103.出立
領地への連絡はスムーズに終わり、ディアーナも帰って来た。
これからの旅の予定を簡単に話し合い、ひとまずは馬に乗り馬鹿皇子の向かった西を目指して追う事にする。
俺の馬は領地にいるから、きっと連れて行けないと残念がっていると、「旅の時は馬は乗り捨てるから愛着のある子を連れて行かない方がいいのよ」とディアーナに教えられた。ディアーナは若いのに旅慣れしてんな。
1日半程度でボン爺、ロイ爺、メイがやってきた。
この旅に連れていくかどうかは置いても一度メイには会いたいから、メイだけは絶対に連れてきて欲しいと虫に熱いメッセージを残していたのだが、正直、領地を取り仕切るロイ爺まで来た事には内心驚いた。
いや、心強いんだけどさ……領地、大丈夫か?
ロイ爺は旅には付いてこない予定らしいが、王都の情勢を一度確認しにきたらしい。
「今回の事があったので、領地の使用人も強化しようと多少手ほどきをしましてな。数日なら私が不在でも大丈夫でしょう。ホッホッ。そういえばあれからアイゴンが増えましてなあ、数匹は森に放っております」
領地の使用人までアサシン化してるのか。見てみたいような、怖いような。
増えるアイゴン……領地で修行していた頃が懐かしいな。浄化作業、頼むぜ。
ロイ爺の訪問は俺を驚かせただけではなかった。
王都の執事達がやたらロイ爺の姿にビビっていたのは印象的だった。
メイを連れていくか連れて行かないかは、揉めるんじゃないかと思っていた。
メイと一緒にいたい気持ちはやまやまだが、危険な旅だというのは承知している。馬鹿皇子がメイを狙っているのも知っているからな。
だが、思いのほか師匠2人のお墨付きで、2人ともメイも戦力として王都へ連れてきたと言った。
確かにレベル上がっているな。少し背も伸びたかな……可愛さは相変わらずだ。
「にーに! メイはもう前にたおした木のまものもひとりでたおすよ!!!」
「えっ!! マジで? ていうかまた出たのかあの魔物?!」
「ホッホッ。そのくらい強くなったと言いたいのでしょう。ですがあながち嘘でもありませんぞ。メイは力はまだ弱いものの運動能力も高く、何より素早い。急所を押えるのも得意です」
「そうかー。そんなに強くなったのか……」
『ふふっ。レオより強くなってるかもね』
そういう事いうなよ! ステータス的にはまだ俺の方が高いし、大丈夫だ。大丈夫。
旅に出る前に十分な支度を整えておきたいところだが、ここに来るまでにボン爺が見てきた話によれば、あいにく城下町で営業を出来ている店は少ないそうだ。
馬鹿皇子を乗せた魔物が通って来た道に武器屋があり、見事に潰されていたそうだ。あいつまさか……
『それ、計算でやってたら凄いわね……そこは天然であって欲しいわ。是非に』
ルッカ、お前……馬鹿皇子のなんなんだよ。
『え……だってなんか、癖になるんだもの』
……
「そういう訳で、これから向かう先に寄る街で必要な物があれば取り揃えながら行く。おい、レオン。そういえば預けた袋は返してもらうぞ」
「あっ、ありがとう。ボン爺! すごく助かったよ」
主にヴェンゲロフ収納するのに。
広間の一角を借りて旅の支度をする俺達の元に父上が慌ててやってきた。
「レオン、国王からの通達だ。どうやら昨夜ヨハン皇子が西の国境を突破していったらしい」
「何だと? 急いだ方がいいな。おい、長居は無用だ。そろそろ行くぞ」
「えっもう? そ、それでは父上、行ってまいります。お爺様とお婆様には宜しくお伝えください。後、休んでいる母上とアイリスにも早く元気になって貰えるよう、この薬草は全て置いていきますから……もしお婆様の御気分が優れなければ、お婆様にも」
「分かった。伝えておく……無事に帰ってくるんだぞ」
父上と熱い抱擁を交わし、旅立つ心の準備は固まった。
よし、さっさと馬鹿皇子をとっ捕まえてやるからな!
「待って下さい!」
アイリスの声だ。皆で一斉に声の方を振り向くと広間にアイリスが入って来ていた。
「私も、私も連れて行って下さい!」
その言葉に部屋が一瞬で静かになる。
「だ、駄目に決まっているだろう! アイリス。お前はまだ弱っている。旅になど耐えられるはずがない」
父上の言う通りだ。何日食ってないと思ってるんだ。体力もなさそうだし、馬にだって乗れないんじゃないか?
