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105.演技力


 国境を超えて広大な牧草地帯を走り抜ける。

 小さな集落が点々として、人もまばらだ。こんな時になんだが、ついのんびりとした空気に癒される。

 後ろからはメイのキャッキャと喜ぶ声が聞こえ、それにももちろん癒される。

 雨が降った後なのか地面は濡れており、負傷した魔物や馬鹿皇子ヨハンの落とした血の跡は見えず、虫も少し困っているようだ。


 ま、でもルッカがいるから大丈夫だよな。


 『うん。そうそう! 結局たよりになるのはこの私! ルッカちゃんて訳よねー』


 つーか、それなら虫に不味い血の塊なんか食わせなくたって……ん? あれ提案したのルッカじゃね?


 『えっ……?』


 なんだよ、ルッカのやつ面倒くさかったのか?……いや、ルッカは違う。天然で気付かなかっただけだろうな。


 『ち、違うわよっ! 私だって忙しいから任せただけだもん!』


 あっ逃げた。

 今更だからいいってのに。押し問答したとこで変わらんし。


 しばらくすると小さな町が見えてきた。

 城下町に比べれば圧倒的に小規模だが、ちらほらと見える家々は綺麗な水色の屋根で統一されており清潔感がある。

 どこも荒らされているようには見えないから、馬鹿皇子ヨハンはこの町はスルーしたんだろうな。


 『ねぇねぇ! なんか大丈夫そうだからあの町で休んでいけば?ってみんなに言って』


 ルッカによればヨハンは未だに森の中に留まっているらしい。

 どうやら乗ってきた魔物に限界がきたようで、そいつを殺して代わりの乗り物となる魔物を探して森の中をうろついてるんだと。

 兄貴アンドレはというと、何気に馬鹿皇子ヨハンとは別行動をしており、食べられそうな木の実を探しているらしい。しかもありえない事に案外楽しそうだとのこと。


 いや、そこは隙を見て逃げて来いよ!


 『うーん。なんかね、初めての森に感動しているみたいでウキウキしてるからきっと無理よ。私はちょっと……というかかなり気持ち分かるわ。ずっと閉じ込められていた人が突然自由になったら開放的になるものよ』


 本当かよ。

 だって馬鹿王子アイツと一緒にいるんだぞ⁉︎

 あの時、明らかに奴の頭おかしいの目の当たりにしてたじゃん。普通だれだって逃げるだろ?


 『うん。でもお兄ちゃんもアイリスと同じで世間知らずなんじゃない? 心が綺麗なのよ、顔と同じで。私もとっても綺麗な心の持ち主だから、あの大蛇を殺したのが馬鹿皇子さんだったら何だかんだ飽きるまで付いて行ったかもしれないし。あの人なら、飽きる事はなさそうだけど』


 勘弁しろよ……ルッカが敵に回るなんて考えたくもないぜ。

 でも、俺にはとうてい理解出来ないなー。

 俺も心身ともに綺麗なのになあ?

 

 『うふふっ。ふふっ……やだ、ちょっと! 自虐ネタで笑わせないで。不意打ちはずるいわよ』


 ルッカよ、今のは笑うところではないぞ。


 『はいはい。というわけで、逃亡者2名は現在とてもまったりしています。私が視ててあげるからそこで休んでいきなさいよ。アイリスもメイも回復で体力はなんとかなっても眠らないと』


 ボン爺にルッカの意見を伝え、まだ日の沈む前だったが少し早めに休む事にし、明日は早朝から出発することにした。


 町に入る直前、ディアーナは自分と他の2人に手持ちのボロ布を渡すとそれで頭から巻いて出来るだけ隠す様に言った。

 ディアーナは胸の位置までだったが、背の低いアイリスは膝まで、メイにいたってはすっぽり布にくるまった。

 そんなの使わなくてもと、偽装を提案したが断られた。

 知らない町に入る場合は、女子は特に身を隠した方がいいらしい。偽装をかけたところでまだ俺の力じゃ色ぐらいしか変えられない。

 綺麗な顔立ちだと分かれば、女子は色んな意味で危険らしいと聞けばすんなり納得。

 そりゃ隠して当然だ。強いディアーナはともかく大事な妹とメイに何かあったら危険だからな。


 まず宿屋に向かい、ディアーナ、アイリス、メイの女子3人を残し、ボン爺と俺は町の中を情報収集ついでにぶらつく。

 正直、とても感慨深い。

 たった2年前の時は、宿屋から出る事も認めてくれなかったボン爺が、当然とばかりに俺を連れ立ってくれたんだ。嬉しくないはずがない。だって認めてくれたって事だろ?

