私達の日常と。
さて。
早いものでエディスさんと暮らしはじめてからもう二週間……つまり十四日が過ぎた。
家の全ての部屋掃除が無事に終了した。毎日の掃除はほこりがたまらないようにして、出したものを元の位置に戻す程度。
エディスさんはお兄ちゃんと同じく、ものを出しっぱなしにする癖があるようで……暇になることなんて全くといっていいほどなく。毎日まいにち片づけるものが増えていく。
エディスさんの部屋をどれだけ探してもあの三冊目のえっちな本は出てこなかった。どこに隠してしまったんだろう? ……趣味とか思考を知るためにいちおう見ておきたかったんだけどね。
お兄ちゃんの部屋にあったえっちな本は全て読破していたし、ねぇ……?
あ、そうそう。エディスさんと一緒に買いものへ行ったこともあったんだよ。
きちんと首輪をして、首輪に繋がる鎖をエディスさんが持つ。まるで犬の散歩のようだ、なんて思いながらも久しぶりの外を楽しんだ。少し寄り道をしてお花畑を見て、デートですねってエディスさんをからかって。
他の狼男たちも微笑ましそうに私たちを見ていた。聞いていたのとは違ってみんないい人? いい狼男? そうで、安心だった。
そしてそして、最近変わったことといえば。
「エディスさん」
「……なんだ」
「いえ、お風呂の用意できたのでお先にどうぞ?」
「……おう」
エディスさんが素っ気なく、目を合わせてくれない。それどころか私に見向きもしない。わざと見ないようにしているみたい。
エディスさんが目を逸らす。私が目の前に回り込む。また逸らされるからまた回り込む……っていう鬼ごっこをしたほどだった。結果? 私が目が回って倒れてしまったよ。
けれどその時はエディスさんがそっと背中を支えてくれた。私が驚きながらもしてやったり、と笑うと気まずそうに顔を背けるエディスさん。
昨日なんかは、虚空を見て反応しないエディスさんの目の前で手を上下に振ってみた。……睨まれたあとに、もの凄く怒られた。
その時はエディスさんがすごくつらそうな顔をしながらも、私の目をしっかりと見て「もうやらないでくれ」って言ってきた。
そこで断るほど、子供じゃない。
エディスさんはまたつらそうな顔で「……ありがとな」なんて言う。
そんな顔されたら事情を聞けないじゃないですかぁ……。
今日も一日が終わる。
三冊目のえっちな本は、探してもさがしてもまだ見つからず。いいかげんに諦めるべきなのかもしれない。
食料の備蓄は、そろそろ品切れになりつつある。また明日買い物に行って補充しないと。
アルスさんの機嫌が悪い理由もまだわからないまま。誰も相談できる相手もいないのだし。
ってそうだ、明日は散歩する日だったかな?
エディスさんは過保護だからか、あまり外には出してくれない。それでもまったく外に出ないのは健康に悪いからって「散歩の日」を決めた。その日以外は、外に出てはいけない、というルールさえ決められていた。
狼男は人間を食べるって言っていたけれど、みんな人の良さそうな人ばかりだ。
たぶん、だけど。エディスさんは思った以上に仲間を信用していないんだと思う。じゃなければ村の外れの……誰も寄り付かない、こんな何も無い丘の上に家を構えたりしない。
その理由は大体察しがつく。
……エディスさんは他の狼男と違って尻尾が生えていない。
エディスさんと散歩している時にちらりと見た狼男にはふさふさの尻尾が生えていて、エディスさんは少し嫌そうに顔をしかめていたのを私は知っている。
コンプレックス、なのかなぁ。
その夜のこと。
私は悩みごとのせいでなかなか寝つけないでいた。ぎゅっ、と目を瞑り寝よう寝ようとしてもエディスさんの苦しそうな顔が浮かぶ。
……なんとか、してあげられないのかな。
考えても答えは出ず、寝ようとしても考えは止まらず。しまいには体力と気力が悲鳴をあげ、意識が霞んできた。
ギィ…… と。
小さく、そっとドアを押し開ける音が聴こえた。だが、私には眠気に耐えることもろくにできない。
どんどんと閉まっていく私の瞼。
せめて、顔を見ておかなきゃ。……泥棒や強盗なのかもしれない、から……頭を撫でる、ふさふさ、した感覚……あ……いしきが……。
おやすみなさい、エディスさん?
