114.マリベル
納得いかない。
『なにむすっとしてんの? 子供なんだし別にいいじゃない』
子供? 俺だって子供なんだけど。
『人間の10歳って……もう大人じゃない?』
子供だよどう考えても。みろよこの俺の身体を!
『それ、セクハラで訴えるわよ。ていうかそこまでいうならこれからじっくり視させてもらうけど……レオは本当にそれでいいの?』
いや、ごめん。やっぱり見ないで。
『そう言われると……逆に視てやろうって気になってくるわね。ふしぎ』
おい、そんなことしたら俺だってルッカの服ぬがすぞ? 妄想で!
『……そんなことしたらレオが寝てる間に岩でも上から落としてやるから』
は?……そんなことしたら確実に死ぬだろ?
くそっ。今のうちに身体強化MAXまで取得しておくか。
いや、身体を硬化するようなスキルを寝るまでに探しておくべきか。
「ああ〜。大浴場ってのは気分がいいな」
身体を洗い終えたボン爺がざぶざぶと俺の浸かる湯に入って来た。
ここは宿屋に併設されている大浴場。
この港町では海辺が近いからか、すぐに身体を流せるように大浴場があった。
その代わり宿の個室には風呂はない。
温泉みたいなものだと思うんだけど、この水は海水を魔法でどうにかしてお湯に変えているらしい。
確かにちょっと潮っぽい香りは残っているし、お湯の中でも動く魚もいる。
この魚は風呂の湯の浄化に役立っているらしい。
だけど魚の動きが気になるのか、アイゴンがたまに食べてしまうので注意が必要だ。
そう、なんとなくアイゴンもいけるんじゃないかと思ってお湯に浸けてみたところ、かなり喜んでまったりと浮かんでいる。
洗い場も湯船もとても広いし疲れた身体が癒される。
だけど納得のいかないことが一つある。
大浴場は、男湯と女湯で分かれていて、俺とボン爺は男湯。女子三人とさっき出会った少年は女湯にいるのだ。
そんなの許せない。
俺はメイと一緒にお風呂に入ったことなんか……一度もないんだぞ‼
絶対に許さない。
あの少年には悪いが、風呂から出てある程度したらスラムに送り返そう。
俺たちには国王直々から勅命を受けた仕事が残っていて忙しいからな。
それにたって、ボン爺もおかしいぜ。
「ボン爺……あのマールって奴さ、なんで男湯じゃないんだよ。おかしくない?」
「お前、まだ怒ってるのか? こんな大浴場で男湯なんぞに入れたらあぶないだろ。誰が見ているかもわからんのだから」
「誰がって? そんなに人いないじゃん」
「ここにあの子供の知り合いがいたら面倒だろうが。幸いいまは女湯の方は他に人がおらんというし、そっちの方が安心に決まっとる」
「でもさ、マールだって良く知らないし、そんなのと一緒に入ったら……メイ達が危ないよ」
「まだ子供だし、メイの知り合いだろうが。それに剣の嬢ちゃんがおるから心配などないじゃろ。まあったく……ぐだぐだいっとらんでちょっとゆっくり浸からせてくれ」
そういうと、話は終わりとばかりにボン爺は深く浸かり目を閉じて気持ちよさそうに湯に溶けこんでいった。
「……俺、先に出るね」
「なんだもう出るのか。まだまだ子供だなあ。なにかあれば虫で呼んでくれ。わしはもうしばらくここにいるから」
脱衣所でさっさと服を着替え、部屋に戻ると魔法道具のローブを取り出す。
ついこの間の国王救出作戦の時は本当にこのローブに助けられたぜ。
『……あんたまさか、レオ、やめなさい。それは最低の行為よ』
仕方ないだろ。俺だって本当はこんな事したくないんだ。
『うそよ。私にはレオの考えが全て分かるの知ってるでしょ! とにかくそれは駄目! 絶対に駄目!』
なんでだよ! 俺だって……俺にだってラッキースケベの一つくらいあってもいいはずなんだ。
『自分から行ったらそれはもうラッキーじゃないじゃない! ていうかなんで私にこんなこと言わせんのよ、バカ。早くそのローブを脱ぎなさい!』
なんだよ、ルッカは俺の味方だろ?
『レオ、あなた……私のことなんだと思ってるのよ。私は女の子の味方なの‼ 決まってるでしょ』
いやだ、ポっと出の野郎になんで先を越されなきゃいけないんだよ。
『とにかく駄目。これだけはいっておくわ。絶対に後悔する事になるって』
……なんだよ。俺だってまだ子供なのに‼
もう邪魔すんな。俺は行くからな!
