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7.仲間ができました。

「こんなとこで待ち伏せてるなんてどういうこと?まるで私が逃げ出すのがわかってたみたいな言い方だけど」

「話は歩きながらにしようぜ。とにかく靴履けよ。ほら」

「あ、うん。ありがと」


 子供用のサンダルを差し出され、素直に受け取って履く。

 行くぞと促され、シエルは彼女の腕を掴んだまま早足で歩くリヒトに遅れないように、小走りになりながら歩き出した。



「で、なんでわかったかって話だったか?」

「うん」

「うちの孤児院に、今日豚貴族が来たんだよ。シアを引き取りたいから、ってな」

「あー……そっち行っちゃったんだ」


 ゲーム内でも、綺麗なものを見ると手元に置きたくなる性格に描かれていたが、確かにシアなら彼の好み通りの儚げ美少女になりそうだ。

 あの合同炊き出しまではシエルに目を付けていたようだが、『目玉商品』として給仕役になっていたシアに目移りしたということか。

 それとも。


「もしかして、なんか言ってた?自分より高位の貴族に横入りされた、とか」

「ドンピシャ、そのまま言ってた。けどわりと喜んでたぞ?とある子爵に横入りされたが、お蔭で掘り出し物が見つかった、とかなんとか」

「掘り出し物?シアのこと、だよね?」

「あぁ。あいつ、見た目は従順そうなのに結構我儘気質だろ?そういうのを躾けるのが楽しみなんだと。イイ趣味してるよな」

「……まぁねぇ……」


 ゲーム上のシエルはとことん卑屈で悲劇のヒロイン気質、その容姿を買われて豚貴族に引き取られたものの、さして反抗もせずに泣き寝入りするためわりと早期に飽きられてしまったはずだ。

 最初から好みの外見と躾け甲斐のある性格をした子供がいたなら、そちらをと望むのは当たり前だろう。

 それなら確かに、バルト子爵の横入りはむしろ好都合だったと言える。



「横入りされたってことは、多分そっちにも貴族の迎えが行ってるだろうと思ってな。あんたの性格なら多分、面倒だからって逃げるだろうと俺は考えた」

「それは合ってるけど……何もリヒトまで逃げなくったって」


 もしここにいるリヒトが()()()()()なら、いずれ隣国と繋ぎを取って王家に復讐しようと動き出すはずだ。

 それまでは目立たずひっそりと暮らしていた方が暗躍しやすいはずなのに、なぜか彼はこのタイミングで自分も孤児院を飛び出すことを選んでいる。


(えっ、もしかして私があげたあの絵姿見て憎しみが募って!?でもでも、今の時点で私を誘拐したりするメリットがないでしょ)


 リヒトがシエルに目を付けるのは、彼女が規格外なほどの魔力を有しているから。

 魔法師ルートに限って言えば、それに付け加えて彼の復讐対象に近い位置にいるからだ。

 今のシエルはただの孤児……彼にとっての利用価値があるとは思えないのだが。


 逃がさない、とばかりに掴まれたままの腕。

 痛くないように加減はしてくれているのだろうが、彼女が抵抗しようとすればきっと本気を出して捕えられてしまうはずだ。


(どうしよう、このままついてっていいのかな……?)


 不安が募って足を止めてしまったシエルを、訝しそうにリヒトの金の瞳が振り向く。


「どうした?」

「あの、ね。私、解毒の魔法が使えるの。だから薬も効き難いし、洗脳とかもされないからねっ!」

「いやいやいや、あんたの中で俺どんだけ人でなし!?」

「だって、なんで一緒に来いなんて言えるの?この前会ったばっかりじゃない」

「あー…………うん、わかった。ちゃんと説明しなきゃいつまでもその誤解を引っ張られそうだからな。だから足は止めるな。いつ孤児院から追っ手がかけられるかわかんねぇんだぞ」