「……おやすみ、利矢」
…………。
朝起きて、時間を確認するといつもより少し遅い時間だった。
変な寝癖の付きかたをしていた、ピコピコと跳ねる髪を撫で付けながら顔を洗う。ついでに髪も解かして…… まだ、跳ねてる。
エディスさんが買ってくれた髪留めを使って目立たないようにして、それで我慢しよう。
「おはよう、利矢」
エディスさんが保存用の棚……いえ、この世界の冷蔵庫ですね。冷蔵庫を覗いて食料がほとんど無いのを確認、少しだけしょんぼりとしていた。
そのしょんぼりする所もお兄ちゃんにそっくり。ふとした時の、よく見ているだけでは気づかないほど小さな仕草がお兄ちゃんに似ていて、懐かしいとともに悲しくなる。
……本当に、私にお兄ちゃんはいたんでしょうか?
最近、少し考えてしまう。前世に…… 本物と証明できない前世に引きずられていていいのかどうか。
実は私はこの世界で生まれていて、記憶喪失になっていて、喪失感を埋めるために偽の記憶を作りこんだ?
それに、本当はお兄ちゃんがいなかったならば?
「エディスさんの仕草がお兄ちゃんに似ている」のではなく「エディスさんの仕草をお兄ちゃんの仕草と思い込んでいる」ならば……?
ネガティブになってるなぁ……よくないとはわかっていても、気が滅入ってしまう。考えすぎて頭が痛い。
……私みたいな人を頭が弱い、というんだろう。
いやいや、私は少し考えるのが苦手なだけだよ? ホントだって。
あ……考えごとしながらだったためか、エディスさんに頼んだ買いものリストの中に卵を入れるのを忘れてしまった。
前に買ってもらったのに二個も落として割ってしまったから足りなくなっていて……考えごとしながらって駄目だね。
エディスさんってね、お肉を卵で絡めて食べるのが好きなようで、もともとの卵の消費も激しいの。卵の無い時にお肉料理を出したら明らかにしょんぼりとしていて、本当に子供のようだったなぁ。
エディスさんのほうが年上だろうけれど、そのときは可愛いと……素直に思ってしまった。
もしかして、なんて、淡い希望を抱いて冷蔵庫を確認するけど……うん、やっぱり足りない。というか、昨日はあったはずの生の鶏肉もどこにいってしまったんだろう?
……流石に、捨てたってことは、ないよね? うぅ……確信を得られない自分の気の抜けようが憎い……!
「うん、エディスさんを追いかけよう」
そう決意して、私はエディスさんとの約束を…… 一人では外に出ないという約束を、簡単に破ってしまった。
今まで一回も狼男という種族の、汚いところや、怖いところを見てこなかったから。見せられなかったから。
見た目が違うだけの、ただの人間と同じだと思い込んでしまっていた。
その結果が──
「女だ、悪かぁねえぜ……」
「人間の女の肉は、バターを噛むようなもんだぜ」
「人間を引っかけるにはいい場所だろ?」
──これだ。
一人でスーパーのような、食糧を売っているお店目指して早歩きで向かっていた。
ス、と影が差す。誰かが私の目の前に立ちふさがったのだと気づいた時には、後ろにも二人、狼男が涎を垂らしながら立っていることに気づいた。
その顔は見るからにニタニタとしていて、あの性犯罪者のようだった。今にも飛びかかられ、食べられてしまいそうだった。
……怖い。
私に下卑た目線をぶつけるだけではなく、遂に手が伸びてきた時、狼男の誰かが呟いた。
「……こいつエディスんところの奴隷じゃね?」
私に伸びる手は空中で止まった。……この隙に逃げなきゃ! って思っても完全に囲まれてる。そもそも腰が抜けちゃって立とうにも立つことができない。
「確かにそう言われれば……だが首輪付けてねえし、いいだろ? 我慢できねえよ」
「痛い、いたいっ!」
ガシッと頭を捕まれて少し体が浮く。
暴れても、叩いても、泣いても、喚いても。私を掴む手は離れない。私に死が、近づいてくる。
……狼の口の中は暗く、寂しそうで、なぜか赤ずきんの童話を思い出した。
彼女のように丸飲みされるのかな。
