106.愛情
その夜、夢の中にルッカが現れた。
『夜中にごめん。ちょっと起きてくれない?』
『……ん? どうしたって?』
『夢の中で寝ぼけないでよ。いいから起きて! 外から起こしたんだけど起きないから夢に入ったの』
『おお、良く分からないが起きればいいの? いま起きるよ……って……どうやって?』
『気合じゃない? はやくはやく』
『ていうか、ちょっと待って! 今って夢の中だから……ルッカに触ったり出来るのかな?』
『……何言ってんの? やだーこっち来ないで! ちょっと、追いかけてこないでよっ。もうっこの線からこっち側来るの禁止っ!!!』
『う……ごめん。寝ぼけてたみたいだ。なんつーか、願望というか……ルッカって普段はすげー身近な存在なのに触れられないからさ』
『うん、分かった。まぁ私が魅力的過ぎるってのも問題よね。だから早く起きてよね』
『お……おう。ごめん。そう言われてもやっぱ無理。どうやって起きればいいのか分からない』
『あっそれなら、いいこと思い付いたから待っててね!』
そう言い残すとルッカが消え、いつの間にか目の前が暗くなってきた。
思い付いたいい事って……もしかして、まさか……宿に手ごろな花瓶とか……あったっけ。なかったよな?……なかったよな?
ゴツッ 「ぐえっ」
……こ、ここまでは予想通りだ。
忘れていた訳では無かったはずなのに……長い間意識の無かった国王を無常な方法で起こしたルッカの事を。
ルッカのやつ、俺を起こせそうな物が見つからなかったからってベッド脇に置いていた俺のデカい剣をかなりの高さから思い切り落としやがった!
他にもあんだろ、もっと軽そうな奴。オーブとかさ……いやそれも落とされる場所によっては非常にまずいかもしれん。
だが俺の持つ最も攻撃力の高い剣を……寝る前に手入れした後、鞘に入れてて良かった。本当に良かった。死ぬところだったぜ。
『おっはー! やっと起きた! ねえ、ちょっと来てほしいの』
……ぐ……ルッカ、お前……俺のこと殺す気なのかよ……
『大げさね。この部屋何にもないから、すぐに起きれそうな物を探すの大変だったのに』
いや、その笑いを必死に堪えてる顔……ぜったい遊んでんだろ。あー痛てー……覚えてろよルッカ、俺が死霊使いだという事を忘れたとは言わせん。
「レオン、どうした?」
物音でボン爺が起きたらしい。
「いやちょっと……ルッカにやられて」
「何かあったか?」
『ねえ、ボンさんはいいわ。何でもないから寝ててって言って』
「いや、何でもないらしい。寝てて良いって……でついでだからちょっと用足しに行ってくるよ」
ドアの所で両手を大きく振ってこっちだとアピールするルッカの為にボン爺に軽く嘘をつくと部屋を出た。廊下の灯りは薄暗く気味が悪い。幽霊でも出てきそうだな。
どうしたんだよ。
『なんかね……いるのよ。この宿屋』
なにが?
『なにがって……お化け?』
まじかよ。 怖ええじゃん。で、どんなやつ?
『だから、一緒に見に来てってば』
なんで?
『なんでって……』
え、だってルッカもお化けじゃん。友達じゃん。
『たしかに……ちょっと、死んでたらみんな友達ってそんなわけないでしょバカ』
だって俺、死霊使いのスキルでお化け見えるだろ? 見たくないから。悪霊だったら倒しといてよ、俺のMP勝手に使っていいからさ、よろしく! じゃあな。
『いやよ、私だって怖いんだもん。一緒に来てよ』
は? ベテラン幽霊のルッカさんがお化けが怖いとな?
『あ……そ、そうよ。私だって幽霊だけどかよわい幽霊だもの。怖いものは怖いの! だから来て? お願い!』
ルッカが怖がるって……やだよ俺。行きたくない。ていうかさ、いいじゃん。ほっとけば……もう数時間もあれば夜明けで出発するんだろ? 放置しようぜ!
『……放置はちょっと……ほら、こっちきて……』
ルッカの言う通りに階段の辺りまでくると『シャッシャッ……』と階下から音が聞こえている。
ルッカよ、音の原因はなんなんだ? みえんだろ?
『え、白髪の老婆が……一心不乱にナイフを研いでいるの。こんな夜中に……怖いでしょ?』
……場所は?
『厨房の中よ。ねえ、危険よ。きっとあんた達を寝ている間に殺すきなんだと思うわ!』
……白髪の老婆が、ナイフを、厨房で……研いでいるんだな?
『うん』
……分かった。ちょっと、ローブを部屋に置いてきたから……ルッカ、俺を透過させてくれ。
『いいけど……武器は何も持ってなくて平気なの? 部屋に戻る?』
……いや、多分っていうか絶対必要ないから。
ルッカにより透明人間になった俺は、ビクつくルッカを置いてさっさと厨房へ向かう。
そういや夜メシ、旨かったなー。宿泊客は俺達だけだったってのに、温かい料理を何品も作ってくれてさ。ああいう家庭料理みたいなやつ食べたのって本当に久しぶりだったからなー。
本日宿泊しているこのこじんまりとした宿屋には、1階の受付の脇の廊下に続きに小さな食堂があり、そのまま厨房にまで繋がっている。つまり厄介な扉はない。
音を立てない様に静かに歩くと、『シュッシュッ……』と一定のリズムを崩さず刃物を研ぐ鋭い音がどんどん鮮明に聞こえてくる。
食堂に入ると、一人の老婆が全身に力を込めて包丁を研ぐ姿が見えた。
『あの人よ、あのお婆さん! ねえ! ちょっと早く成仏させてあげて!!』
……ルッカ……あれ、この宿屋の女将さんだよ……
『……え……?』
……霊体なのに物を持ってるっておかしくね?
『……私も、レオのMP使えば少し出来るから、私より強い悪霊かと……』
……ああ……なるほどな……で、俺……もう戻って寝てもいい?
『……うん……ごめん』
夜明けまではあと2時間ほどしかなかったが、明日の為にすぐに眠りにつく。
早朝、まだ日が昇るかどうかって時間だったが、出発の前に、女将さんはわざわざ夜中から仕込みをして朝ごはんを俺達の為に用意してくれた。
「あんた達も大変だと思うけど、頑張りなさいよ。沢山食べて行きなさいね」
ルッカはというと、しばらくオーブの中に自ら引きこもりしばらく出てこなかった。
朝メシはとても旨かった。