110.追いかけっこ
ルッカ、俺の兄貴まで馬鹿呼ばわりすんなよ。
アンドレはなあ、アイリスの為に身を投げ出したんだぞ?
『うん? ごめん。だって、だいぶ二人打ち解けちゃってるから似た者同士なのかと思って』
いや、俺には二人が見えないから分からないけどさ。
そう言うなよ。アンドレにはきっと何か考えがあるかもしれないじゃん。
『ま、確かにね。会話までは分からないもの。ごめんなさい』
別にルッカが悪いわけじゃないさ。
さてとそろそろ出版しないとなー。
「アイリス、出発するからボン爺達の所へ戻ろう。ん? どうした?」
アイリスの手を引こうと腕を伸ばすと、アイリスは頬をほんのり紅潮させてベネット国王御一行の馬車を見送っていたままだった。
「どうした? もしかして、一緒に帰りたかったか?」
「いえっ、そんな。ただ、初めてお会いした叔母様も叔父様もお優しくて……嬉しかったのです。またお会い出来る事があるかと、少し寂しくて」
「隣国だし、親戚なんだからきっと会えるさ。でも向こうはアイリスの事を知ってるみたいだけど?」
「多分、以前の祭典などでお見掛けされたのかもしれません。私は…あまり人を見る余裕がありませんでしたから」
「そっか。安心しろよ。あとは兄上を連れて帰るだけなんだから。神殿もあんな状態だしもう大丈夫だろ。屋敷に帰れば今後は人に会う機会なんていくらでもあるだろうし」
「私大丈夫でしょうか。知らぬ事が多く、粗相をしてしまわないでしょうか」
「なんだよ。アイリスは心配性だなー。俺だって長年領地暮らしで礼儀なんて何も知らないぜ? 同じだよ同じ。アイリスの方がちゃんとしてるさ」
「レオン、兄様……そういえば御体調は大丈夫なのですか?」
「あ? あー…平気平気! そうだ、アイリスもさ。一度領地でのんびり暮らせばいいよ。兄上も一緒にな」
アイリスの表情が急に和らいだ。
「良かったです。私、レオン兄様とお話が出来て……」
「ん? なんだそりゃ。話なんていつでも出来るだろ。さっ行こうぜ」
アイリスの手を引いて少し離れたみんなの待つ所まで歩いて行く。
正直、アイリスにあんな事言われて嬉しいやら恥ずかしいやら。
言われてみればアイリスとは今までまともに喋った事なかったよな。状況が状況だったからすっかり忘れてたぜ。
そういや意外と普通に話せるもんだな。
これが双子マジックか。
急にあんなこと言われたせいで妙に手に汗かいちゃってるけど、大丈夫だよな?
気持ちわるっとか、アイリスは思わない。
アイリスはそんな子じゃないはずだ。
『アイリスっていい子よね。健気っていうか。私もおしゃべりしてみたいわ』
いやーどうだろう。
ルッカが絡むとアイリスが毒されそうで心配だけどな。
『なんでよ』
いや、別に。
そういや、アイリスの光の力使えばルッカもなんとかなるかもな。こんど試してみようぜ?
『うん。あんまり生き返りたいって願望はないから今のままでみんなとおしゃべり出来るようになるといいな』
そうなのか?
『生きてても良いことないもの。今の方が危険も責任もないし』
そうなんだ……。
メイは貰ったクッキーをぱくつきながら草むらの蝶を捕まえては離して遊んでいた。
ディアーナとボン爺は、武器の手入れをしながら待っていてくれた。
三人に遅くなった詫びをして、再び出発。
既にベネット国王より命を受けた騎士数人が早駆けで、森に向かっている。
馬鹿皇子が何してるか分からないから早く合流しないと。
ところがタイミング悪く馬鹿皇子達は既に出発しているという。
こいつはまずいと騎士に早く伝える為に俺だけ先にスピードを上げさせていただく事にする。
ただ、ありがたいのは、どうやら今度はデカい亀の魔物に乗ってのんびり進んでいるらしい。
なぜそのチョイスにしたのかと、実はそんなに真面目に逃亡する気ないだろとも言いたくなるが。
方角はやはり西。
港町を目指しているのは確かなようだ。
休まず馬を駆けること数時間、みんなよりだいぶ離れて先頭をきっていた俺の目の前にはうっそうと繁っ た森が見えて、騎士達の後ろ姿も見えてきた。
さすが俺よりも断然乗馬は上手くて早い。もうあんな所にいるのか。
なんとか騎士達に追いつき後方から「森にはもう用はない」と大声で伝えたものの「信用出来ん」「何が分かるのか」と叫び返されそのまま森に突っ走って行ってしまった。
行っても本当に意味ないのに。
しょうがない、俺達はスルーだ。
懐で休ませていた虫を使ってボン爺に伝達し、そのまま追い駆けることにする。
『あっ前方に亀さん発見。馬鹿皇子さんが亀のお尻に火を付けてる。やだ、超早い! 亀さん超早く走り出したわ』
なんでだよ! 追いつけそうか?
『追いつけなさそう。あっという間に目的の町に到着しそうよ』
は? そんな早くてどうやって振り落とされずに乗るんだよ。
『ロープでぶら下がってるから』
二人が?
『二人が』
まじかよ。アンドレ大丈夫かよ。
『うん、お兄ちゃんは…楽しそうよ?』
……そいつは良かった。
じゃなくて早く追わないと!