告白。
あれから、私たちは変わったのだろうか? エディスさんはどうかわからないけれど、少なくとも私は変わったと思う。
「利矢、今日のご飯は?」
「今日はオムライスの予定ですよ」
「おう、わかった」
「……っ」
エディスさんと目を合わせると顔が赤くなって胸がドキドキする。声をかけられるだけでうるさいほどに心臓が跳ねる。
もしかしなくても、恋、だよね……?
うぅ…… でも相手は人間じゃないし、それに会ってからまだ一ヵ月くらいだし……!
それでも、好き、なんだよね。何回も自分に問い直しても、返ってくる答えは同じ。今までの恋人や、好きって感情とはとはちょっと違ってお兄ちゃんっぽく感じちゃうことが多いけど、きっとそれは最初の名残だと思うし、エディスさんが年上だからだと思うし。
告白、しちゃう……?
奴隷から主人に告白ってロクなことにならなそうなんだよね。それに女の子から告白すると悲惨って友達が──死んだ目で──言ってたし。
そもそもエディスさんの好きなタイプとか、私知らないし…… ほら、もしかしたらこの村に好きな人がいたりするかもだし、無いかもだけど男の人だけにしか興奮しなかったり?
そういった意味でも、まずは恋人だったのかわからないけれど……アルスさんの見た目とか、性格とかも知っておきたい。
聞くしかない、よね。
ご飯の時、アルスさんのことを聞いてみることにした。
いきなり好きな人がいるのか、と聞くよりは気が楽だし……。アルスさんのことだったら名前を借りてるから、話題にしやすいし、ね?
「今日も美味いよ。さすが利矢だな」
「っ……ぅ、ぁ……ありがとう、ございます……」
聞こうと思った瞬間にこれ、は……心臓がうるさいくらいに鳴ってる……。
落ち着こう。お茶を飲んで落ち着こう。
「顔が赤いぞ、熱でもあるんじゃないか?」
「い、いえ! 大丈夫ですから!」
エディスさんの大きい手が私のおでこに伸びてくる。大きくのけ反って、よける。
若干残念そうにしてる、のかな? 男の人はすぐ、髪に触ろうとしてくるからなぁ、何が楽しいんだか。
「エディスさん、少し聞いてもいいですか?」
「ん? 改まってなんだ?」
「アルスさんのことです」
目を逸らされた。
エディスさんはいつも話すとき、こっちが恥ずかしくなるくらいに真っ直ぐ見てくるのに、珍しく、目を逸らされた。
「……何を聞きたい?」
「その……どんな人だったのかな、とか」
あれ? あと何を聞こうとしてたっけ。
「知らん」
ぴしゃりと言われ、思考が停止した。
学校の先生に怒られた子供のように、身を小さくする。
「アルスのことは、何一つ知らない」
「え……?」
「アルスってのは女の名前だ、エディスと対になるってのも知ってる」
それはなんとなくわかった。きっと何か意味のある名前なんだろうな、って。
「……アルスってのは、俺が最初に食べた女の名前なんだ」
「食べ、た……」
「お前のことを食べない、なんて言っておきながら、初めて食べた女の名前をつけるあたり……信用ならねえよな」
そっと、私の頭へと腕を伸ばすエディスさん。まさか掴んで噛みつこうって訳じゃないだろう、髪を撫でるだけなんだろう。……酷いよ、今の話のあとじゃさけれない。
「……ごめんな、利矢」
私は何を言っていいのかわからず、ただ撫でられていた。
女の子はとても複雑な生き物だ。男は女の子をなんだと思ってるんだろう?
女に性欲があればビッチって言われる。男をとっかえひっかえする人──私は絶対にしたくない──もいないだろうに。
男の人のどこがいい? って聞いて「歯ぐき・歯並び」って答える人もいる。すぐ泣いちゃうけどその泣き顔が可愛くて好き、って子もいる。
彼氏がキスするだけで顔真っ赤にするんだけどすごく可愛くて興奮した、って友達が言ってたりもした。
世界中を探したら同じ顔はいるっていう。でも同じ性格の女はいないって言える、それくらいには複雑なんだ。
……何が言いたいかっていうと。
──エディスさんが好きすぎて我慢できない。
おかしいなぁ、自分だともっとおしとやかで男の人に迫られて渋々えっちするのを想像してたんだけど…… 女の子からえっちを強請るのって、良くないよね?