 胸が熱くなり、興奮する気持ちを顔に出さない様に歯を食いしばって必死に抑える。


 基本的に、ただボン爺に付いて回るだけなんだけどさ。


 「おい、あんたら旅の人かい? 珍しいからもうあんたらの事はみんな気にしてるよ。方角からして王都から来たんだろ?」


 「ああ、その通りじゃ。降霊祭に合わせて故郷の民芸品を売りに子供らを連れて出稼ぎにきたんじゃがあんまり売れなくての」


 「やっぱりそうか。なあ! 今年の降霊祭は何かあったんだろ? 教えてくれや」


 「ああ、それがなあ。わし等は外者そともんで分からんのじゃ……噂じゃあ……化け物が出たとかなんとかいうとったなあ」


 「やっぱりか。この辺も物騒でな、お前さんが来た方角から気味の悪い化け物が夜走って行ったって大騒ぎになったんだ」


 「それじゃ、その化けもんってのは同じかもしれんな。すまんがどっちの方角に行ったのかの? 子供たちを連れているもんでなあ、心配じゃよ」


 「ああ、あっしらの畑は無事だったから道を真っ直ぐ行ったんだろうよ? だが道は1っこっきゃないからなあ……お前さん達も同じ方向に行くんだろ?」


 「うんだうんだ。しかしそりゃ心配じゃなあ。化けもんに出くわさないようにせんと」


 「あんた……子供がいるならしばらくこの町に滞在してったらどうだい?」


 「うんにゃ。そうしたいところなんじゃが生憎……手持ちがなくてなあ。早く次に商品を売れそうな港町に行きたいんじゃよ」


 「そうか……それじゃあな。気を付けろよ」


 「あんた、貧しいわしらなんかを心配してくれるなんて優しいのう。ついですまないがこの町に武器防具なんかを売っている店があったら教えてくれないじゃろうか。買えるかは分からんが……化けもんも怖いでな」


 「こんな小さな集落だ。そんな店は無いが……ほれ、あの店に行ってみろ。農具程度しか置いとらんが、ちょっとした厚手の服や武器に代わる物もあるかもしれん」


 「おお、ありがとう。そんじゃさっそく行ってみるよ。ダニー行くぞ」


 ダニー呼びが復活しただと!? これは後で抗議せねば。もういいよ、今回の旅は国命で動いてるんだからレオンのままで。


 町に着くと、人は殆ど出歩いておらず閑散としていた。

 さっき話したいかついおっさんだけが、妙にわざとらしく近づいてきて偵察とばかりにボン爺と話していたが、怪しまれずに済んだみたいだ。ボン爺もかなりの好々爺ぶりを発揮してたし、さすが元冒険者なだけあって上手いな。情報収集ってああやってやるんだ。参考になるぜ。


 教えてくれた店は目と鼻ほどの近さなのに、おっさんは店まで俺達を案内してくれた。

 そして店の扉を開けるやいなや、俺達が貧しい物売りで明日朝には出発するから店の物を見せてやれと店の外にも伝わるほどの大声で店主に伝えてくれた。

 ああ、小さい町だと住民の警戒心も強いからこうやって外から来た人間の事を教えてるのか。なるほどなあ。


 店主は不愛想な中年男性だったが、紹介者のおっさんに「あいよ」とひとこと言うと、店の奥の小さな椅子に座ったままボン爺と俺を見つめていた。

 おっさんも店に居座るようで、店主とどうでもいい世間話を始めている。


 田舎って怖ええな……俺、前世でも中途半端なとこに住んでたからこういうあからさまに村社会っぽいのは居心地悪いな。


 鑑定を使ってもおっさんの言う通り本当に大した品物は無かったが、ボン爺は、その中でも丈夫なナイフを一つ手に取ると、奥の店主に向かい値段を尋ねた。


 「んあ? あー……そりゃ良い品だから20ナリュ銀貨はするな」


 高っ! 確かに作りはしっかりしてるけど、素材はただの銅じゃねえか……しかも純銅じゃないのに円に換算して2万もするかよ。あんなのせいぜい2ナリュ銀貨ぐらいだろ?

