9.フラグ回収しました。
「…………え、ここ?」
「そう。ここだ」
広場での朝食後、行くぞと先に立って歩き出したリヒトの後をついていくと、彼はまたしても裏路地に入り込んでずんずんと進み、人気のない平屋の店の前で立ち止まった。
看板などは何も出ておらず、入り口の扉に金色の文字で【術師ギルド】という文字が掲げられてある。
(術師、ギルド?……ゲームには出てなかったけど……えっと確か、研究者とかそういった人たちの集まる場所、だっけ?)
本で読んだことがある。
ギルドといえば冒険者ギルドがその代表格だが、他にも商業ギルドや職人ギルドなどが有名であり、更にマイナーなものになるとメイドや執事のための使用人ギルドだったり、医師や治療師の医療ギルドなんかもあるようだ。
その中でも術師ギルドというのは薬師や錬金術師などといった研究者が所属するところで、魔法師もいるにはいるがその殆どが国に仕えている所為か、数は少ないのだとか。
「冒険者ギルドだけがギルドじゃない。だろ?」
「あ、うん」
「じゃ、入るぞ」
リヒトが扉を引くと、カランと扉の上の鐘が来訪者を告げて鳴る。
彼に続いて恐る恐る中をのぞくと、薬品独特のツンと鼻を突くにおいがシエルの鼻をくすぐった。
「おや、随分と小さなお客さんだ。いらっしゃい。何の御用かな?」
カウンターにいたのは、シエルと同じ白金髪をゆったりと背の半ばほどで結び、新緑色の双眸を興味深そうに瞬く美貌の青年。
色合いも雰囲気も耳長族と呼ばれる森の住人にそっくりだが、彼の耳は人のそれと変わらない。
シエルが呆気に取られている間に、リヒトはカウンターからある程度の距離をとったまま「俺達をここに置いてもらえませんか」と早速交渉ごとを切り出した。
青年の目が、おや、というように見開かれる。
「そうだねぇ……若年者救済システムは確かにこのギルドにもあるし、何人か前例もあるんだけど……はいそうですかと、誰でもすぐに受け入れてあげられるわけじゃない。それはわかるね?」
「はい」
「それなら問おう。どうしてこのギルドを選んだ?他に手ごろなギルドや施設はいくらでもあっただろう?」
「それは……」
「ふん。そんなの決まってるよ。このギルドなら認知度も低いし人だって少ない、だからちょっと頼めばすぐに受け入れてもらえそうだと考えたんだろ」
リヒトが事情を説明するより早く、奥の入り口から姿を見せた小柄な少年が嘲るような口調で口を挟んできた。
砂色の髪にグレーの瞳、外にあまり出ないのか顔色は青白く体つきも華奢で、そのくせリヒトとシエルを睨む眼光だけは妙に鋭い。
彼は腕を組み、招かれざる来訪者を精一杯威嚇しながら、決してこの奥には通すものかと扉の前に立ち塞がっている。
「こら、ファビアン!失礼なことを言うもんじゃない」
「失礼?それはこいつらの方だろ、エル。どっからどう見てもこいつらは孤児だ。孤児が生きてくにはギルドに保護されるのが一番楽で手っ取り早い、だからうちに来たんじゃないか。冒険者ギルドは荒っぽい、商業ギルドは百戦錬磨の大人ばかり、職人ギルドは偏屈者の集まりだ、その点うちなら御しやすいとでも考えたに決まってる」
「例えそうだとしても、公正な目で受け入れを審査するのが僕の役目だ。まだ見習いの君が口を挟むことじゃない」
見習い、と言われてファビアンと呼ばれた少年の顔が悔しそうに歪んだ。
(随分とプライドの高そうな子……貴族の子息か何かかな?)
