100.再会
背中に受けた衝撃と共に、俺は、後ろから廊下の壁が物凄い勢いで前に飛んで行ったのを目の端で見ることになった。
神殿の……これまでの厳かな雰囲気とは全く異なり、周りには叫び声と建物が崩れ落ちる音が反響していた。
ドッゴオオオオオオオオオオオオオン……
鳴り響く爆音で我に返ると、俺の前を走っていた兄妹の方を急いで見る。
倒れながらもアンドレもアイリスも意識はあるようで、二人が身を寄せ合う姿が見て取れた。
ルッカが術を解除して姿が見える様になったディアーナが二人に駆け寄り立ち上がらせようと肩を抱いている。
みんな命に別状はないみたいだ……その安堵にふっと軽く息を吐く。
二人の無事を確認し、後ろを振り向くと立ち込める粉塵により良く見えないものの、さっきまで通って来た廊下一面には大小の亀裂が幾つも入りボロボロと崩れ始めていた。
この惨状を見れば神殿が何らかによって破壊されたという事は一目で分かった。
しかもおそらく……さっき居たあの部屋から。
大きな音が鳴り響き、床から伝わる振動と共に、何物かが近づいているのが分かったが、何が起きたか気にしている場合じゃない。今はアンドレとアイリスがいるんだ。さっさと逃げよう。
俺はローブを脱ぎ姿を顕わにするとと二人に向かって声を張り上げた。
「兄上、アイリス! 二人とも立てるなら早く立ち上がって! 状況は分からないけど早く逃げましょう! ディアーナっ、悪いけどそのまま先導してくれ!」
背後を気にしながらも再度神殿の出口を目指し走り出す。
しかし、地震の様な床の揺れが禍いし、おそらくこんな事態に慣れていないアンドレもアイリスもちょくちょく躓き思う様に進めていない。
……この振動は、大型の魔物に追われた時と似てる気がする。
もしやあの魔法陣から何か出て来たのか? 魔法陣、壊れたんじゃないのかよ。
だが、確かに後方に何かいる気配がビシビシ伝わってくる……鑑定で、いや間に合わない……来るぞ!
ドドドドドドドド……という地鳴りと共に現れたのは、全身が鱗に覆われ、沢山の角と赤い目が横に幾つも並んだサイの様な四つ足歩行のバカでかい魔物だった。
そして……その魔物の肩には馬鹿皇子が乗っていた。
「フハハハハハハハッ!! ハーッハッハッハーッ!! ……ゴホッ……やーはーりーいーたーな! 田舎貴族め! この素晴らしく天才な私が降霊祭に相応しく贈物を用意してわざわざ来てやったのだ!! 感謝しろ! そして死ね!!」
馬鹿皇子……
『途中でむせた癖にそのまま続けるなんて、なんて心臓の強さなの……やるわね』
ルッカ……
「さアッ! 行けえっ我が下僕よ! この私自らがせっかく汚い森に入って探してきたのだ!うわっ! おいっ! この高貴な私を振るい落とそうとするでない! 私は主であるぞ! 痛っ! 貴様! 固いではないか! きょっ極刑ーである! 痛っ」
ルッカ、馬鹿皇子ごと消し炭にするぞ。
『……レオン、ごめん。私、あの馬鹿皇子……憎めそうにないかも』
はあっ? 何言ってんだ! ?
『だって……面白いんだもん』
面白い……ってバカ! あいつが俺たちに何やってきたか知ってるだろ!?
『はっ? もしかして今、私の事”バカ”って言ったの!? ねぇっ! ねぇっ!?』
えっ……いや、そういうわけじゃ……もういいよっ! 俺がやる!
あの部屋が特別だったのか、神殿が破壊されたからか廊下魔素が集まるのを体中に感じてとれる。
オラァッ! 丸ごと燃えて死ね!!!