彼女とは違って噛み殺されるのかな。
明確な死というものは初で、怖くて、逃げられないのに逃げようと足掻いて。
「おい! それは俺の奴隷だ!」
死が近づいてくるのは、鉄の塊がぶつかってくるのと同じで。誰かに抱きしめられる程度の庇いかたじゃ、助かることなどなくて。二人は無残な醜い肉片に成り下がって……。
「あ、ぁぁぁぁ……っ!」
思い出した。おもいだした。思い出したくなかった。
お兄ちゃんと私は一緒にトラックに轢かれて死んで……あれ? でも私は生きてる? ほんとに生きてる? お兄ちゃんは死んでて、お兄ちゃんは……エディスさん?違う違うちがうちがう。
「……すまん、少し我慢してくれ」
「お兄ちゃん……?」
私をおんぶしてくれるお兄ちゃんは、なぜか毛むくじゃらで、土っぽい匂いがして。
「俺はエディスだ」
「広樹、お兄ちゃん……」
「ダメだ、聞いちゃいねえ」
お兄ちゃんの背中、大きいなぁ。
ねえ、覚えてる? 私たちの体はトラックのタイヤで潰されちゃったんだよ?
潰れた体から流れる血や内臓がお兄ちゃんの肉と混じるあのなんともいえない感じは、お兄ちゃんはどう思ったの?
……ねぇ?
ねぇ!?
「ぁあああアアァァアあああ……ッ」
頭を撫でられる感覚が、どこか遠くに感じる。
……ここは、どこ?
「利矢、何があったんだ」
目の前にいるのはお兄ちゃん、けしてお兄ちゃんじゃない。お兄ちゃんは私と一緒に死んだ。
うん、大丈夫です、落ち着いてます。
……あれ? じゃあ、私は生きてるのかな? ここは黄泉の世界でお兄ちゃんも幽霊? ……そしたらここで死んだかもしれないアルスさんは、どこへ行くんだろう。
「……おい。おーい」
黄泉の国で死んだら地球に戻るのかな? 輪廻転生に私は触れてるのかぁ、すっごーい。
ペチン、と何かが頭を叩いてきた。少し痛かった。
「話を聞け」
話? お兄ちゃん、なんの話かな?
顔を上げて少し不機嫌そうなお兄ちゃんを見て──固まってしまった。
そこにいるのはお兄ちゃんじゃなくて狼男で、その口は今にも私を食べようと大きく開いて……っ!?
「いやぁあ!?」
「お、おいっ、まて!」
「は、離してっ! やぁあ!? だ、だれか、助け……ッ」
私の腕をガッチリと掴んで離さない狼男を見て、諦めにも近い感情が浮ぶ、でも、死にたくない。
「俺だ、エディスだ……わかるか?」
「……エディス?」
すっと、意識が遠のくのを感じた。
唐突に、私の意識は闇に落ち…… そのまま意識を失った。
もう、遠い昔にも感じる記憶。
遠い、どこにあるのかわからないほどに遠い…… 地球の記憶。
お兄ちゃんと一緒にいた記憶。
私たちは仲が良かった。……そうはいっても、喧嘩が無かったわけじゃない。むしろしょっちゅう喧嘩して、その度に恥ずかしそうに謝った。
「喧嘩するほど仲がいい」なんて言うけれど、本当にほんとうに、喧嘩なんてするんじゃなかった。
小さいことで喧嘩して「お兄ちゃんなんか嫌い!」と何度言ったのか、覚えていない。
それは本心じゃなく……血の繋がった実の兄で、優しくて楽しくて暖かいお兄ちゃんのことを大事に思っていた。
きっとそれはお兄ちゃんも同じ。じゃないと、自分も轢かれそうだというのに私を庇おうとなんてしない。
私は、地球に帰りたい。帰って、お兄ちゃんにありがとうって言いたい。
もしかしたら私はもう死んでしまっているのかもしれない。この世界は死に際に見ている妄想なのかもしれない。
私が助かっても、地球に帰れてもお兄ちゃんは死んじゃってるかもしれない。
いつ帰れるか、帰る方法なんわかりもしない。
それでも。
どうなろうとも、地球に帰ってお兄ちゃんに会いたい。
夢が終わっていく。夢が終焉っていく。
水底から引っ張りあげられるような感覚を最後に、私は目を覚ます。
目を開けるとまず見えるのは狼を無理矢理人間にしたような、狼男の顔。でも驚いたりはしない。
エディスさんは過保護だからね、きっと私が起きるまでずっと傍で看病してくれていたんじゃないかな?