「いやです。だって……私のせいですもの。兄様を……どうか私も連れて行って下さい、どうか……」
「……いいんじゃないですか?」
凍り付いたように静まり返った空間に、サラリとしたロイ爺の言葉が響いた。
「なっ!? ロイ、何を言っているんだ?」
「レオン、妹君に回復をしておやりなさい。それと薬草を幾つか持っていきなさい。後は無理にでも何か食べさせなさい。頼まれていた泉の水は大量に持ってきましたのでボンに預けます。それがあれば、まあなんとかなるでしょう」
「何を言う! 無理に決まってる! 駄目だ、アイリスを連れて行くわけにはいかん」
「旦那様、私の見立てでは、妹君はそんなに弱い子ではないですぞ? それに妹君の持つ力は魔物を倒すのにとても役立つでしょう。レオン坊ちゃんに無事に帰って欲しければ妹君も連れて行った方が良い。アイリス殿と言いましたな、初めまして。レオン坊ちゃんを頼みましたぞ」
「えっ?……あ、ありがとうございます! あっ! 申し訳ありません、初めまして。アイリス・テルジアと申します」
この謎の展開に戸惑いながら、アイリスが慌てて綺麗な仕草で礼をした。
おそらく、アイリスも反対されるのは分かっていて駄目元で来ただけだったんだろうな。
「貴様! 何をいうか! 主は私であるぞ!!」
『なんかこの流れ、おじいちゃんの時にもみた気がするわ……おとうさんも必死ねぇ』
いやいや、これはさすがに俺も……どう考えてもアイリスは駄目だろ?
その後あーだこーだと小一時間のやり取りがあったものの、父上が負け、急遽アイリスも旅に参加する事になった。
ボン爺とディアーナは、どっちでもいいとでも言いそうな表情で武器の手入れをし、むしろ俺にもやるように指示をされ、大きな目をキラキラさせてアイリスに興味津々なメイと一緒に剣を磨いた。
「ねえっ! すっごくきれいなおんなのこ! だれ?!」
「アイリス、俺の妹だよ。でも俺と妹は同い年だから、メイよりもお姉さんだな」
「アイ? おねえ?」
「そうだな。メイよりもねーねだ」
「ねーね! メイのねーねなの?」
「!!!! おう、ゆくゆくは……そうなるんじゃないかな。きっと、多分」
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「さて、話はまとまりました。お時間をおかけし申し訳ありません。さっさと出立して下さい」
「全く、時間の無駄だ。ガルム、子供たってもう10歳なんだ。いい加減に子離れしろ」
公爵であり、雇い主であるはずなのに二人の爺に打ちひしがれた父上を見てやるせなくなり、俺は強く抱きしめながら「絶対にアイリスに怪我をさせない」と約束して出立した。
父上もあの薬草茶飲んだ方がいいな、絶対。
まずはルッカの提案で、神殿跡地へと向かう。
乗馬経験の無いアイリスは、ディアーナと二人乗りする事になった。
父上が、なぜか『ボン爺とは一緒に乗せるのは許さない、だが絶対に離れるな。護衛は徹底しろ』などと言い張ったからだ。俺もまだ乗馬は慣れてないし、乗る馬もアイリーンじゃないからな。
『馬鹿皇子の血が残ってるかもしれないから、虫に吸わせて道案内させましょうよ!』
という事だ。
神殿跡地には、騎士団が数十人瓦礫の片付けをしていたが、俺の姿を見るやビシッと礼をしてすんなり通してくれた。足止め食らうかと思ったのに一体どうしたんだよ……楽で助かるけどさ。
鑑定でヨハンの血は判別できたが、数日の時が経ちすっかり固まってしまっていた。
ルッカの通訳により、なんとかかすり取って食してもらう。
『”……これ、結構まずいっすね。新鮮じゃないし、ちょっとすぐ居場所わかんないかもしんないっす” だって』
馬鹿皇子の血か、確かに不味そうだよな。ルッカ『ごめん』って謝っといて。
『分かった……”ま、しょうがないっす、別にいいすよ” だって』
なんか、この虫。いい奴だよな。
ルッカの通訳通りで、固まった血を食べ終えた虫に、『ヨハン死ね』とメッセージを込めると、ブーンと羽音を立てて飛び上がったものの、目的地を探すのに多少苦戦しているようで、ゆっくりと進んでいった。
むしろこの位のスピードの方がありがたい!
俺達は馬に飛び乗ると、馬鹿皇子討伐の旅へと王都を出た。
これにて、序章を終わりと致しまして、次回から冒険を始めます。
ありがとうございました。