渾身の炎を浴びせかける。おお、デケェ……そういや基礎魔法のスキルレベル上げといたんだった。すげぇじゃん! 俺!
「熱っ! ゲホゲホッ……煙が気管に……ゲホッ……あっ熱いではないか!! 気を付けろ! このボンクラ下級貴族がっ!!!」
……え?
もしかして……あれが効いてないのか!!?
燃え盛っていたはずの炎が徐々に煙のように掻き消えると、平然とした魔物と、全体的に煤けた馬鹿皇子の姿が立ち込める煙の中から現れた。
「なんでだ!? 魔法が効かないのか……!?」
「ハーッハッハッハッハッ!! この魔物に魔法など効かぬわ!! 雑魚め!!! 天才のこの私でも捕まえるのに苦労……いやっ全く苦労せず手懐けてやったのだぞ! 」
「どういう事だ!」
「ふん。頭の悪い田舎者には、何故だか分からぬだろう? まあ良い。どうせ今から死ぬ貴様には教えてやっても良いか。この水晶よ。この水晶があればこの辺りの魔物など私の意のままとなるのだ」
……すげぇ。馬鹿皇子手の内を簡単に明かしやがった……なんて漫画みたいな奴だ。
馬鹿皇子は懐から勿体ぶりながら、やたら大切そうに水晶を出してみせた。
あれ?……色は黒っぽいけど、形がオーブに似てる。
「どうだ? 凄いだろう? 神より選ばれしこの私だからこそ使いこなす事の出来る物であるぞ?」
なんだと……この状態を打ち破るにはあの水晶をどうにかしないとならなそうだよな。
馬鹿皇子は片手の平の上に乗せ掲げてみせると、気軽にクルクルと回転させて見せ……落とした。あれだけ仰々しく大事そうに水晶を出した割には……おいおい、まじかよ。まじで落としやがったよ。
「あああああああああああああっ!!? 落としてしまった!!! これでは私のいう事を聞かせる事が出来ぬではないか!!! 早く拾わなくては!!! そこの下民よ!!! 私の為に拾い、渡すのだ!!!! うわっ……ぎゃああああっ……」
水晶を落とした皇子が速攻で魔物からはじき落とされた。ついでに思い切り踏まれやがった。
「痛いっ!!! 痛いぞ!!! ……しまった……これは……まずいぞ…………ふっ……ふははははははははっ!! おおっと……この私としたことが、大変な事を忘れていたぞ。……実は私にはとても大切な急用があったのだ。……貴様らを相手している時間はもうない。これにて失礼するぞ!!!!」
『大変よっ! 面白い人が逃げちゃう! 待って!!』
馬鹿皇子は、魔物から振り落とされ……顔から変な感じで落ちた上に踏みつぶされた割にはすぐさま立ち上がるとよたよたと逃げ出した。しかし後姿からも腕があらぬ方向に曲がっているのが見て取れる。
「待てっ!!! くそっ!!!」
しかし、残された魔物はかなりいきり立っている。既に俺達を餌と認識しているようだ。
『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
大音響で雄たけびをあげるとそのまま突進して来る!!!
やばいっ!! こいつは魔法が効かないんだっ 来るっ!!!
--------ザンッ-----------
「ディアーナ……」
一瞬だった。
一瞬で……大口を開け襲い掛かろうとしてきた魔物が開いた口からそのまま平行に、一太刀で真っ二つにぶった切られた。
「……魔法が効かないなら、剣しかないじゃない?」
ただ立ちすくんでいただけの俺を横目でちらりと見ながら、呆れたようにクスリと笑った。
『……やだぁ。ディアーナ選手……やっぱりカッコイイ〜』
なんだよ選手って……いや、今ルッカと喋ってる暇はないや。
「ディアーナっ! ありがとう! 悪いけど二人を頼む! 俺は馬鹿皇子を追いかけるから!!」
今日ちょっと長くなっちゃたので2話に分けます。