だよねー……。
でもその相手が私の好意に気づいてさえいないときは──私自身、好きって気づいたのは昨日なんだけど──どうすればいいの!?
いやいや落ち着こうおちつこう、自分。いきなりえっちなことはまずい。ほら、子供もできるかもしれないし!! ……でも学校は無いんだよね、じゃあ別に子供できちゃっても不都合は無い?
うーん……。
よし、ベッドでゴロゴロ考えてないで、トイレに行って寝よう! 明日のことは明日考えよう!
「「あ」」
ドアを開けたら鉢合わせ。
というよりエディスさんもちょうど、自分の部屋から出てきたところだった。
……これって運命? どっちかというと、神様の悪戯?
「まだ起きてたんだな」
「ええ、トイレに行ったら寝るところでしたけど……」
エディスさんはマジか、と小さく驚いていた。
「じゃあ先に行け、俺はお前のあとでいいよ」
「お言葉に甘えて。……えと、聞かないでくださいよ?」
エディスさんもトイレだったみたい。
そんなことしねぇよ、と呆れ顔のエディスさんをおいて、トイレに入る。
……少々お待ちください。
トイレから出る。エディスさんがコップに水? お酒? を入れて飲んでいた。
「出ましたよ?」
ゆっくりとした動きで私のほうを見る。なんか、違和感。
「ああ。……おやすみ、利矢」
好きな人におやすみって言われて、同じ屋根の下で眠るのって、なんて幸せなんだろう。
あ、でもでも…… もっと、もう少しだけでも、幸せになりたい。
エディスさんがトイレに行ってから自分の部屋に戻る。そしたら枕を掴んで部屋を出る。
……これくらいなら、拒絶されない、よね? 変じゃない、よね?
エディスさんの部屋の前、ドアに背中をつけて深呼吸。エディスさんが私の好意に気づいたら、いったい、どうなっちゃうんだろう?
「……利矢?」
「エディス、さん……」
「なんだ、まだトイレか?」
恥ずかしくて目を見れない。それでも必死に目を合わせようとして、勇気を出して目を合わせるけど、恥ずかしい! すぐに目をそらしてしまう。
エディスさんの探るような視線を感じるけど、このまま逃げたくない。
「一緒に! ……一緒に、寝ちゃだめですか?」
エディスさんが寝るベッド。
彼は真ん中より少しズレて、私が入れるだけのスペースを用意してくれている。
私のほうに背中を向けるエディスさんは、拒絶も許容もしていなかった。「好きにしろ」と、言われている気がして……少し戸惑う。
男の人が夜這いに来るのは、わかるけど、女の子からすり寄るのは……はしたない、よね……。
「しつれい、します……」
布団に入り込む。エディスさんの肩が跳ねるのが見えた堂々としてるように見えて、やっぱり恥ずかしいのかな? ……かわいい。
エディスさんの背中に身を寄せる。触れているところが多くなるように。
少しでも私の鼓動を、ドキドキを伝えられるように。
「……お、おい。利矢?」
エディスさんの慌てる声。そっと腕を回して抱きしめると、暴れはしないものの左右に身体を揺らされる。抵抗にも思えるけれど、本当に嫌なら私を振り払っているはず、だよね?
あ…… いい匂いが、する……。
「利矢、どうした?」
「あの日、私を買ってくれてありがとうございました……」
「あれは、その……偶然だ」
お礼の言葉。この先どうなるのか、まったく先の見えない奴隷商の馬車から、助けてくれたのはこの人で。
「アルスさん…… 彼女の代わりに私を買ったんですか?」
「違う、ちがう。それだけは、違うんだ利矢」
焦ったように否定する彼の言葉が、嘘なのか、本当なのか。私に確かめる方法はない。
それでも、もしかしたら。
アルスさんみたいに、彼の特別な存在に、なれるかもしれないなら──
「好き、です」
言っちゃった。
「エディスさんのことが、好きです……」
「────」
「好きです……好き、なんです……」
エディスさんはなにも言わない。
なんで? やっぱり女の子からは、はしたないの……?