「なんであんなことしたんだ」
せめるようなエディスさんの口調。じっと正面から見つめられる。
……最近目を合わせてくれなかったから、嬉しい。なんて言ったら、怒られるんだろうか。
「買いもの、しようと思って」
「俺と一緒じゃないと外に出たらダメって言ったよな? 俺が間に合っていなければ、お前は今頃死んでたんだぞ?」
エディスさんのゴツゴツと大きくて、石のように堅い手が私の頬へ伸びる。
拭うように目元を擦られる。寝ている間に泣いていたようだ。
「……痛い、です」
「っと。すま。ん……?」
慌てて離れようとする手のひらを、掴んで私から頬ずり。私を……うんう、女の子を思いやってくれる優しい手だ。
「痛い、ですよ……」
「なあ利矢。危ないことはしないでくれ。俺はもう、失いたくない」
私たちは、どう見えるのだろうか。種族や立場を越えた恋人にでも見えるのだろうか。
それとも、お互いに大切な人を失い……他人にその影を重ねることでしか生きれない惨めでちっぽけな存在に、見えるのだろうか。
「頼む、利矢……」
「わかりました」
泣いていた私は、目も腫れているし、土で汚れてしまった部分もあるから、お風呂に入ることになった。……触られた腕も洗って、綺麗な身体に戻りたかった。
服を全部脱ぐと浴室へと進む。何度使っても、日本のお風呂で慣れてしまっているからか違和感が残る。
一ヵ月にも満たないこの世界に慣れなくても、無くしたくない思い出は増えていく。
「あ…… 着替え、忘れちゃった……」
入念に身体を洗っている最中に、着替えを持ってきてないことに思い至った。
エディスさんと話したあと、直接お風呂にきちゃったからなぁ……。バスタオルは脱衣所の棚に仕舞ってあるから、問題ないんだけど。
うーん。と唸りながら体を流し終わる。
「エディスさんがお部屋にいますように……」
体にバスタオルを巻きつけ、ずり落ちないことを確認。あとは見えちゃってないかとかも確認を……うん、大丈夫かな。
スルスル~っと自分の部屋へ。
「「あ」」
私の部屋へは居間を経由しないと行けない。
そしてエディスさんの部屋も、方向は違うものの、居間を経由する。
部屋から出てきたエディスさんと、タイミング悪く鉢合わせた。
う……見えてない、よね? 胸元のバスタオルをそっと引っ張り上げる。それと同時に股下数センチをなんとかしようと引っ張る。
上下に引っ張られたバスタオル君、もっと頑張って。
お互いに動けないで固まっていたが、先に動いたのはエディスさんだった。
ドカドカと乱暴な足音で近づいてきたエディスさんは、そのまま私を押し倒した。
「っな、なに!?」
私の首筋に顔を近づけるエディスさんを必死に押しのける。
さっきから無言…… というよりハアハアと荒い息遣いをしている。それに口を開けて、まるで私の首に噛み付こうとしていたような……っ!?
「エディスさん! エディスさんっ!?」
顔を押しのけていた指を噛まれそうになり、咄嗟に手を引っ込める。噛まれずに済んだけど手を離してしまったせいでまた顔が近づく。
──ポタリ。
私の肩にエディスさんのヨダレが垂れた。
恐怖で固まった私の左手首が掴まれる。エディスさんは開いている右手で、私の顎をクイッ、上げさせ首に噛みつこうとして口を開ける。
「いやぁっ!」
ぺちん。気づいたら右手でエディスさんの頬を打っていた。
小さい音が大きく響いた。私も……エディスさんも心臓をつかまれたように動けなかった。
それでもやっぱり、先に動いたのはエディスさんだった。
私の上から退くと、小さくごめん、と呟く。そのまま家を出て行ってしまったみたいだ。
ぎい…… とドアが悲鳴を上げたらしい。
その音で私は浅い眠りから目を覚ます。いつの間にか眠ってしまったようだ。
自分の腕を枕にして座ったまま寝ていたからだろう。頬と腰が痛い。
「……エディスさん?」
ドアの隙間から現れた人影。声をかけると肩が小さく、跳ねた。
「起きてたのか」
「うん、待ってた」
もう朝になるのだろう、窓から見える空は若干の明るみが見てとれた。
でていった時と同じようにエディスさんは小さく「ごめん」と、言った。
頭をわしゃわしゃと撫でられる。髪がボサボサになっちゃう。
……ん。この匂い?
