コビン屋 桜木の下で君と②
春人君は優しくて、いつも私を励ましてくれた。お気に入りの場所で、ふたりで読書をしたり、いろんな話をしたり。違う学校だったけれど、放課後はあの桜の木の下で一緒に過ごした。
それは6年生になっても変わらなくて、春人君との時間は楽しくて、つらい事があっても乗り越えられた。
いつの間にか、友達から特別な存在に変わっていった。春人君はますます素敵になっていって……だけど、私の方は相変わらず、情けない性格のままだった。
そして、私達は中学生になった。やっぱり違う学校で、会うことも少なくなってしまったが、時間がある時はあの場所へと足を向けた。そして、今日も。
「よかった。今日は会えたね」
読んでいた本を閉じ、春人は顔をあげた。
笑顔が、爽やかすぎる……。
それに対し、私はどんな顔をしているのだろう……。
沈んだ顔を隠すように、花恋は春人と距離をとって座った。
「また何かあった?」
心配そうに、春人は尋ねる。
「……私って、ダメな人間だよね。昔から全然進歩ない」
「そんなことないよ。仲のいい友達もできたんだろ?」
「そうだけど……性格はダメダメだよ」
自分を否定する度、心のモヤモヤが膨らんでいく。
「それは、相手に嫌な思いをさせたくないからだろ?」
「……自分のためだもん。どうせ、私なんて……」
久しぶりに会えたのに、違う……こんな話をしたいわけじゃないのに……。
「あんまり自分を責めるのはよくないと思うよ」
「だって、本当のことだもん」
違う。笑顔を見せたいのに、笑ってほしいのに。
「だから、もっと前向きに……」
「どうせ……春人君にはわかんないよ!」
叫んで立ち上がった。私はきっと、ひどい顔をしていただろう。彼の悲しげな顔が見たくなくて、全力でその場から逃げ出した。
あぁ、私は最低な人間だ。一番大切な人を、傷付けた。
あの日から、花恋はあの場所へ行かなくなった。季節は巡り、あっという間に春間近。もうすぐ2年生になろうとしていたある日。
「咲村さん」
クラスの男子に呼び止められた。普段、話したりしないので、突然のことに驚く。
「えっと……なに?」
「戸山 春人から、伝言があるんだけど」
その言葉に、さらに驚いた。
「なんで……春人君のこと」
「実は、春人は俺の従兄弟なんだ。それで……あいつ、親の仕事の都合で、今日、海外に引っ越すんだよ」
「えっ」
「出発は夕方なんだけど、もう一度会いたいから、放課後にあの場所に来てくれって」
春人君が……いなくなっちゃう?
放課後までの時間が、とても長く感じた。帰りの挨拶を終え、担任が教室を出ていく。花恋は荷物を手に取った。
「咲村さん」
いつもの調子で呼び止められた。振り返ると、学級日誌を持ったクラスメイト。
「ごめん!部活に間に合いそうになくて、かわりに日誌書いてくれないかな?」
お願い!間に合って!
全速力で、山道を駆け上がる。空は夕焼けに染まり始めていて、花恋をますます焦らせる。
「春人君!!」
丘の上にたどり着いた彼女の瞳に映ったものは、夕焼けに染まった桜の木だけだった。春人の姿は、どこにも見当たらない。
「まに……合わなかった」
その場に崩れ落ちた花恋の目には、涙があふれる。
どうして……私はいつもこうなんだろう。春人君は、たくさん勇気をくれたのに、一番大切な時に、何もできなかった。何も……変えられなかった。
「はる……とくん……」
会いたくて仕方のない彼の名を呼び、花恋は泣き続けた。