遺書。
これはお兄ちゃんが最後に私を抱きしめたときに、首輪にある隠しポケットに入れた手紙。
それは、この世界では私しか読めない日本語で書かれていた。
地球で死んでから、もう五年と三ヶ月がたつ。
村に住む狼男の仲間から「近々この村に冒険者が来るかもしれない」と言われ、この手紙を……遺書を書くことにした。
利矢が読んでくれることを、この世界で楽しくて最後には満足だと思える生活ができることを、願っている。
何を書いていいのかわからない。地球で死んだのも突然のことで、遺書なんて書こうと思ったのも初めてだ。
だからこの手紙は利矢に伝えたいことを書こうと思う。
色々な不満と、たくさんの思い出と、言えなかった感謝を書こうと思う。
いきなり話が脱線するけど、利矢に言えなかったことが一つある。
エディスとアルス。その名前について。
これは地球でいうところの「アダムとイブ」らしい。
兄妹でアダムやイブなんて変だと思うけどさ。死んだあとに同じ世界に生まれ変わり、転移してきてまで再開できたのは、まさしく運命だと思った。
俺はこの世界に来たときすでにこの、狼男の成体で、気を失っていたところを村の仲間に助けられていた。
そこで名前も思い出せない、記憶喪失だと嘘を吐いた。
ジョン・ドゥ。名無しの権兵衛。
そんな意味を持つらしい、エディスと呼ばれた。自分でも、新しく名前を付けると地球にいるだろう両親に申し訳なくて、名無しのままにした。
アルスを初めて食べた人間だと言ったはずだ。
……確かに俺は人間を食べた。この五年で三十、四十人は食べたと思う。
本能に負けて、人間を食べた日から、人間に戻り地球へ帰るという夢を捨てた。
その夜。夢を見たよ。利矢、お前の夢だ。
同じ飯を食べ、共に笑い、一緒に寝ていた。
その夢の中で俺は、利矢を食べていた。泣いた顔のまま動かない利矢を、俺は美味しそうに食べていた。そんな夢だった。
起きてから決意したよ。利矢はきっとこの世界に来るから、それを待とう。利矢ならこんなになった俺を受け入れてくれる。
そして、絶対に利矢を食べないで守りぬくと、そう決意した。
それが、俺の生きる意味になっていた。
……どうだろうか。未来の俺は決意を貫けているのかな?
余計なことばかり書いたせいでもう紙がなくなりそうだ。
利矢にはずっと笑っていてほしい。きっと泣くこともあるだろう。でも、利矢ならどんなにつらくても立ち直ってくれると信じている。
未来の利矢が、「あのときがあったから今の私がいる」と笑ってくれるだろうと考えると、俺は自然と笑えるんだ。
いつかは利矢も兄離れをしたはずだ。それがほんの少し早まってしまっただけ。だからこれは寂しいことなんかじゃないんだ。
ホントに最後になる。
お兄ちゃんはいつも見守っています。がんばれ、利矢!
エディス。本名 橋本 広樹。