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残酷な世界。

 この世界には、人間がいれば俺ら狼男なんかの派生系もいる。世界はさまざまな種族に、住み着かれた。


 魔物と呼ばれ、恐れられる生き物はほぼ存在しない。いるにはいるが、全て友好的だ。いわばペットにされた犬だな。

 とても平和な世界で、みんながみんな平和ボケしている。

 残酷な世界と言ったのは、平和だったからこそ、その残酷さが浮き出てしまったんだろう。


 そもそも最初、この世界ができたばかりの時は「人間」以外は存在しなかった、らしい。いや、確かに動物や魔物なんかもいたんだ。だが狼男もエルフもドワーフも、いなかった。


 動物や魔物が進化して、エルフ、ドワーフ、タビットなんかの種族が生まれた。

 そしてそいつらと和平交渉をし、国を発展させた人間は他種族と交わりを持った。そしてハーフエルフやナイトメアが生まれてしまった。


 そして動物と交わるバカな奴や、運悪く魔物に捕まった奴が苗床となり、狼男やゴブリン、トロルなんかが生まれた。

 様々な方法で世界には数えきれないほどの種族が生まれ、それは今でも増えている。


 全部の種族を話すには、時間がかかり過ぎるから、狼男についてだけを話す。


 狼男、とはいうが狼女もいるんだ。そして基本的に狼人間同士で交わり、その数を増やす。

 だがそうすると半々に入っていた狼の血と人間の血が、偏り始め、狼の割合が増えていく。終いには狼に逆戻りしてしまう。

 そうならないために人間が必要になる。


 人間を子を作るっていうのは、あるにはある。

 だが人間の使われかたで一番多いのが食事、だ。そのままの意味で、人間を食べんだよ。


 狼人間は本能的に人間を食いたくなるようになっている。ただこれにも抜け道はあってな。無闇矢鱈と人間を食ってたら、人間がいなくなっちまうだろ? それに人間に討伐されて絶滅しちまう。


 ……現状でも相当恨まれてる種族ではあるんだがな。


 俺らは普通の、人間と同じようなものを食べるんだ。それはパンだったり麦だったり動物の肉だったりな? そうすることでまぎらわすんだ、人間を食いたいって衝動を、な。


 そんな種族だから、人間側は狼男を絶滅させようとしている。俺たち狼男はこうして、人間の来なさそうな森の奥に、隠れるようにして暮らしている。


 繰り返しになるが、俺はお前を食べたりしない。子供を作るってのもしない。

 だから、安心してくれ。




「わかったか?」


 ふう、と息を吐いたエディスさんは苦虫を噛み潰したような顔で、私に聞いてきた。

 私はエディスさん……狼男が人間を食べる。ということを聞いて驚いた半面、納得してしまった。


 だから奴隷の女性はなんとかして逃げろ、と言ったのだし私が買われた時に抱きしめてくれたり安心したりしていた。「私が買われなくて良かった」ってね?

 そして私はエディスさんの話を聞いて、単純に疑問に思った。


「じゃあ、なんで私を買ったんですか?」


「……」


 エディスさんは押し黙った。上手い言い訳を探すように、目を泳がせ思いつかなくて私を見て、また目をそらす。


「……そ、その。あれだ。独り暮らしが、寂しくてな。まともな料理を食ってなかったから、料理できる奴を探してて、な。人間のほうが安く買えて手先が器用だ、あと怪しまれない」


 言い切ったあとに「そ、そうだ。そういうことだったんだ!」といわんばかりに頷いている。

 ……嘘が下手だなぁ。


 なんで私を買ったのか、わからない。わからないけど一目惚れした、とかそういうので恥ずかしくて言えないとすると、食べられるってことは無いんじゃないかな?


 いや、でも本当にお腹減ってて人間が食べたいから買ったとかもあるかもしれないけど。

 いや、それなら狼男の性質を話さずに首輪を引っ張って捕まえればいいのか。……優しいから食べるのを躊躇っている?

 うむむ、わからない。


「……わかりました。じゃあ私からですが、まずは買い物に行きたいです。あまりにも材料が無いので」


 スーパー的なものはどこですか? と聞こうとしたところでエディスさんが手で遮った。


「買い物は俺が行くから欲しいものをメモしてくれ。……言ったとおり狼男ってのは人間を食う、そしてここは狼男の集落なんだ。お前一人で外に出たらぱっくんちょだ」


 エディスさんの左手の人差し指が、右手にむしゃりと食べられてしまった。

 あれ? つまり私詰んでない? お外出れないの? 自由は無いの?


