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116.断罪


「それにしてもさ、マールはいままでエルフってバレなかったの? そんなに目立つ姿なのにさ」


 個人的な疑問をひとつ。

 青い髪に肌なんてルッカぐらいしか見た事ない。

 領地の書庫にあった本ではエルフの容姿は若く美しいってことくらいしか書いてなかったから、知られてはいない事なのかもしれないけどそれにしては目立つ色だと思うんだけど。


「あ、はい。珍しいってよくいわれますけど『むかし食べた青色の木の実のせいでこうなってしまって……』でだいたい通るんですよね。そもそもエルフの存在を信じてる人も少ないらしいので」


「そんなもんなの?」


「はい。何度か怪しまれたこともありましたけど調べられそうになったら『あ、でもうつるかも……』て言うとだいたい気味悪がる人の方が多くてセーフセーフ!です!」


「そうなんだ……」


「そうなんです! それに泥とかを体に塗りつけてなるべく見た目を汚しておけば、よけい近寄ってきませんしね! おかげで娼館とかに売られる事もなく生きてこれましたよ。えへへっ」


「そうなの。マールも苦労したのね。偉いわ」


「しょうかんってなあに?」


「あっ……メイは知らなくてもいいよ。すっごく怖い所なんだ。メイはこの人たちに助けてもらって本当についてるよ。良かったね」


「そうなんだ。メイはこわいところ、やだな。マールもよかったね!」


「確かにメイは可愛いもんな」


 あの日あの時メイに出会えたことに感謝。


「私はずっと神殿にいて外の世界を知らずに来ましたが、苦労されている方が多いのですね。……私なんてなんと恵まれていたことか」


「いや、アイリスも大概だと思うけどな。とにかくマールもこれからのこと真面目に考えた方がいいよ」


「ええ。出来れば一緒に行動してくれた方が私達も安心だわ」


「そうだよ。マールもいっしょにいこ?」


 長い間だらだらと、しかしとめどなく続く女子トークをぼんやりと聞いていると、湯上りで上機嫌なボン爺が酒を片手にやってきた。


 いったいいつから飲んでいたのかボン爺は既に出来上がっているようで、肉を持つ手を止め不安げな表情のマールの頭に優しく手をおくと


「おお、嬢ちゃん綺麗になってよかったなあ。こいつがお前さんを男と勘違いしてうるさかったのなんのってなあ? はっはっはっ」


 と男風呂での俺のマールへの嫉妬について愉快げに笑いながらばらされた。


「ちょっとボン爺! 誤解だよ!」


 これはまずい、非常にまずいとボン爺の口を押えようととっさに立ち上がったが、酒が入っているせいかその口が止まることはない。


「お前さんどうせ、先に出て女子風呂に覗きにいったんでもないかと思っとったわ。どうだ、図星か? 剣の嬢ちゃんにぶっとばされたか? なんだ…見た感じは無事そうじゃの。はっはっはっ」


「ボンさん、それは本当なの?」

「違うよ! ディアーナ待って、信じて!」


「いやはや、まったくこいつはませとるのなんのって。わしがお前さんの年の頃はそんな色気づいとらんかったぞ? 今はそういう時代なのかのう。まったくわしも年をとったもんだわい」


 ボン爺は軽口で楽しそうに話しながらぐいっと酒を煽ると、とても良い笑顔でにっこり笑った。


 それとは反対に、ディアーナの目がみるみるうちに死んでいった。

 アイリスとマールの目もこころなしか冷ややかな気がする。


 メイだけはよく分かっておらず、


「にーにもいっしょがよかったんだね。なかまはずれはいやだよね」


 と共感してくれたのだけが救いだった。


 しかし、メイが食後のおねむタイムに入り、こくりと隣に座るディアーナの太腿ににあたまをあずけて眠りにつくと、静かに俺への糾弾が始まった。

 メイを起こしてしまわないようにとても静かに。

 むしろその静かな怒りはより恐怖を感じられた。

 

 マールは女の子だった。

 

 ルッカは知っていた。

 ボン爺も、ディアーナも、アイリスも、メイも……みんなマールが女の子だって知っていたんだ……。

 俺だけが、知らなかった。


 俺は必死に誤解を解こうと頑張った。


「みんなっ! 違うんだ。俺は本当に心配してただけなんだって」


「そうね。レオは見張りをしてたって言ってたわよね」


「そうだよ! ボン爺は酔ってるから大げさに言ってるだけだって」


「そう。でもボンさんの話を聞くと……そういえばおかしな所があるのよ。レオ、あなたはどうしてそのローブを持っているの……?」


「っ‼」


「それは、あの時の……レオン兄様……いえ、そんな…まさか」


「えっと、いや。違うんだ、誤解だよ。これはその……いつ何があるか分からないし、念のため……」


「ふうん。ここは敵地というわけではないわよね……? それでも必要なの?」


「それでも、何が起こるか分からないから……」


『あーあ。だから言ったじゃない。後悔するって』


 はっ? 

