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物語の終わり。

 エディスさんと一緒に寝た。


 寝たといってもえっちはしなかった。当然だ、だって大好きなお兄ちゃんだったんだもん。

 私は好き好き大好きを、ベタベタと不遠慮に触ることで発散し。お兄ちゃんは「うぜえ」なんて笑って、私の頭を撫でながら、いつの間にかイビキをかいていた。


 やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんだ。名前がエディスに変わってしまっても。人間じゃなくなってしまっても。

 お兄ちゃんは、お兄ちゃんだった。


 バカは死んでも変わらない。血の繋がりも、きっとそう。


 次の日、いつもの癖で早起きして、朝ご飯を作る。

 お兄ちゃんの好きなものを思い出し、有り合わせでレシピを考え、お兄ちゃんの好みに味を整える。


 お兄ちゃんは美味い美味いと食べきってくれるので、作りがいがある。朝ごはんが終わったら食器を二人で洗って、お茶でも飲みながらまだたくさんお話する。


「そういえばベッドの下にあったエロ本ってどこに移したの?」


「ッ……やっぱり見てたのかよ……」


「うん、見てたみてた。エルフとドワーフのを見ながら夜中にゴソゴソしてるのも……」


「ストップ!!」


 めっちゃ睨まれてるので、苦笑いで話題を変える。というか聞きたかったことを聞く。


「三つ目の……なんか見覚えあるエロ本はなんだったの? もしかしてお気に入りだからって地球から持ってきたの?」


「あ、あれか。どれどれ……」


 お兄ちゃんが冷蔵庫の後ろから見覚えのある、あの三冊目のエロ本を取り出した。

 ……そんなところにあったなんて。


「ほれ、見てみろ」


「ここに妹にエロ本を見せつける兄が……」


「それアルバムだぞ、地球の頃の」


 ……あ、なるほど。見覚えがあると思ったら。そう言われたらなんとなく思い出した。一時期、お父さんの趣味が「私とお兄ちゃんの写真を撮りまくってはアルバムにまとめる」だったから、その時のものだと思う。


 ぺらっ。


 一枚目のアルバムは私が五歳、お兄ちゃんが八歳くらいの頃に撮った、家族写真から始まっていた。その下にはお父さんの文字で、お母さんの文字で、将来の私たちに向けた言葉が綴られていた。


 ──どうか、家族全員で幸せに暮らせますように──


 視界が滲む。ごめんなさい、その願いを叶えてあげることができなくて。何も恩返しすることなく、肉親よりも先に死んでしまって、ごめんなさい。


 そっと、もふもふの手が。お兄ちゃんの腕が、私を抱きしめる。ぎゅっとされて、なでなでされて、ドクンドクンと脈打つお兄ちゃんの鼓動を聞いて。


 お兄ちゃんの嗚咽を聞いて、我慢することを諦めた。

 二人で、この世の理不尽を嘆く。迷子になって両親を探す子供のように、二人でこの痛みに慣れていく。



 アルバムのページをめくる。


 撮影しているのはお父さんかお母さん。その全ては、私とお兄ちゃん、二人の成長記録となっていた。

 アルバムの中で私たちはどんどんと成長していく。


 小学校の入学式。運動会。学芸会。音楽会。卒業式。中学校の思い出も。

 たくさんの思い出が、まるで時間を止められてしまったかのように、貼り付けにされている。


 ……高校に入る頃から急激に思い出の数が減った。数少ない思い出から、お兄ちゃんの出番がなくなる。

 私の高校入学。学園祭。……そしてまた月日が飛ぶ。


「こ、れ……」


「誰が、撮ったんだろうな。悪趣味だし見たくもねえ」


 私たちの混じりあった思い出。ご丁寧に血肉のついた車体まで見える。

 お兄ちゃんのものだったと思う潰れた足。その近くに血まみれで、自分自身でさえも確信がもてないほど酷い、私の頭。


 やっぱり。私も死んでたんだね。

 どうしてお兄ちゃんだけが死んだ、あんな光景を見たんだろう?