「……すまん」


 俺なんかが買って、と呟いたエディスさん。


「エディスさんが買ってくれなかったら私は他の狼男に食べられてたかもしれません。…………このくらい、平気です」


 前向きに、前向きに。

 とりあえず料理の材料をメモしよう。自分の部屋も見ておきたいし、お風呂の用意もある。奴隷というよりは主婦か家政婦さんみたいな感じかな、頑張ろう!




 今日はエディスさんが好物だというオムライスにしようということになり、材料のメモを渡してから失敗に気づいた。


 私、メモを日本語で書いちゃった……。


 いや、メモするときエディスの前で読み上げていたから、それを頼りに買ってきてくれると信じて待つことにしよう。やることはたくさんあるからね。

 流しに溜まっていた食器を洗ってしまう。ついでに洗濯もしたいかな……。


 ……そういえば、蛇口だ。

 電気もあるし、ここには、この世界には地球にいろんな種族が増えただけ。そう思っていたほうが気分的に楽そうだね。


 そうだ、部屋の配置を覚えるためにも、それぞれの部屋の掃除をしちゃおう。そしてエディスさんの部屋に入って、ベッドの下とかタンスの奥を確認しておこうかな。


 私はまだ身の危険を感じているのです。だからこれは一種の正当防衛? うん、無実、無罪。

 きっと油断させてから私をペロリと頂く予定なんだ、そうはいくものか。


 自分の部屋には、まだ家具がないため片付ける場所がほとんどない。壁とか床とかを掃除しようとすると時間がかかりすぎるので、後回しにして床の掃き掃除をするだけかな。

 いざ! エディスさんの部屋に潜入!!


「誰も、いませんねー……?」


 いませんねー。あたり前だけど。


 むしろこれで、部屋に人が縛られていたら狼男の村からの逃亡を決行しないといけなくなっていた。

 そろりそろりと忍び足で、部屋の中に入る。そして、ざっと部屋を見回す。


 机の上は小物が散らばってる。ベッドなんて布団がぐちゃぐちゃのまま。タンスは開けっぱなし。あ、服も脱ぎ捨てられたまま……。


 あとでしっかりと片付けておこう。でも、今は。


 ……ベッドの下からは、謎の本が三冊、発掘された。


 うわー、偶然みつけちゃったけど、なんの本かわかんないなー。これは気になるから確認しないとー。

 ……言い訳終わり。



 一冊目、ぺらり。


 狼男の女版ってこんな感じなんだ……というか狼女さんか。体は毛むくじゃらだけど、恥部は見えてしまっている……。


 こ、こ、こ、これくらい、なら、いいんじゃないですかね? 震え声。


 でも、大部分は人間と変わらないんだね。狼と人間のハーフ、みたいなことを言ってたし。人間に犬耳、犬の尻尾、全身毛むくじゃら……それが狼人間、かな。



 二冊目、ぺらりん。


 エルフ、ドワーフの姉妹、かな? いや、違う種族のだからお友達、かな?


 ワンピースの裾をたくしあげた、耳の長い長髪美人のエルフさん。その隣にちびっこくて可愛らしいドワーフちゃん。こちらも同じく、自分のスカートの裾をたくしあげている。


 ああ、お兄ちゃんもこういうの持ってたなぁ。それも確か、お気に入りのやつだった気がする。

 ……男の子って、みんな同じなんだなあ。下着なんて見ても何が嬉しいのかわかんないし。それに次のページでは差分みたいな感じで、パンツを履いてない状態でたくしあげてるし……。



 三冊目、ってあれ? これなんか見覚えがあるような……──「ただいまー」──おっと、証拠隠滅。


 ベッドの下に同じ重ねかたになるように、気をつけて隠す。そのあと、机の上を適当に、それでも綺麗に見えるようにささっと片付けてしまう。

 小走り気味にエディスさんの元へ。


「ああ、ただいま利矢。コカトリスの卵は六個入り、大きさ以外は地球のものと違わない、だから気にせずに使ってくれ」


 袋を渡されて、中身を確認して、頼んだものが全部あることに驚く。


「あのメモ、読めたんですか?」


 それに地球の卵を知ってる……?