『……そこまで強い意思を持っているなら、もう止めないけど。たぶん、あなた……死ぬわよ』
……え? ルッカ? おい、どこ行くんだよ。
能面のような死んだ表情になったルッカは女風呂の方へ消えて行った。
……死ぬって。
ローブ着てるし、透明人間になってればどう考えてもばれないじゃん。
ルッカが大げさに言ってるだけだよな? そうだよな。
こんな便利なアイテムを今つかわずしていつ使うんだよ。
深呼吸をひとつ。すーはー。
透明になってるってのは分かってるんだけど……なんだか緊張するな。
女風呂の入り口に近づくときゃいきゃいいうディアーナ達の声が聞こえてきた。
ちっ……もう出て来てるのか。
これじゃ近づけん。
くっそー。ルッカの奴の邪魔さえ入らなければ見れたのに。
すっかり気落ちして大人しくローブを脱ぎながら近くの廊下の壁にもたれかかった。
『マールはもっと食べた方がいいわ。そんな細い身体じゃすぐに折れちゃいそう、アイリスもね』
『食べる物がなくて、いつもお腹すかしているんです』
『私もずっとお野菜か果物しか食べたことがなかったのです。でもこの旅にでて美味しい食べ物が沢山あるのだということを知りました』
『メイはおやさいだいすきだよ? おにくきらーい。おさかなはすき!』
『メイは種族的に肉が駄目なのかしら? お父様もお母様も肉を食べないの?』
『パパはおにくだいすきだよ? ママはたべないの。だからメイもたべないの!』
『そうなの。じゃあ、好き嫌いかしら。メイも強くなりたかったら肉も食べなさいね』
『えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー? やだあーーーー』
『私はお肉大好きです。いつかお皿に山盛りのお肉を食べるのが夢です……!』
『その夢はすぐに叶うかもしれないわ。後でみんなで食べましょうね』
『あっ……アイリスねーね! あとでジュースのもー?』
『ジュース?……ええ‼ 皆で飲みましょう』
ポカポカした湯気を纏いながら、良い匂いとともに楽しそうな声がここまで伝わってくる。
なんだよ、なに裸の付き合いして打ち解けていやがるんだ。
マールの野郎、後でこっそり冷や水を浴びせかけてやる……
『ふうっ。間に合ってよかった』
ルッカ……女風呂に入って何してたんだよ。
『え? 妖精の力を借りて皆を助けたのよ。喉が渇いてお風呂から出たくなるようにね』
何してくれるんだよ。あとちょっとだったのに!
『ちょっと。感謝しなさいよ。レオを死の未来から救い、女の子たちを変態から救ったというこのルッカちゃんに』
ガラガラと扉を開けて、湯煙美少女4人組がホカホカと身体を赤らめながら現れた。
美少女4人組……
「レオ、こんな所で何してるの? ボンさんは?」
「あっにーに! いっしょにジュースのもう!」
「……いや、危ないかなと思って見張りをちょっと。ボン爺はまだ風呂だよ」
「あっ、あの……私までお風呂に入らせてもらって、ありがとうございました」
「お礼なんていいって言ってるでしょ。綺麗になって良かったじゃない。後はごはんね」
「そのまえにジュースのむの‼」
「はいはい。確か食堂はこっちだったわよね? ついでに食事もしてしまいましょう。ボンさんも後からくると思うし」
見た事のある、綺麗な水色のさらさらした髪に薄水色の肌……
ディアーナ、アイリス、メイに引けをとらない可愛らしい少女がそこに混じっていた。
「……あの、君は……?」
「あっ‼ 私はマリベルと言います。みんなからはマールって呼ばれることが多いです」
「マリベル……でマールか」
「そうですっ」
「……マール、君って……もしかしてエルフ?」
『えええええええええええっ!!!!!????』
「っ!!!!!! なっ……なんで分かるんですか!?」
『うそ……エルフが実在するなんて……えっどういうこと?』
……ルッカ……ちょっと待ってくれ。なんか頭痛が。
あのさ、どうみてもこの子エルフだろ? ルッカそっくりだろ?
『そっくり? 私……こんなに可愛いの?』
うん、えっと……ルッカ、後で話そうか。
今はちょっと待ってくれ。この子の話を聞かないと。
「エルフって……あの神話に出て来る……?」
「私も本で読んだことがあります……‼ 空想の生き物かと思っていました。まさか、実在するなんて……兄様、本当ですか?」
「あっ……あわわわわわわわわわ……」
『あっ逃げるわ! 早く捕まえて‼』
驚愕の表情で今にも逃げ出そうと素早い動きで俺達をすり抜けようとしたところをキャッチ。
「ぎゃあっ‼ はっはなして‼」
「安心してくれ。マール。俺、エルフの友達がいるんだ。大丈夫だから落ち着いて」