「と、まあ。俺がこの世界に来たときにこのアルバムだけを持っていた」


「……ズル、い。私なんて何も持ってなかったんだよ?」


「はは、そうだな。だけどなんとなくお前が来たのはわかったんだぜ?」


 だからあんなに早く登場したのか、と上手く働かない頭を納得させる。

 ……うう、吐きそう。


「……大丈夫か、利矢?」


「う、うん。なんとか……」


 お兄ちゃんにアルバムごと思い出を取り上げられる。少しムカムカするので胸に手を当てて深呼吸。


「……懐かしい、よな」


 その声は、とても長い年月を経てる気がして。私の知ってるお兄ちゃんが遠くに行ってしまった気がした。


「お兄ちゃんって、いつこっちの世界に来たの?」


「もう五年はいる」


「そんなに……!?」


 アルバムの写真を見終わったのか、お兄ちゃんはアルバムを元の隠し場所に戻そうとして……壁にある棚に整えた。

 私にバレたから隠す必要も無い、とでもいいたげに、冷蔵庫の後ろから、残り二冊のエロ本を取り出すと、部屋へと戻っていった。

 ……部屋から「バレてた死にてぇ」って聞こえてきたけど、気のせいだよね。




 お兄ちゃんと暮らして、何日たったのだろう。


 一緒に寝たのはあの時一回だけ。

 そりゃそうだ、どれだけ寂しい思いをしていても、家族は家族だもん。


 私はお兄ちゃんと何度も外に出かけて、何度も笑いあって。もうこの世界に生きるとしても、楽しめそうって思えた。

 そう伝えたら、お兄ちゃんは身を守る技を覚えるべきだって言った。剣でも、槍でも、弓でも。最悪パンチでもいいなんて言った。


 この世界は地球ほど治安がいいわけじゃない。……というより地球が、異常なほどに、治安がいいのが実感できる。

 よく地球生まれの人が異世界に来て、ゴブリンを倒して、そして吐く……心が折れるなんて話、よくあることらしい。


「よろしくお願いします!!」


「おう。どっからでも来い」


 というわけで木刀──手ごろな木の枝を綺麗に整えただけの棒──を構えてお兄ちゃんと相対する。

 お兄ちゃんも私と同じ、手製の木刀を持っている。

 お兄ちゃんも武器は使えないそうだ。地球の頃でも、剣道をやっていたなんて過去もない。


「我流でもいい、まったく使えないよりはマシなはずだ」


「やあっ!」


 大きく振り下ろしてみる。あっけなく防がれてしまった。


「この身体は人間よりよっぽど丈夫だ、全力で打て」


「で、でも……剣道とかもしたことないし、お兄ちゃんも教えられないって」


「型は大事だが、もっと大事なのは相手に当てることだ」


 えい! やあ! とう!


 掛け声とともに何度も振り下ろす。その全てが剣で防がれ、ひょいとよけられてしまう。それだけじゃなくて、私のがむしゃらな一撃をよけたあと、脇腹をツンツンされてしまった。


 怒りに任せて木刀を振る。今までの攻撃が嘘みたいな精度で、お兄ちゃんのお腹を捉える。

 ……初ヒットだった。


「ラウンドとぅぅぅ」


「お兄ちゃん、それ格ゲ?」


 楽しそうだなぁ、なんて。そう思いながらも私も少しテンションが高くなっていることに気づいた。


「ファイっ!」


「中キック中キック」


 ローキックで、脛を執拗に蹴る。言ってることとやってることがちぐはぐだけど、私が楽しいからいいの。

 体が頑丈なら、きっとそんなに痛くないはずだし、多分。


「剣を使えよ」


 チョップされる。とても痛い。涙目で蹲った。




「……利矢、今の、聞こえたか?」


 やっとお兄ちゃんに当てることもできるようになってきた。お兄ちゃんがすごく真面目で、怖い顔をしながら町の方向を見ていた。


「うんう、全然……」


 何があったの? と聞く前にお兄ちゃんは私の腕をつかんで家へと引き込んだ。


「な、なに!?」


 お兄ちゃんの部屋まで引っ張られる。転んでしまわないようにとバランスを取るので必死。


「いいか、利矢。よく聞け……」


 急に抱きしめられる。

 お兄ちゃんじゃなければ手に持っていた木刀で殴ってるところだ。

 ……?

 あ、お兄ちゃんが少し震えてる。


「利矢、いいか? お兄ちゃんはいつでもお前の味方だ、大切な家族だ」


「う、うん? うん……」


「よし、よし。いい子だ。……稽古を続けるぞ」


「ねえ、どうしたの……?」


「はははっ、なんでもないさ。うん、なんでもない」


 お兄ちゃんが手提げバッグみたいなものを持った。

 それなに? と聞いても休憩までのお楽しみな、とはぐらかされる。不審に思いながらも庭へと戻る。


「利矢、耳塞いでな」


「え?」


「いいからいいから」


 なんだろう、急にお兄ちゃんが壊れた? ま、まあ。耳を塞ぐくらいなら……。

 言われたとおりに、しっかりと耳を塞ぐ。液体が流れるような音。たしか、筋肉が動いてる音だっけ? なんて。


「──オオオオオオオオオオォォォォ!!」


「わっ、え、なに? お兄ちゃんなんか変だよ……?」


 病気かな? と背伸びしてお兄ちゃんのおでこに手を当てる。もさもさふさふさ。


「なんか叫びたくなったんだ。ほら、稽古だ稽古」


「……むう」


 お兄ちゃんと話が通じない。

 お兄ちゃんが木刀を構えるので私も慌てて構えをとる。さっきの稽古で学んだ。咄嗟に武器を構えないと私が怖い目にあう。主に、寸止め的な意味で。


「……いや、そうだな。狼男は武器を使わずに肉体だけで戦うことを美徳とする。実践っぽくしてみるか」


 そう言って木刀を捨てた。三歩ほど時間をかけないと拾えない距離に落ちた木刀が、カンカラカラ、抗議の声を上げた。

 なんか、ホントに変なんだけど。


「さあ、いくぞ利矢……」


 両腕を大きく開きジリジリと距離を詰めるお兄ちゃんは、まるで鬼のような威圧感がある。

 う……実践っぽく、てそんなに威圧しなくてもいいじゃん? 身体が震えて、木刀を落とさないようにするだけで精一杯なんだけど?


