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2.孤児院に入れられました。

8/30誤字修正

「可哀想だとは思うけどねぇ……うちにだって、これ以上子供を養うだけの余裕なんてないんだよ」

「そうだな。あの家ももう使えねぇから処分するしかねぇし、シエルは孤児院に入れるしかねぇだろ」

「おや、でもあの奥さんは貴族出身だって言うじゃないか。何か金目のもんとか持ってなかったのかい?それがありゃ、あんなちっちゃい子一人養うくらい、できそうなもんだが」

「それがねぇ……ドレスも宝石もなぁんにもなかったんだと。ま、その日の食事にも困ってたようだから、早々に売っぱらっちまったんだろうね。残ってたのは、あの子が抱えてる……ほら、あれくらいだ」


 葬儀などは行われず、母の遺体はそのまま木製の棺に入れられて、父の眠る墓の隣に埋められた。

 ああも派手に血が飛び散った家は処分するしかなく、あらかた壊したところで最寄の神殿から神官を呼び、浄化の炎で燃やしてもらうことになったそうだ。

 そしてシエルは…………粗末な木綿のワンピースを着て、手には母の形見である宝石箱を大事そうに抱えた状態で、ぼんやりと墓の方を見つめている。

 宝石箱、と言っても中が空であることは、何人もの村人が確認済みなのだが。



 よほどショックが大きかったんだろう、親の死に顔を見たのだから当然だ、可哀想に心の傷になってなきゃいいが。

 皆がシエルに同情を寄せる中、少女はこれからのことについて強かに考えていた。


(シナリオ通りなら、このあと隣町の孤児院に入れられて……小公女よろしく虐められるのよね。コンセプトは、健気に耐え忍ぶ儚い系のヒロインだから)


 確かにシエルの外見は母にそっくりで儚げという表現がピッタリだし、もし前世の記憶が蘇らないままの彼女であったなら、集団で虐めにあっても黙って耐え忍ぶくらいしかできなかっただろう。

 とはいえ、今は『新生シエル』であるため虐められて泣き暮らす気など毛頭なく、何かあればさめざめと泣きながら悲劇のヒロインを気取る主人公になる気もない。


 そう、彼女自身がこのゲームの主人公だと気付いた時、あれだけ絶望したのには『主人公が嫌い』という確固たる理由があった。

 とにかくこの主人公、同じ平民からは『貴族の血が入っているからってイイ気になって』と妬まれ、貴族からは『平民の卑しい血が混ざった鼻つまみ者』として嫌悪され、どこへ行っても虐められたり嫌がらせされたり気の休まる暇もないほどだ。


 それだけならまだ容認できただろうが、当の彼女がその経験をネタに知り合った男達の前で悲劇のヒロインぶるものだから、同ゲームのプレイヤー達の間でもかなり評判が低かった。

 ならやるなと言われそうだがそこはそれ、主人公以外の魅力的な登場人物にはまる者が意外と多く、攻略サイトもそれなりに賑わっていたように思う。


(いじめ、かっこわるい。……やられたらやり返してやるんだから)


 儚げなのは外見のみ、中身は平成生まれのド平凡ゲームオタクな6歳は、「シエル、ちょっとおいで!」と呼ばれるまでずっと、ありとあらゆるいじめに対抗する決意を固めていたのだった。




「すまないね、シエル。院長先生にはよく頼んでおいたから」

「……はい。おくってくれてありがとう、ございました。村長(キニアス)さん」


 一張羅のワンピースだけでは可哀想だと各家からおさがりをいくつか貰い、白金の髪は背中でひと括りに結んでいる。

 出発前に風呂にも入らせてもらったので肌は綺麗だし、餞別とばかりに食事も食べさせてもらったのでおなかもすいていない。


 そんな彼女と生まれ育った村の村長である中年の男、キニアスは隣町にある孤児院へとやってきた。

 彼らの住む領地内にある孤児院はここを含めて2つしかなく、もうひとつは村を3つ越えて行った先になってしまうため、キニアスがこの町の町長に連絡を入れた上で引き取ってもらえるか確認し、了承の返事を貰ったことでこうして歩いてやってきた、というわけだ。


(うん、見た目は思い出スチルとそう変わりないかな。ゲーム通りなら、院長先生ってひっつめ髪のちょっと厳しそうなおばさんだったはずだけど)