 ボン爺も手慣れたもので、


 「20ナリュ銀貨! そりゃあ高い。何とかならんかの、化けもんがこの先にいるかもしれんで、孫に持たせてやりたいんじゃ。このナイフならしっかりしとるように見えるしそんなに重くないからの」


 「そう言われてもなあ……じゃ大まけにまけて10ナリュ銀貨でどうだ?」


 やっぱりボッてたか。

 足元を見極めようとしてるんだろうけどさっそく半額に落としてくるとは。


 「……もう少し何とかならんかの。城下町で商品があまり売れんで手持ちがないんじゃ」


 「いや、厳しいな。俺達も最近まで領主がおかしな言いがかりつけて来てたから生活が苦しいんだ。でもま、化けもんに出くわしてあんたらが死なれたとなりゃ気分が悪い。8ナリュ銀貨でどうだ?」


 「8……ここまでまけてくれてなんだが、もう少し……」


 よし、俺も参戦しよう。その名も、”健気な孫”作戦だ。


 「じいちゃん、いいよそんな高いの! 俺、重くても大丈夫だよ。買えるやつでいいからっ」


 「馬鹿っ重くていざって時に振り回せるか! なんとか店の人に頼むからお前は黙って待っとれ!」


 おっボン爺も乗って来たぞ。

 さすが長いこと一緒にいるだけあるな。楽しくなって来たぜ。


 「……おい、人の商売に口出すのもなんだが、この爺さん他にも娘っ子も連れて歩いてんだ。なんとか負けてやれねーかよ」


 「そうなのか? あんた、老いぼれなのに大変だな。親はどうしたってんだ?」


 「それが少し前に故郷の村で病が流行ってのう……」


 「なるほどな。分かった、しょうがねぇな……おい、あんた。幾らなら出せる?」


 「……実をいうと、食料も少し買いたいでな……1ナリュ銀貨と70ナリュ銅貨ならなんとか……」


 「それっぽっちか!?」


 「じいちゃんっ! やっぱりいいってば!!」


 駄目押しの演技とばかりに、ボン爺の纏うマントを強く引っ張って声を張る。


 「……いや、いいよ。しょうがねえな。1ナリュ銀貨にまけてやる! くそっ。その代わり坊主、お前ちゃんと娘っ子を守るんだぞ?」


 「っ!! はい。ありがとうございます!」


 「すまない、助かった。代わりと言ってはなんだが売り物の民芸品だが、これを貰ってくれ」


 ボン爺は魔法道具マジックアイテムの袋から綺麗な模様の入った手編みの服を取り出すと店主に渡す。


 「お、こりゃ良く出来てるな。いい品じゃないか。家内にでもやれば喜びそうだ。こんな良い物もらえるなら金はいらねーや。持っててくれ」


 確かに、見るからに高そうな服だ。これじゃナイフをただで貰っても損するんじゃ……


 その後、案内してくれたおっさんにもお礼にと似た様な服を渡すと、すっかり上機嫌になり日持ちしそうなパンや干し肉に干し魚、それに女子用にと果物までを「気にすんな。最近は作物の取り立ても落ち着いたからな、置いといても腐っちまうから持っててくれ」と、ただで分けて持たせてくれた。


 礼を言い、そそくさと宿屋に帰って部屋に入る。

 部屋は男女に分かれて2つ取り、俺とボン爺は一緒の部屋だ。


 「ボン爺、あの布さ、見るからに高価だったんだけどあれじゃ結局のとこ損じゃないの?」


 「いや、あれはわしが暇なときに要らない布をほどいたり合わせたりして作ったもんだからただなんだ。良く出来とるだろ? あいつらにゃ悪いが金を持ってると知られる方が危険だからな。それにしても、お前の演技もなかなか良かったぞ?」


 凄げぇ……。俺には編み物は出来そうにないな。

 でも演技力は褒められた! いやー、あれは俺も何気に……自信あったからな。

 今このまま前世に戻ったら天才子役でやっていけそうだぜ! 戻る気なんかさらさらないけど。 

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