先輩面してやがる。
『グルアアアア!』『グラアア』『グラアアアアアアアっ‼』
ごめん、ルッカ。あれなんて言ってんの?
『私の通訳なしでわかるんでしょ?』
いや、ごめん。俺の思い上がりだった。
『アイゴンがね、”ここに泉をつくってあげるから動けなくなる前にその前に入浴するよーにっ!”って言ってるの。で、”あざっす””あざーっす‼”みたいなかんじよ』
ふーん。っていうか泉ってだれがどうやって作るんだよ。アイゴンもさすがにできないだろ?
『そんなのあんたが作るに決まってるでしょ。ここに来るときに持ってきた泉の水を凍らせたやつがあるじゃない。その辺ちょっと掘って少し入れてあげればあとはあの子達が勝手にふやすわよ』
なるほど。
さっそくやってみよう。
出来た。
俺は”神の作りし泉”をこの島にも作った。
そしてその功績は、この島中に一瞬にして広まり俺と俺のアイゴンは森の守り神の救世主となり崇められた。
その日から昼夜関係なく何日も祭りが行われ、その盛り上がりは日に増して大きくなっていき、俺たちは「あっじゃあ、俺たちはこのへんで」とは言いにくく出立はかなり遅れることとなった。