「まぁまぁ、わざわざ送り届けてくださるなんて!キニアス村長、ですわね?わたくし院長のマリー・アズベルと申します」

「キニアスです。この子がシエル」

「ええ、ええ、聞いていた通りの子のようですわね。彼女のことはどうぞお任せくださいな。どこに出しても恥ずかしくないように、しっかりと教え、導いていきますわ」


 誇らしげに胸を張って自信たっぷりにそう言い切るマリー院長に見咎められないように、シエルは俯いたまま「うげっ、やる気だこのオバサン」と心の中だけでそう嘆いた。



 ゲームでは、ヒロインの子供時代について多く語られることはない。

 ただシエルがことあるごとに過去を引き合いに出し、『愛されない可哀想なアテクシ』をアピールする時にちらりと語られるくらいだ。


 孤児院でのシエルはとかくいじめられる、そしてそれは何も同じ孤児にだけというわけではない。

 マリー院長の言葉にもあるように、この院のモットーは『どこに出しても恥ずかしくない教育』であるのだが、それゆえまだ奔放で遊びたい盛りの年代である孤児達は、職員による『絶対に泣いてはいけないマナー講座』であったり、『答えが合うまで部屋に帰れない、地獄のサバイバル試験』などを強制的に受けさせられることになる。


 ゲーム内でのシエルはとにかく悲劇のヒロインとしてさめざめ泣き暮らす性格であるからか、このマナー講座やサバイバル試験の際も己が身の悲劇を嘆き哀しみ、そのため扱いにくい子として職員にすら目の敵にされてしまうのだ。

 そしてそれは、院長であるマリー・アズベルも例外ではない。

 彼女は元々没落貴族の令嬢だったこともあり、半分だけ貴族の血が入ったシエルのマナー教育に特に力を入れていた。

 だが当のシエルはできないとすぐ泣いてしまう体たらくであったため、憎さ百倍で相当厳しく辛く当たっていた……という設定であるらしい。


(ファンブックに載ってた裏話通りなら、あれってもう虐待って言ってもいい扱いだったよね。普通孤児院ってそこまで厳しくないはずなんだけどなぁ……)


「さあ、シエル。今日からここが貴方の暮らす場所です。先輩達の言うことをよく聞いて、いずれ働きに出た時に困らないようにしっかり学びなさい」

「イエス、マム」

「…………なんですって?」

「わかりました、いんちょうせんせい」

「……ま、いいでしょう」


(危ない危ない。ちょっとでもふざけたらあの手の中の扇でビシッと叩かれるんだった)


 なら、叩かれないためには彼女(マリー)の望み通りのイイ子になってやればいい。

 やってやろうじゃない、とシエルは小さく……ほんの小さく口の端を上げた。




 孤児院は、基本的に年功序列である。

 年が上の者が下の者の面倒を見、下の者は上の者の振る舞いなどを見て学ぶ。

 シエルの年齢はこの時6歳、この国での成人年齢は18歳であり孤児院にいられる上限年齢もこれに準ずるため、最年長が17歳と考えるとまだまだ幼少の扱いとなる。

 とはいえ安心してもいられない、ゲーム上ではシエルが10歳の年にこの孤児院を訪れた下位貴族が彼女を気に入り、是非下働きにと金を積んで引き取るという設定が語られていた。


 ()()()としては、この貴族の家に行くことはできれば避けたいと思っている。

 なぜならここで最初の攻略対象者に出会うことになり、もしまかり間違ってうっかり好意をもたれでもしたら、魔法師ルートまっしぐらとなってしまう……それほど重要な位置づけの相手であるからだ。

 好意を持たれないように振舞うこともできるが、どのみちここへ引き取られても虐待の憂き目にあうのだから、それなら最初からフラグをぽっきん折ってしまう方が楽である。


 では、そうならないためにはどうするか?