「俺が孤児院を出ようと思ったのは、シアのことがあったからだ」


 と、リヒトは多少歩くスピードを落としてシエルがちゃんとついて来られるようにしてから、彼の事情とやらを話し始めた。


 シアという少女が彼のいる孤児院にやってきたのは、意外にもつい最近のことだという。

 殆ど男の子ばかりの院内で、彼女はその中のリーダー格だったリヒトに目をつけ、後をついて回り始めた。

 リヒトは面倒を見てやる気など全くなかったが、彼女の依存に気がついた職員が彼にお目付け役を命じたため、仕方なく構ってやっていたのだそうだ。


「最近じゃ、他のヤツと話してるだけで嫌がって引き剥がそうとしてくるんだよ。だからきっと、豚貴族のとこに行くのも俺と一緒じゃなきゃいやだとか駄々こねるはずだと思ってな。面倒なことになる前に、先に出てきたってわけさ」

「そっか。確かにチラッと見ただけでもあの執着具合は異常だったもんね」

「だろ?だから、知り合いに連絡して一晩かくまってもらえるように頼んどいたんだ。で、あんたもどうせ逃げるだろうから、一緒にどうかと思って迎えに行ったってわけ」

「そう、そこ!だからなんで私なの?」

「んー…………あんたが俺と同類だと思ったから、だな」

「同類?」


 それってどういうこと?と更に問いかけようとしたシエルは、突然立ち止まったリヒトの背中に危うくぶつかりかけた。



 ここだよ、と彼は目の前にあるこじんまりとした赤い屋根の家を指差す。


「詳しい話は中に入ってからにしようぜ。そこ、動くなよ?」

「……わかった。ひとまず逃げないでおいてあげる」


 まだ警戒は解かない。

 それは彼にも通じたのか、リヒトは「へいへい」と肩を竦めて扉の前に立ち、ノッカーを握った。

 そして。


 コンココココココ、ッコンコンッ


「ブハッ!」


 あまりに聞き覚えのあるリズムに、笑いを堪えそこなってとても美幼女とは思えないような声を出してしまう。

 そしてこの瞬間、彼女は彼が言った『同類』の言葉の意味がわかってしまった。


(これ、このリズム!コレを知ってるなんて、それじゃリヒトも私と同じってこと?)


 前世の世界、日本という国で国民の誰もが一度は聞いたことがあるんじゃないかというほど、メジャーなご長寿番組のテーマソング。

 それを軽やかに叩けるということは、彼にとってもまた耳に馴染みあるメロディだったということだ。


「ねぇ、それって」

「シッ。話は中に入ってからだって言ったろ」


 静かに、と身振りで示されてシエルが口を閉ざしたところで、カチャリと扉が開かれた。

 この国ではごくごく一般的な茶色の髪をした30代くらいの女性は、「どうぞ」と二人を迎え入れてくれる。




 部屋の中は、恐らくごくごく一般的な造りになっていた。

 そこかしこに生活感はあるが、それ以上でも以下でもない。

 寝て、起きて、生活している、ただそれだけのような気がするのは、アクセサリーや小物雑貨など余計なものが置いてないからだろうか。


 テーブルの上には、湯気の立ったスープが入ったお皿がふたつ。

 ご自由にと言うように無言で一礼すると、女性はそそくさと奥の部屋に入っていってしまった。

 これはどうすればいいのか、と戸惑うシエルを他所にリヒトはさっさと椅子に座り、あんたも来いよと彼女を呼んだ。

 これは食べろということなんだろう、と彼女もゆっくり席につく。


「あいつは、……俺に大きな借りがある。だから、俺はそれを逆手に取ってあれこれやらせてるんだ。ま、好かれちゃいないだろうが、この町を出ればもう会うこともないだろうしな」


(あの人は多分、リヒトを孤児院まで捨てに行った侍女……だよね?リヒトに負い目を持ってるから、こうして言うことを聞いてくれてる)