孤児だからと見下す発言をしていることから、彼は相応の生まれなのだと推察できる。
が、だからといって馬鹿にしていいわけがない。
孤児院を逃げ出してきたのは自分達の意思だが、好きで孤児になった子供など誰一人としていないのだから。
ムッとした感情が表情に出ていたのだろう、ファビアンはふとシエル一人に視線を合わせると、もう一度嘲るように「ふん」と鼻を鳴らした。
「手っ取り早く稼ぎたいなら、ギルドに入るよりその手の店に奉公に出た方がいいんじゃないか?そっちの子ならいい値段で売れるだろうし、さ。確か今は、男の需要もあるんだろ?そういう趣味の貴族なんて大勢居る、いい客がつけば一生楽して暮らせるだけの金をためることだってできるはずだ」
「ファビアン!なんてはしたないことを、君はっ」
「はしたない?なにいい子ちゃんぶってんのさ、エル。そういう店だって立派な客商売だろ?客を喜ばせて金をもらうんだから、別にいいじゃないか。オレはただ、こんな辺鄙なとこに来るより適性を生かした方がいいぜって教えてあげただけだ」
要するに彼は、シエルに娼館に行けと言っているらしい。
イラッときた。
娼婦という商売を馬鹿にするつもりはないし、ある意味どの時代も必要不可欠な職業だとも思う。
だからといってシエルはその職につく気はなく、初めて訪れた先でしかも正規職員でもなんでもない見習いの少年にそこまで侮辱される謂われもない。
グッと握った拳を、リヒトの手がやめろと言う様に軽く叩く。
(そうだ、ここでキレたらこいつの思うツボだわ。……冷静に、冷静に。セクハラの仕返しは後からでもできるんだから)
仕返しをしない、という選択肢はない。
ただそれが先になるか後になるかという違いだけだ。
「先ほどのご質問にお答えします」
シエルは口を開いた。
真っ直ぐ、エルと呼ばれた美貌の青年のみを見据えて。
「商業ギルドや職人ギルドなどは最初から選択肢にありませんでした。なぜなら、そういった職業の道に進む気がないからです。冒険者ギルドも考えましたが、確かに荒っぽい人が多く私達のような孤児は虐待されるだろうと予想できましたので、これも却下しました。消去法で残ったからというのは否定しませんが、自分の持つ魔力がどれだけのものなのか知りたい、できることならそれを役立てたいと考えたのも事実です」
「それなら、神殿に行くなり魔法師になるなり道は他にもあるのでは?」
「神殿に行くには寄付金がかかります。魔法師になるにも伝手がいります。それに」
「……まだ何か事情が?」
「はい。理由あって、国の上の方の人達とは知り合いになりたくないんです」
「…………はぁ?」
ぽかんと口を開いてしばし固まった青年は、次いではじかれたように笑い出した。
「あははははははっ。ファビアンも相当だけど、君もかなりの自信家だね!神官になるにせよ魔法師になるにせよ、国の上の人達と簡単に知り合えるなんて普通考えないよ。多くの人が光栄だと思うものを最初からいらないと切り捨てるなんて、おもしろいね。その事情っていうのを聞いてみたい気もするけど……」
「それは無理です。極秘事項ですから」
「ははっ、あぁ、うん。無理に聞き出すことはしないよ。それで、そっちの君も同意見かな?」
問われたリヒトは、素直に「はい」とだけ答える。
そうか、と一言呟いて青年はじっと黙り込んだ。
気まずい沈黙が、部屋に満ちる。
ファビアン少年も今ばかりは口を挟もうとせず、グッと押し黙って二人を睨みつけたままだ。
張り詰めた空気を解くような穏やかな声が聞こえたのは、いい加減沈黙に耐え切れなくなったファビアンが口を開きかけた、その時。
「…………うん、わかった。それじゃこうしよう。これから君達の持つ素養を判定する、その結果が芳しくなければ他を当たってもらうってことで。どうかな?」
「わかりました」
「異存ありません」
「よし。それじゃ準備するからこっちへ来て座って」