 貴族の訪れがあるだろう4年後までに、学べるところは全て学びつくしてさっさとトンズラすればいいだけだ。



(ということで……まずは何はともあれ、いじめフラグを折らないとね)


「ちょっと。邪魔だからさっさとそこ退いてよ」

「自分で汚したんだから、ちゃんと床キレイにしなきゃダメなんだからね?」


 尤もらしくそう言って、掃除道具のある方を指で指し示して教えてくれるのは、シエルの入った大部屋のリーダーである4歳年上のサリナだ。

 他の者は迷惑そうにちらちらとシエルと汚れた床を見比べながら通り過ぎたり、席に座っている者の中にはあからさまにくすくすと笑っている者もいる。


 これが新入りに対する洗礼(いじめ)その1、『食堂でぶつかって、あらごめんなさいこぼれちゃったわね?でもよそ見してる貴方が悪いのよ』計画である。


 食堂ではセルフサービス形式をとっており、子供達はお盆を手に持ってカウンターの前に列をつく。

 そして順番にお皿を手に取っていき、揃った者から空いた席に座って食べ始める。

 何しろ時間が限られるため食堂はいつも混雑しており、皆が揃うのを待たずとも勝手に食べ始めて良い、ということになっている、のだが。


 この日シエルは皆と同じようにお盆を手に列に並び、パンとシチューを盆の上に載せたところで突然、席を立った12,3歳くらいの少女が彼女の方を向いたことで、少女の腕とシエルの肩がぶつかってしまった。


『きゃっ、痛いじゃない!』

『あ、……!』


 どうにかバランスをとったものの、痛いじゃないのと向き直ってきた少女の腕がまたしても彼女の肩を強打し、今度こそその手のお盆はまっさかさまに床へとダイブしてしまった。

 つまり、そこに載っていたパンとシチューの運命も推して知るべし、だ。


 ガッシャン、と派手な音を立てて床に落ちたお盆と皿、そしてその中身。

 何があろうとおかわり禁止を言い渡されているため、シエルの今宵の食事はこれでパアである。

 ゲームの彼女であれば、いじめられた、おなかすいた、としくしく泣きながら掃除をして部屋に戻るところなのだろう。

 だが。



 シエルはふわりと儚げな微笑を浮かべると、年長者組の一人だろうその少女が手に持っていたお盆に向かって、両手を差し出した。


「な、なによ?あんたが勝手に落としたんだから、おかわりなんてないわよ?」

「はい、わかってます」

「だったらその手は何?これはあたしのお盆よ」

「院内規則その十二、食堂において一度席についた者は食べ終わるまで席を立たないこと。なお、一度席を立った者は食べ終わったものとみなし、即座に食堂よりの退去を義務付ける。……それ、もういらないんですよね?」


 まだ入って数日の新人がまさか院内規則を暗記しているとは思っていなかったらしく、少女はおろおろしながら「うるさいわね、今から食べるに決まってるでしょ!」とキレて怒鳴りつける。

 しかし彼女は既に席を立っており、彼女が座っていた席にはもう他の子供が座っているため座りなおすこともできない。


「何をしているんですか!この後も授業はあるんですよ、食べ終わった者から席を譲りなさい!」


 職員が顔を出したタイミングで、そちらの方に気をとられた少女の手からシエルはさっと素早くお盆を取り上げ、あ、と何か言いかけた少女から視線を逸らして空いた席に座ると、まだ半分以上残っていたスープとパンを食べ始めた。


「ちょっ、」

「アナベル!ここを汚したのは貴方ね!?もう、どうしてそんなに落ち着きがないの!?」

「せんせ、ちが」

「言い訳しない!!今すぐここをキレイに掃除しなさい!いいわね!?」


 ヒステリックにそう言い終えると、逃がさないとばかりにその職員は食堂の隅に立ってじっと睨みをきかせはじめた。


 真相を知っているはずの他の子達はしかし、誰一人としてアナベルの弁護をしようとはしない。

 もし彼女がやったこと、シエルがやり返したことを訴えれば、同罪としてシエルも罰を受けることにはなるだろうが、同時にまだ入って間もない彼女が『院内規則』という正義を振りかざしたと噂になり、職員たちに賢い子だと褒められはしないか……そして黙って見ていた自分達もアナベルと同罪だと叱られはしないか、それを恐れたからだ。


 そこまで見抜いていたわけではないが、ひとまずご飯にありつけたことでシエルは満足だった。


(人を呪わば穴二つ、ってね。新人いじめなんてしようとするからよ。初日に渡された規則、読んどいて良かったぁ)




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