「あ、ああ。言ってなかったな、少し前にお前みたいに地球から来た奴と暮らしててな……」


 そっぽを向かれてしまった。それに声が少し震えてる……?

 あ、もしかして泣いてる? きっと大切な人だったんだろうね。だから私を、その人の面影に重ねて買ってしまった……。なるほど、繋がった。


 気分は探偵。


「ありがとうございます、エディスさん」


 話してくれて。


「……おう、どういたしまして」


 エディスさんは部屋へと戻っていく。その背中を見送ってから、食材を冷蔵庫にしまってしまう。

 さっそくだけど、料理の下準備に取りかかる。


 十分くらいしてから、エディスさんが慌てた様子で部屋から出てきた。部屋に入ったことに気づいたのかな?


「俺の部屋を片付けたのか!?」


 少し食い気味なので、その。ちょっとだけ、怖い。

 大丈夫。証拠は残してない。ポーカーフェイス!


「は、はい。机の上だけですが……」


「……他には何も見てない、よな?」


「見てませんが……なんですか? えっちな本でもあるんですかぁ?」


 少し悪戯しすぎかね?

 でもエディスさんは少しほっとした様子、既に本は確認済みなんですけどね。


「ああ、ベッドの下にえっろいのがな? 子供は見ちゃダメだぞ」


 はははっ。と笑いながら私の頭を撫でたエディスさん。少しバカにしすぎだと思うけど、私は一応奴隷の身、下手に出ておこう。さっき見つけた砥石で包丁もしっかり研いでおいたから安心だし。

 それにしても……あの本、どこで見たんだっけ?




「ああ、美味いよ」


 エディスさんが私の手料理をパクパクと食べている。

 私は長期休暇の間、不甲斐ない料理もできないお兄ちゃんのために、ほぼ毎日料理を作っていた時があった。


 まさかこんなところで役に立つとは思わなかった……。やっぱり家事全般をひととおりやっておくと、何かと役に立っていいね。

 ……お兄ちゃんってば、お昼ご飯に、塩おにぎり、塩コショウおにぎり、ほんだしおにぎりしか食べないんだもん。信じられない。


「私の味付けって薄味らしいですけど、大丈夫でしょうか」


「ああ、俺もこんくらいの味付けが好きだよ」


 おかわり、と皿を出してきたので苦笑しつつご飯をよそう。……なんか、悪くないかなぁ。


「……ああ、そうだ。お前は、ここにいる間だけでも、アルスと名乗っておけ」


「なんで、ですか?」


「一番は俺の所有物ってはっきりさせるため、だな。そうしておいたほうが他の狼男どもは、無闇にお前を食べたりはしなくなるだろうよ」


 エディスとアルス。どういう意味なんだろう?


