ショートショート「願い」
男には、願いがあった。
ただ、あまりにも現実味を帯びていないその願いに、誰もが彼をせせら笑った。
だが、彼は真剣だった。
普段はほとんど使うことの無い脳をフル活用し、専門書を読み論文を漁り、現代の技術で願いを叶えることが出来るかどうか、理論的に考察してみた。
しかしどんな論文を読み、どれほど自分で考えようとも「不可能である」という結論を覆すことは出来なかった。
現代の陳腐な科学技術では、一抹の希望さえもない。
彼は絶望の淵にたたされた、かのように見えた。
しかし、彼は願いを捨てなかった。
現代科学が駄目なら、超科学的な古の魔術に頼りたがるのは人の常だ。
彼もまた、あらゆる文献をあさり、様々な儀式を行った。
しかし、どれも成功はしない。
周りの人間は彼を心配し、あきらめるように忠告した。
しかし、彼は前に進むことをやめようとはしなかった。
現代でも、古代でも叶えられない。
そんな非現実的な願いを、叶えるべく、彼は最後の手段に出た。
タイムマシンを開発し始めたのだ。
タイムマシンで未来に行き、そこで良い方法を見つけようと、彼は考えたのだ。
まず、彼はタイムマシンを設計を始めた。
どうすれば、未来にいけるのか。
少し前までの彼ならば、ただひたすら困るだけであっただろう。
しかし、今の彼の頭の中には現代科学の最先端が詰まっている。
最新の理論を駆使し、彼はタイムマシンの設計図を書くことに成功した。
次に彼は組み立てに移った。
現代技術の極致でもあるタイムマシンは、原材料だけでも非常に大量の貴金属が、そして組み立てにも膨大な労働力が必要であった。
しかし、彼は習得した古の錬金術を用い大量の貴金属を、召還術を用い膨大な使い魔を用意することが出来た。
そうして、彼はタイムマシンを完成させた。
エネルギーの関係で50年後までしか行くことは出来なかったが、彼は未来の科学技術を信じ、タイムマシンのスイッチを押した。
タイムマシンから出ると、そこには見たことも無い世界が広がっていた。
空飛ぶ車に、超先進的なファッション。
彼のタイムトラベルは成功したのだ。
彼は意気揚々と、街を歩こうとした。
が、しかし、50年後の未来は、全く勝手がわからず、困り果てた彼は、50年後なら自分が生きているかもしれない、と現代で自分が住んでいたアパートに向かった。
アパートはあった。
50年の月日を感じさせる佇まいではあったが、ともかく現存している。
彼は自分の住んでいた201号室を見やると、表札には自分の苗字があった。
彼は走って201号室まで行き、チャイムを押した。
「どちらさまですか?」
聞こえてきたのは、しゃがれているがまさしく彼の声そのものであった。
彼は手が震えているのを感じながら未来の自分に説明しようとした。
「50年前から来た僕です」
そこまで言うと、50年後の自分は、話を途切り
「あぁ、もうそんな時代か」
と呟いた。
そうか、彼も50年前に50年後に行ったのだな、と彼は気づき、50年後の自分の言葉を待った。
すると、すべてを知っている彼は、大きなため息をつき、呟いた。
「何をしてもオレに彼女は出来なかったよ」