101.別れ
続きです。
「あの、これは……」
アイリスがおずおずと馬鹿皇子ヨハンの落としていった水晶を両手に持ち、俺の近くに来ると静かに尋ねてきた。
妹が俺に……話しかけてくれたのか?……やばい。何か嬉しい。
「アイリス! ありがとう。それは俺が--」
「待てっ!! その水晶は私の物であるぞ!! 返せ!!」
頭からもだらだらと血を流し、大して遠くにも逃げられていなかったヨハンが大声で叫ぶ。
よくもまあ、あの大怪我であんだけ声が張れるもんだ。
「いや、アイリス。馬鹿皇子のいう事は無視していいんだ。それは俺に渡-」
「何を言うかっ盗人め!! 返せ返せ返せ返せっ!!!! それは私の母上の形見なのであるぞ!!!!! 痛っ……いたたた……」
遠くから叫びながら、痛みで蹲る馬鹿皇子。
「お母様の……?……大変……なんてお怪我を……さぞ痛むでしょう」
馬鹿皇子の大声に驚きつつも、気の毒そうな表情をする妹。
俺に渡そうとしていた水晶をギュッと胸に抱きしめる。
「アイリスっ! 騙されちゃ駄目だ! 馬鹿皇子に近づくな!! だいたいアイツの母親は死んでな----」
パタパタと俺達の静止をいとも簡単にスルっとすり抜けると、アイリスは蹲うずくまる馬鹿皇子に駆け寄り近くに跪ひざまずいた。……そして優しい光がぼうっと輝く。
まずい。まずいぞ……まさか……馬鹿皇子を回復させたのか?!
「……ほう?……貴様は…なかなかに美しいな……うん? お前、サリスか? ……なんだ……私の元へ帰って来たのか」
「きゃっ」
アイリスの手首を掴み強く引いて自身の胸元に抱き寄せようとする馬鹿皇子ヨハン。
「やめろっ! アイリスを早く離せ!」
「アイリス! 早く逃げてこちらに来るんだ! さあっ」
「兄上っ! 兄上まで馬鹿皇子に近づいては駄目です。離れて!」
兄貴まで馬鹿皇子ヨハンの元へ向かおうとするのを何とか止める。
「アイリスだと……? ……サリスではないのか?……まあ良いぞ。美しい者は私の周りに何人いても良い。お前は私の妾にでもしてやろう」
何言ってやがるんだコイツ。……無性に腹が立ってきた。
ダッシュでヨハンの後ろを取ると、奴の逃げ場を塞ぎ、馬鹿皇子とアイリスを無理やり引き離す。
「アイリス早く逃げて! 走るんだ!」
「痛たたたっ!! 何をする! この無礼者が!! 貴様っその水晶を寄越せ!」
「きゃあっ」
逃げようとするアイリスの後ろ髪を思い切り引っ張ると、持っていた水晶を奪い取る馬鹿皇子。
俺の妹に……もういい。……コイツにはこれ以上ふざけた事はさせない様に殺してやる。
「……ふっふはははははははははは! さあっ私の為に動くのだ下僕よ!!!」
高らかにバカ声を響かせ、水晶をかざすと水晶が怪しく黒い靄で覆われ不気味に輝きだした。
『……え……なんで……?』
さっきディアーナが倒したはずの真っ二つになった魔物が……謎の煙と共に歪ながらも半ばもとの形状に戻っていく……まるでゾンビだ。
「さアッ! 私の元へ来い!」
ディアーナに真っ二つにされた体は完全に元に戻っておらず、血を吹き出しボロボロの姿ながらも……それでも……さっき確実に死んだはずの魔物が低く唸り声をあげながら動き出した。
そして馬鹿皇子の元へ突進すると角を使い拾い上げ、背中の上にひょいっと乗せてしまった。
「痛たっ! もっと丁寧にやれ! このマヌケが!! まあいい、あとはそこの銀髪の少女も連れて行くぞ!!」
「止めろ!!」
急いで馬鹿皇子に向かってクナイを投げたが魔物の動きが変則的過ぎて馬鹿皇子の肩をぶち抜いただけだった。
「ぎゃああああっ!!! きっ貴様……許さんぞ」
ディアーナも再度攻撃を仕掛けるが、その手前にはアイリスがいる。
物凄いスピードでアイリスに目がけ突進する魔物。ディアーナより早い。
まずいっ!
「アイリスっ!!!」
兄貴!?
いつのまにか、俺達のいる方にに向かって走って来ていたアンドレがアイリスを突き飛ばし、魔物から遠ざける。
いや、でもやばいぞ! このままじゃ兄貴が魔物の角に串刺しになる!!
「兄上っ! 危ないっ避け----」
……と、パアっと一瞬金色の光が輝いたと思えば、魔物の動きが止まった。
……だが、それも一時だった。
アンドレはすぐに苦しそうな表情をすると見る間に顔色が血の気を失った様に青白くなり……その場で意識を失った様にぐらりと倒れた。
「いやあっ!! お兄様っ!!!!」
アイリスのつんざくような悲鳴が響く。
「うん……? 貴様も美しい顔立ちをしているな。背は高いが……まあ良い。まずは貴様を妾にしてやるわ。おい、この金髪の女を連れていく。乗せろ」
なっ……
『ダメよっ! その人は、男よ!!!!』
そこからの行動は一瞬だった。
ひょいっと気を失った兄貴アンドレを背に乗せると、前後から挟み撃ち攻撃を仕掛ける俺達の攻撃を相殺するかのようにその場で大きく飛び上がると地響きを起こし大口を開け、そこら中を凍らせる息を吐き出した。それを更に掻き消す為に炎で防ぐ。
しかし、魔物は馬鹿皇子と兄貴を乗せ、何度も俺達に氷の息を浴びせながら『ガアアアアアアアアアアアアア』と雄叫びを上げ、猛スピードで走り去って行ってしまったのだ……