 後悔するもなにも、なぜに俺は見てもいないのに、見れなかったのに……こんな目に遭ってるんだよ。

 ていうか、ルッカがマールの事を事前に教えてくれればこんなことにはならなかったのに。

 俺の男風呂でのあの無駄な怒りは、いったいなんだったんだよ……

 なんでマールのこと教えてくれなかったんだよ‼

 分かってたら覗きなんてやろうと思わなかったのに! 妄想だけで我慢できたのに!


『うん。そうね、あなたがそんな考えの人だから今ここまで疑われているんじゃなくて?』


 えっ……それはどういう……


『レオの考えることなんて見てればすぐわかるもの』


 まさかそんなわけ……


『とにかく、もう素直に謝っときなさいよ。そして今後もう二度とやましい事は考えないことね』


「……すいませんでした」


「まあ……いいわ。とりあえずこれからの長旅でみんながレオを疑いながら行動する事は出来ない。ただ、この場であなたを吊し上げてたところでアイリスもマールもいるし。レオ、ちょっとこっちにいらっしゃい。二人で話しましょう。アイリス、メイとマールをよろしくね」


「……はい。あの……兄様は……?」


「大丈夫。少し話を聞いてくるだけよ。すぐに戻るわ。なにかデザートでも食べていてね」


 ディアーナはアイリスとマールに優しくそう言いウィンクを一つすると、俺の首根っこを掴んで引き摺り廊下へと出た。


「……で、本当は?」


「……ました」


「聞こえないわ」


「……女子風呂に、入ろうとしていました」


「…………そう」


 ディアーナは天井を見上げると額に手をあてた後、その手で目を瞑った。


 ディアーナの全身から殺気が走り、絶望と恐怖に身の毛が総立った。


 こ、殺される……


「でも、結局のところ入って来なかったって事はある程度は理性が勝ったという事よね。今回はきちんと白状したことだし、アイリス達には黙ってていてあげるわ」


「……え? なんで信じてくれるの? 入らなかったのは確かに事実だし、ありがたいけど」


「浴場の入り口に罠を仕掛けておいたの。誰かが入ってきたら容赦なく細切れになるようにね」


 ごくり。


「こ、細切れ……?」


「そう。秘密にしてたんだけど……今回のこともあるし、一応あなたの命のために先に言っておくわね。私も……ボンさんとロイさんに色々と教えて貰ったのよ」


 ルッカが『死ぬわよ』って言ってたのはこのことだったか。

 ……そしてルッカは俺の死を予見しながら教えてくれなかったのか。


『しっつれいねー。一生懸命とめたじゃない。そしてみごとレオの命を救ったでしょ?』


「レオ、あなたはアイリスのお兄さんとしてもっと自覚しなさい。今のアイリスにはあなたしかいないんだから。それにマールだって……これから一緒に旅をする事になるかはまだ分からないけど、人間への不信感を余計に募らせるような事はやめなさい」


「……はい」


「じゃ、話はおわりね。はやく戻りましょう。みんなが心配するわ」


 食堂に戻ると、即座にアイリスが不安げに顔を上げて俺達を見つめた。

 ディアーナはアイリスににっこりと笑いかけると「私の勘違いだったみたい。心配させてごめんなさい、お詫びに奢るわ」と何事もなかったかのように氷菓子を注文した。俺も王都で昔食べたことがあるやつだった。

 不審げに俺を見ていたマールもキラキラと何色にも色の変わる氷菓子を目の前にすると俺のことなどすっかり忘れて「わああ…」と嬉しそうな声をあげて食べ始めた。

 アイリスも驚きながらも頬を緩めて上品に少しずつ口に運んでいる。

 メイだけは起きることができなかったようでボン爺の膝の上でぐっすりと眠りこけていた。


 神妙な顔で俯く俺にボン爺は目じりを下げてニヤリと笑い、静かに言った。


「すまんな。お前さんも少しばかり痛い目を見た方が少しは分かると思ってな」

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