「私は、アルス……エディス様の奴隷です」


「ッ──」


 エディスさんが噎せてしまった。私は慌てて水を渡すと一息に飲み干してぜえぜえと荒い息を吐いている。

 少し口調を変えて、からかっただけなのに。


「……そんなに興奮したんですか? エディス様?」


「お、おまえ……そういうキャラだったのか……?」


「いえ、からかってるだけです」


 はぁ、と息を吐くエディスさんを見て私は笑いがこみ上げてきた。面白い人。これからもこの口調にしましょうか、ご主人様? なんて。

 くすくすと笑っているとエディスさんが頭を撫でてくる。


「お前なぁ、あんまりからかうもんじゃないぞ」


「もう。わかってるよーお兄ちゃん」


 あっ。


「す、すいません! ……その、間違えちゃいました」


 エディスさんは私を笑うことなく、真剣なその表情のまま、優しく聞いてくる。


「兄がいたんだったか?」


「……はい。とても仲が良かったんです。私がいないとマトモなご飯も食べれないような、ダメダメなお兄ちゃんでしたけど」


「羨ましいな。俺はここで、ずっと一人だったから」


 お前が来るまではな、と続けたエディスさん。やっぱり私を誰かと重ねているんだろうか。


「お兄ちゃんはすっごくすっごく優しくて。最後まで私を守ってくれた。……でもそのお兄ちゃんは地球にいて、もう会えないんです」


 エディスさんの昔話をすると重くなりそうだったから、お兄ちゃんの話をしようとしたのに、重くなっちゃった。

 私はえへへ、と笑ってごまかす。


「お皿、片付けちゃいますね」


「ああ……ありがとう」



 私は、エディスさんを兄と重ねた。

 エディスさんは、私を誰かと重ねている。


 変な関係だと思うよ? それでもお互いがお互いに必要としている……。こういうのを利害の一致というんだろうね。

 ただ……このまま続けていいのか。なんて、私にはわからない。


 私がもし、エディスさんの想い人になろうとしても。

 エディスさんをこのまま、お兄ちゃんと考え続けても。


 絶対に齟齬は生まれる。


 けして埋まらないし、埋めてはいけない溝は生じてしまう。

 そのほんの少しの、片方の想いしか通じないその戯れは。少しずつ、でも確実に、私たちの心を蝕んでいく。


 私はエディスさんの想い人を知らない。名前も、性格も、顔も、声も。なにも、なにも知らない。


 それはエディスさんもそうだ。

 彼はお兄ちゃんのことをなに一つとして理解していない。ただ私が聞かせた範囲しか知らない。


 ……それにエディスさんにはきちんと、私を見てほしい。なんて思っている自分がいることに気づいた。その気持ちは、自分でもわからないけれど。


 こういうのは出だしが肝心だよね。

 最初にお兄ちゃんだと、そう思ってしまうとその設定が抜けきらなくなる。


「……エディス、さん」


 私は台所、彼は居間。

 顔が見えないから、恥ずかしくも怖くもない。


「なんだ? 皿でも割ったか?」


「二人っきりの時は、利矢って呼んでください!」


「お、おう。おう? ……アルスって名前、気に入らなかったか?」


 彼の声に心配の色が混じった。私は見えていないとわかっていながらも、首を振る。


「違うんです。……地球にいた頃の自分を、見失ってしまいそうで」


 アルスという人──多分女の人なんでしょうけど──彼女のふりは私にはできません。

 そう思いを込めて、言い放つ。ちらりと居間を覗くと、何かを悩むようにしているエディスさんがいた。伝わったかはわからないけど。


 でも……自分の中での整理はついた、つもり。


「わかった、利矢。今日からお前は橋本・A・利矢と名乗れ」


「橋本・A・利矢……ミドルネーム、ですか?」


「そうだ」


 カッコいいだろ? とニヤリと笑うと私と目を合わせてきた。しっかりと私の視線に気づいていたんだね。


 私は恥ずかしくなり台所へと引っ込む……顔、赤くなってたりしないよね? ぺたぺたと頬に触れると、確かに少し熱を持っていた。だって。

 でも、恥ずかしい。



 日本人にミドルネームは合わないよ……。




「利矢、お風呂入ってこいよ」


「お風呂あるんですか?」


 少し意外……異世界転生って基本的に主人公がお風呂を作り出すか、貴族しか入れないイメージだったけど。この世界だと違うのかな?


「あー……前に暮らしてた異世界人の奴の要望でな、作ったんだ。それ以来使ってる。……来てみろ」


 言われたとおりに、エディスさんのあとを追って、ついていく。


「わぁ……」


 そこには大きめの、私が横に寝そべりながらでも入れるサイズの、桶があった。

 深さもそこそこあるようで、腰掛けても肩まで浸かれるかもしれない。


 すでにお湯が張ってあった。お湯はどうしたんですか? と聞こうとしたら、壁から便利な蛇口さんが生えていた。……下水とか、あるのかな。


「どうだ、広いだろ?」


 入り口の扉が曇りガラスじゃないのが不安、でもこの窓ならサウナの小窓みたいだし、大丈夫かな……?


「すごいですね……入ってもいいですか?」


 そうだろうそうだろう、と頷くエディスさん。

 じっと見つめても笑顔でそこに立っているエディスさん。


「服、脱ぎたいので戻ってくれませんか……?」


「あ、ああ…… 悪い……」


 頭の後ろをぽりぽりと掻きながら、エディスさんは居間へと戻っていく。……テレビもないのに何するんだろう?


 ま、まあ、気にしないでおこうかな。それよりもお風呂だ!