ぎゅっ、と腕に力を込める。さらに触れる面積を多くする。暖かい、人間より少し温かい体温を感じて、エディスは冷たく感じてるのかな……と少しだけ悲しい気持ちになる。
エディスさんは、まだ動かない。
「私じゃ、駄目ですか……? 奴隷で、会って間もない私じゃ、ダメですか?」
答えて。
答えを教えて、エディスさん。
「俺は、お前と恋人になってはいけない」
「ッ どう、して……?」
「……」
感情が燃える。
エディスさんが「なってはいけない」と、彼の意思が含まれていないことに、私は気づけない。
だって、好きな人に告白して振られたのだから。せめて理由を知りたいと食い下がってしまうのだから。
「私は、こんなに好きなのに……」
「勘違いだ」
なんでそんな酷いこと言うの?
「違うのっ! 私……わたしは、エディスさんがっ!」
「お前は、俺を。エディスを、知らないだろ」
「これから知っていきます! たくさん! たくさん……」
一ヶ月でその人のことを理解しきれる、そうは思わない。彼の人生は、二十年近く、下手したら三十年も続いているのだから。
でも、それじゃ私の愛は止まれない。
「これからじゃ遅いんだ。手遅れになるかもしれない……」
「それでもいいです! ……エディスさんの、恋人になりたいんです」
私は抱きしめる腕を動かす。
右腕は胴回りのまま、左腕を下腹部へと……お腹から下へと滑らせていく。拒絶されるかもしれない。お互いに後悔してしまうのかもしれない。それでも……!!
私が何をしようとしているのか、エディスさんにも理解できたらしい。腕の中で暴れられる。逃げられないようにと、私は手を止めて抱きしめる。
「利矢!? 利矢! それだけはダメだ!」
「なんでですか!? 私だって、我慢して……!」
「そうじゃない!」
我慢できなくなってしまう……そろそろ、触っちゃうかな。というころで、エディスさんが腕の中から逃げてしまった。
寝返りをうって私のほうへと振り返る。そのまま私の両腕を押さえつける。
「利矢、俺の話を聞いてくれ……」
まるで押し倒されたような格好で、自然と私の心拍数も跳ね上がる。
でも、どうしてだろう?
彼が、私に手を出さないという、確信めいた考えを持っている。
「聞け、橋本利矢。信じられないかもしれないが、俺はもう、嘘を言わない」
「……」
真面目な、話……? 今この瞬間に、必要な、大切な……?
「俺は橋本広樹だ、前世ではお前の兄で……死んだままの記憶をそのまま持ってる!」
……。
「いや、信じられないのもわかる。……でも本当なんだ」
……えっ。
いやいや、えっ?
「中二の頃、彼氏できただろ。……確か、蝦名くんだっけか?」
「お兄ちゃん?」
「来て最初の時にもそう言ってたよな、気づかれたと思ったんだ──ガフッ」
右ストレートがめり込む。うそ、右フックにしといた。
「……痛いんだが!?」
「……うそ」
「嘘じゃねえって。ならもっと地球での黒歴史言ってやろうか?」
「やめてよ!?」
進行形で黒歴史ができてるんだから!? 転生したはずの実の兄に夜這いをかけるとか! バカなの!?
「痛い!? 殴るな!! いつからそんな暴力的になったんだ!?」
「なんでもっと早く言わないの!? そしたら私だってこんな恥ずかしいことしなかったのに!」
「……」
「……」
「……」
「……奴隷で、会って間もない私じゃ、ダメですか?」
「やめてええええ!!」
バシバシと本気で叩いてるのにゲラゲラと笑うエディスさん。……いや、お兄ちゃん。
二人でたくさんたくさん暴れて、何かを取り戻すかのように触りまくって、力強く抱きしめられて。
「……おかえり、利矢」
「ただいま、お兄ちゃんっ」
二人で笑える。もしかしたら私は、エディスさんとこうしたかったから、焦ってしまったのかもしれない。
もう二度と、お兄ちゃんを失ってしまわないように。
たしかに、お兄ちゃんと私は、地球じゃ交通事故で死んじゃったけれど。
お兄ちゃんは狼男に……人間ではなくなってしまったけれど。私は奴隷になってしまったのだけれど。
私たち兄妹はこうしてまた会えて。また笑えて。また一緒に暮らしていける。
これからたくさんお話をしよう。
エディスとして生きてきたお兄ちゃんのお話も。
奴隷としてここに来てしまった私の話も。
これからのこの世界での暮らしのことも。
たくさん。
たくさん──