 多少なりとも情がなければ、言うことを聞くフリをして王宮に連絡を入れた上で捕縛させてしまえばいい。

 それをしないということは、彼女なりに罪悪感を抱えているということだ。

 そしてそれを、リヒトも気付いている。

 気付いた上で、あえて脅すような態度を取って彼女を裏切り者にしないように考えているのだろう。



「さて、と。さっきの話の答え合せがまだだったな」

「いいの?あの人、もしかしたら聞いてるかもしれないよ」

「聞いてたって、意味なんかわかんねぇだろ。なにせ、【転生者(にほんじん)】同士の会話なんだからな」


 やっぱりそうだった、とシエルは少しホッとした。

 まだいくつか疑問は残るが、彼がゲームの記憶を持った転生者だというなら解決できる疑問もある。


 どうして、シエルが豚貴族と関連性があると知っていたか。

 バルト子爵という名を聞いただけで、シエルの関係者だと気付いたか。

 彼の言っていた同類という言葉、そして一緒に来いと誘った意味。


 彼は、シエルの性格がゲーム上の彼女とは全く違うことに気付き、同じ転生者じゃないかと疑った。

 もしそうなら、わざわざ苦労しに行くようなものな貴族の家フラグは折るだろうし、そのためには手っ取り早く逃げ出すに限る。

 そうしてある程度推測を固めた上で、彼は待っていた……あの丘の上で、彼女が現れるのを。


「ちょっと待って。だったらなんであの時、雑貨屋であの絵姿を睨んでたわけ?あの態度があったから、もう悪役フラグ立ってるんじゃないかって結構ヒヤヒヤしたんだから」

「あぁ、悪い悪い。ほら、日本って黒髪が多い国だろ?だから、黒髪ってだけであっさり捨てられることが、理不尽に思えてな。金髪だからって澄ましてんじゃねーぞ、ってガンつけてただけだ」

「なによ、もう……私の警戒損ってこと?」


 ゲームならいくつかの選択肢が出るだろう状況で、どうやったら悪役フラグを折れるかなんて考えながらハラハラしていたというのに、それが無駄だったというのだから脱力するやら虚しいやら。

 私の十銅貨返せ、と言いたいところだが、その代わりに今も髪を結っている飾り紐を貰ったのだから、損をしたのはむしろ欲しくもなかった絵姿を押し付けられたリヒトの方だろう。



「そういえば、リヒトって前世も男性?」

「あぁ。俗に言う引きこもり人種だったんだよ、でもって雑食ゲーマー。たまーに株動かして儲けながら、結構なんでもやってたな。とはいえ、さすがに名前のインパクトだけで買ったあのゲームの世界に転生するなんて、最悪としか言えねぇが」

「だよねぇ。私も、ヒロインだって思い出した時は絶望したもん。ゲームシステムとか声優さんとかキャラデザとかは好きだったから、なんで悪役令嬢じゃなかったんだー、って」

「そっちかよ。欲しけりゃ代わってやるぞ。悪役なんざ、ろくなもんじゃねーって」


 ヒロインもろくなもんじゃねーけど、と付け加えて彼はまた笑った。

 その笑顔は、確かに同じような顔のつくりをしているはずなのに、ゲームで常に陰鬱な表情をしていたあの辛気臭い悪役リヒトとはまるで違う。


(信用、してもいいのかな?……しないとはじまらないよね)


 リヒト側にシエルを逃がす気がない以上、このまましばらくは彼と行動を共にすることになる。

 それなら、疑ってばかりいるよりも多少なりとも信頼してみる方が気が楽だ。


「ねぇ。私、ヒロインやる気なんてないからね?好き放題やるつもりだし、もし転生してるならあのバカメンヘラ女にも復讐してやりたいし」

「バカメンヘラ?……まぁその辺の事情も聞きたいが、別に俺はなんでも構わないぜ?とにかく面白おかしく生きてたいだけだからな。ヒロインと悪役が一緒に好き放題する、ってのもなんか楽しくないか?」

「そうだねぇ。じゃあしばらくよろしく」

「おう」


 ゲームの縛りから逃れたヒロインと、悪役が手を組んだ。


(これが最強と言わずしてなんと言う!ってね。前世の分まで自由を満喫してやるんだから!)




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