「そこまでだ、化け物め!」


 不意に、知らない声。

 私とお兄ちゃんの間に金属鎧が立ちふさがる。その顔を見ることはできない。彼は私に背を向けて立っていた。


「……食事の邪魔をするな野蛮人」


「どっちが野蛮だ、人食い狼め……ッ!」


 お兄ちゃんが威圧感そのままに男の人を睨んでいる。そして私は困惑。


「ほら、貴女ははやく避難して!」


 横からさらに別の人が出てきた。ってよくみたら私の前の人を含めて、ひぃふぅみぃ。四人いる。

 女の人が私の腕を掴んで引っ張る。今日はよく引っ張られるなぁ。


 転倒。


 ほら、急に引っ張るからぁ……いてて。


「もう……っ!」


 女の人にお姫様だっこされる。ついでに転んでしまったときに近くに落ちていた手提げバッグを渡される。


「これ、お兄ちゃんの……というか、誰ですか……?」


 ギリリと歯軋りの音。


「……私たちはギルドから派遣された冒険者です。狼男の討伐にやって来ました。お兄さんは無理でも、貴女だけでも、救えてよかった……」


 私の頭の上に疑問符がたくさん。


 化け物。

 避難。

 ギルド。

 冒険者。

 狼男の討伐。

 救う。


 ……状況をまとめてみる。

 狼男は人間を食べる。そして人間の冒険者が狼男を討伐しに来た。人間の私が、狼男に食べられる前に助けられた。

 ……私って奴隷だったね。さっきお兄ちゃんに首輪を撫でられたので思い出したんだけどさ。今日はお散歩の日で、そのまま外すのを忘れていた。


 さっき渡された手提げバッグの中身を確認する。……私たちのアルバム。


 少しずつピースが合わさっていく。

 震えていたお兄ちゃん。

 私に渡されたアルバム。

 急に叫んだ奇行。

 狼男の性質。


 まるで狼男が私を襲っていて、木刀で必死に身を守っているように見えた稽古。


 …………まさか、死のうとしてる?


 ダメ。

 それだけはダメ。

 せっかく再開できたのに。

 一度死んでしまったのに、またお兄ちゃんが死んでしまう……っ!?


「やだ! 降ろして! お兄ちゃんっ! お兄ちゃん助けてっ!」


 暴れる。お姫様抱っこされていた体勢から暴れたせいで落下し、地面に叩きつけられるけど、今はそんなことより大切なことがある。


「な……ッ!? 落ち着いて、貴女は助かったのよ!!」


「お兄ちゃんっ!」


 手を伸ばす。

 手の先では男の人の持つ剣で、何度もなんども、突き刺されているお兄ちゃんの姿。自分の手が切れることも構わずに、胸に刺さった剣を抜こうとしている。


 男の人が剣を引き抜く。


 ビチャビチャ、と血が飛び散る。私にかかることはなく、庭の一部だけを汚す、お兄ちゃんの血。


「──終わりだ」


 首に振られた一閃。お兄ちゃんは首を半分ほど切られ、そのままドウ、倒れた。


「あ、あ……っ! う、そ……?」


 お兄ちゃんに追い縋る。追い縋れない、女性が離してくれないから。


「ダメね、心が壊れちゃってるみたい。あんな化け物を兄だと思ってる」


「ああ、早く王都に帰って休ませてやろう……」


 お兄ちゃんが、消えていく。

 お兄ちゃんの身体が白い光の粒となり、空へと舞い上がる。空気へと霧散していく。

 そこには何も残らない。血も。肉も。お兄ちゃんがそこにいた証拠は何も残らない。


 私に残されたのは、たった三つ。

 奴隷の首輪。練習用の木刀。お兄ちゃんがくれたアルバム。


 アルバムを抱きしめて泣く。大声をあげて泣く。

 お兄ちゃんから私を引き剥がした女性が、抱きしめてきた。けど、そんな人どうでもいい。


 お兄ちゃんに抱きしめられたい。

 温かいあの体温に包まれたい。


 馬車に揺られながら思う。お兄ちゃんと過ごした家が遠ざかっていくのを見ながら思う。




 こんな世界くそくらえ。

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