「エディスさん、怪我したの……?」
笑顔のまま固まった。聞かれたくないことだったのかな? ……でも、知りたい。
「なんで急に私に触れるようになったの? こんな時間にどこに行ってたの? どうして血の匂いがするの?」
なんで、どうして。……疑問を叩きつけるだけでエディスさんはどんどんと青い顔をしていく。
最後の疑問、下手したら……もう元の関係には戻れなくなる疑問。
「どうして、口の中に──人の指があるの?」
エディスさんは私の声を聞いたあと、反射的に口を閉じ……その指を噛み砕いた。ぶちゅりと、音が響いた。
「……わかった。全部話す。……だけど、先に風呂に入らせてくれ」
エディスさんがお風呂から上がって約五分。そわそわしながらも、なんとか我慢して時間を潰した。
……急いだところで速く聞けたりするわけじゃない。もっと落ち着くべきだってのは、わかってる。
「すまん、待たせた」
「いえ、エディスさんも……心の準備とかあるでしょうし、いいんです」
「できるなら言いたくないがな。……わかってる、言うからそう睨むな」
少しそっぽ向いてしまう。エディスさんは最近見せなかった笑顔を見せるけれど、急な変化にこっちは戸惑ってばかりだ。
エディスさんが溜め息を吐いた。
「簡単な話だ、人間を食べなさすぎて本能的に飢えていただけだ」
「じゃあ、やっぱり食べてきたんですか? ……その、人間を」
「………………ああ」
俯いたまま、違ってほしいと願って質問をした。その答えは、数秒に思える沈黙のあと、返ってきた。
エディスさんの顔を見ることができない。どんな顔をしてるのか、なぜか見たくなかった。
「人間の使われかたで一番多いのが食事だ。そのままの意味で、人間を食べる。……これは本能的に人間を食いたくなるようになっている。
ただ、これにも抜け道がある。無闇矢鱈と人間を食ってたら、人間がいなくなっちまう。それに人間に討伐されて絶滅しちまう。
そこで俺らは、普通の、人間と同じようなものを食べるんだ。それはパンとか麦とか、動物の肉とかな。そうすることで、人間を食いたいって衝動をまぎらわす」
この家に来て最初に教えてもらった狼男の性質。
エディスさんは同じ台詞を繰り返し、覚え間違いがないように教えてくれた。
そして、そこで言葉を止めず続けた。
「利矢、よく聞け。この世界にも人間の国や村はたくさんある。そこへ逃げろ」
聞きたくない言葉を続けた。
「いや、です……」
ここに来て最初は逃げること、生き延びることばかりを考えていた。
でもエディスさんは優しくて、一緒に暮らしてると本当にお兄ちゃんのようで……!
「俺はいつか利矢を食うかもしれない」
エディスさんはそんなことしない。だって辛そうにしながらも我慢し続けていたのを知ってるから。
「自由に外も歩かせてやれない」
エディスさんと一緒に綺麗な景色を見に行ったりもした。エディスさんが守ってくれれば外にだって出られる。
「……ここにいる限り、お前は彼氏もできないんだぞ」
そんなこと貴方に決められたくはない。それに、エディスさんとなら──。
「私は、ここに……いたいです……!」
涙が溢れてくる。
一緒に暮らしてる楽しい日々を終わらせたくない。
まだ一緒にいたい……。
エディスさんと、一緒にいたいよぅ……。
「……わかった。でも、逃げたくなったらいつでも言え。近くの村までなら送っていってやれるから」
そんなことはけして起きないよ。そう心で思いながら頷く。
エディスさんはまた困ったように笑って、私の頭を撫でてくれた。