青年はカウンターの隅にある椅子を指し示してから、棚の中をごそごそと探って何かを取り出しては他の棚も漁りはじめる。
そうして見つけ出した道具を二人の前に並べていき、全部揃ったところで「始めようか」と微笑んだ。
「素養判定っていうのは、要するに対象の魔力がどれだけあるか、どんなスキルを持ってるのか、何に適性があるのか、そういったことを道具を使って判定していく検査のことだ。基本的に他のギルドでもやることは一緒だと思うけど、うちはちょっと特殊でね。まず魔力が一定基準以上ないと即刻失格となる。そんなわけで、はいこれ。この水晶の上に手をかざしてくれるかい?」
どちらからでもいいよと言われ、視線でどうする?と問いかけたシエルにリヒトは先に行けよと頷いてみせた。
ゲームのシエルは膨大な魔力を秘めていたが、転生者の魂が宿った彼女がどれだけのキャパシティを持っているのか、まず測ってみないことにはわからないと判断したからだ。
そしてもし、シエルに一定以上の魔力がなかった場合……その時はリヒトの判定を待つことなくここを出よう、彼はそう心に決めている。
とはいえ、これまで何度か実際に魔法を使ったことがあるという彼女なら、基準値よりも下ということもないだろうとは思うのだが。
『これ』と示されたのは、シエルの前世の記憶に当てはめると秤のような魔道具だ。
どっしりとした台形の台座には扇状にメモリが刻まれ、数値を示す針は今は左端で止まっている。
秤と違うのは、受け皿のようになっている部分に直径20cmほどの水晶玉が埋め込まれているところであり、どうやらその水晶に手をかざすことで魔力値を測れる仕組みになっているらしい。
少し不安はあったものの、まぁいいかとシエルはその水晶の上に左手をかざした。
と、
「うわっ」
「えっ?」
カシンッ、と瞬時に右の方へ振り切れてしまった針は、その勢いのままカウンターの上に外れて落ちた。
「…………」
「…………あー……ごめんごめん。この測定器、初心者用だからさ。なんていうか、その、少しだけキャパシティが足りなかったみたいだ。ちょっと待ってて」
どれだったかなー、とぶつぶつ独り言を言いながらまた棚を漁る青年。
心なしか先ほどまでより空気が重いのは、黙ったままのファビアンがとんでもない険悪な目つきでシエルを睨みつけているからだろうか。
(なんでそこまで睨むのよ……私だって好きで測定器壊したわけじゃないのに)
その視線は、射殺さんばかりだ。
今後の生活がかかった状況でなければ、今すぐ押さえ込んで目隠ししてやりたいほどである。
そんなどうしようもなく重い沈黙を破ったのは、「ああ、あったあった」とのんびりカウンターに戻ってきた青年の声だった。
彼の手には、くるくると巻物状にされた羊皮紙が握られている。
「これは元々属性を調べるためのものなんだけど……ちょうどいいから一緒にやってしまおう。君の魔力が基準値を超えているのはこっちの魔法具が証明してる。さ、この一番端に人差し指を置いて。君の魔力がどの属性にどれだけ適性があるのか、色分けされて現れるから」
「え、と……」
「大丈夫、こいつのキャパシティはかなりのものだから。今王宮に仕えてる最高位の魔法師でさえ、半分くらいまでしか到達しなかったからね」
(あ、それフラグ)
ちらりとリヒトに視線をやると、彼もそれに気付いたのかゆるりと軽く頭を振る。
仕方ないからやれ、と無言で促されたシエルはこの後起こるだろうことを予測して小さくため息をつきつつ、そっと軽く人差し指を羊皮紙の上に乗せた。
途端、金、赤、紫、銀、と実にきらびやかな色の帯が棒グラフのように横にぐんぐんと伸びていく。
青年が慌てて巻いたままだった部分を最後まで広げると、光のグラフは最終地点のほんの少し手前で止まっていた。
あーあ、とシエルとリヒトはもう一度視線を見交わしあって、見事フラグを回収してしまったことにため息をつく。
(やっちゃったなぁ。避けようがないことだとはいえ……どうしよ、これから)