 今日は草原を──数歩だけど──歩いたり、洗ってるのかもわからない奴隷商の馬車に──十分ほどだったけど──乗ったりしたので、すごくお風呂に入りたい気分だったの!




 エディスさんが覗いてないか、よーく確認して、隠しカメラが仕掛けてないかなんかも、しーっかり確認した。

 そうしてから服を脱いで、一糸纏わぬ姿に。


 体を流し、撫でるように洗って清めてから、自宅の浴槽より広い桶に浸かる。

 底は木の木目が足にひたりと当たり、ヌルヌルすることや滑ることはなかった。きっと綺麗に掃除されて、大切にされているんだろう。


「……このくらい大きいと、エディスさんと一緒に入れるんだろうなぁ」


 自分で口にしておきながら、顔が熱くなった。

 パシャパシャとお湯を顔に当てながら、私の裸は安くないんだぞ! と心の中のエディスさんに威嚇した。


 ……ふう、それにしても銭湯並みに大きい湯船なんて久しぶりだ。ゆったりできる、熱すぎず冷たすぎない温度、半身浴とかに向いてるんじゃないかな。

 エディスさんが私のあとに入ることを考えて、あまり長風呂はしないようにしよう。


 でも、あと少しだけ……




「……りや。おい、利矢」


「ん……お兄ちゃん……?」


「目、覚めたか?」


「あ、エディスさん……」


 ん、冷たくて気持ちいい……。


 おでこに濡れたタオルが乗っているらしい。エディスさんが一度取って濡らしたあと、また乗せてくれた。

 私を団扇? で扇いでくれているエディスさん。さわさわとタオルの隙間を通り抜ける風が、最高に心地よい……また眠くなってきた……。


「……ん?」


 タオル?


「ストップだ利矢。今立つと『ポロリ』する」


「きゃあああああ!?」


 私はタオルごと自分の体を抱きしめた。バスタオルを素肌の上にかけていてくれていたので、胸や股なんかは隠されてたけど、横にかかっていたので相当ギリギリだった!!

 それに太ももや肩、それに今起き上がったので背中も股も丸見えって──いやあああ!?


「お、落ち着け!! 大丈夫だ、お前なんかの体じゃ興奮しないから!!」


「ばかぁああああ!?」


 濡れたタオル、枕、クッションと。次々に手に取ったものを投げつける。なんで柔らかいものしかないんですか!? コップ……はガラスだからダメ! 机は持ち上げられません! ああもう、投げるものが無い!


「それにここまで運ぶときに全部見えたから今さら隠す必要もない!」


 殴ってやろうか、この変態狼。

 私の裸は安くないんだぞって思ったとたんこれとか!


「えっち! 変態! ばかー!!」


 もうコップでいいや、なんでもいいからこの狼男に鉄槌を下さないと。


「待てコップはダメだろ!? おいぃぃぃぃ!!」


 スコーンと、いい音をたててコップが眉間に当たる。

 変態狼ことエディスさんが後ろに倒れる形で、衝撃を殺していたため、コップは割れずにエディスさんのお腹の上に留まる。


「……いてて。やけに風呂が長いから呼びに行ったんだぞ? そしたら半分沈んでたから引き上げてやった。俺は感謝されるはずなんだが」


「う、それは……ありがとうございます……」


 確かにお風呂でリラックスしてたところまでしか記憶がない。寝落ちして沈んじゃうことは地球でもよくあった。その時は毎回お母さんが引き上げてくれてたから……。

 ううぅ……裸を見られたのは恥ずかしいし殺したいくらいだけど、助けてくれたことにはお礼を言わないとね。


「ああ。俺は風呂行ってくるから服着ておけよ? それと、裸見て悪かった」


 エディスさんがお風呂に入ったことを確認して、私の体をいろいろと調べる。

 まずエディスさんに変なことをされていないか。さすがにどこを触られた、とかはわからないけど唾液とかのナニかがついていたりすれば、今日研いだ利矢包丁が唸りますよ……ッ!?


 っと、何も無さそう。

 女の裸を前にしても手を出さない、チキン童貞野郎のおかげで私の貞操は守られた。ありがとうチキン。ありがとう、いい人で。


 この様子だとアルスさんにも手は出してなかったのかな? 魔法使いでも目指してるんだろうね、きっと。

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