19話 テンプレチックワールド・5
風の国と呼ばれる国があった。
風の国などと呼ばれても実際には、その国民が風魔法が得意であるとか建国の際の王が偉大な風魔法使いだったということもない。
ただ昔からそう呼ばれてきた国である。
その国の王都はシルフィーという名の街である。
風の精霊から名付けられたと言われるが確かなことは誰にも知られていない。
そんな風の国の王都・シルフィーは今そこに住む人々のあげる声と無数の屋台によって熱狂に包まれていた。
今、ここでは盛大な祭りが開催されていた。定期的に行っている類のものではなく突発的に開催されたもだ。
急な開催であったがそれは大いに盛り上がり人々はそれを楽しんでいて街のどこを見渡しても笑顔があった。
彼らがなぜ祭りで騒ぎ、笑顔を浮かべているのか。
それはこの祭りが街の危機が去ったことを祝うための祭りだからだ。
少々羽目を外しすぎて取っ組み合いが始まってるところもあったがその取っ組み合いをしている者たちの顔もどこか楽しそうで周りを囲む野次馬は野次を飛ばしつつどちらが勝つか賭けて楽しんでいるようだった。
そういった騒ぎが各所で起こっているが街の中心であり王都の象徴でもある王城前の大広間でも多くの人々が集まってある人物が現れるのを今か今かと待ちながら騒いでいた。
その人物こそが今回の祭りを開催する要因となった者であり街の人間は皆その人物に感謝していた。
やがて大鐘の音が広場に響き渡り人々の声は静まり、視線が城門へと集まると門がゆっくりと開いていき次々と人が出てきた。
初めはこの国が誇る騎士団の隊列だ。完璧に統制された行進は見る者を大きく高揚させた。
少し間をあけて出てきたのは煌びやかなマントを身に纏い人々に手を振る、この国の王であるルイ・エンス・シルフィーだ。
その横には王妃の姿もあり周りを騎士団団長を中心に精鋭中の精鋭が囲み王たちを護衛している。
しかし人々が期待していた人物が出てくることはなく門は閉まっていく。
もちろん普段はなかなか見る機会のない自国の王の姿だ。それを一目見ることができ少しは興奮を覚えるのだが、やはり、今回の立役者である冒険者を人々は求めていた。
そんな人々の思いを感じたのか王が声を張り上げた。
「皆の者!ここシルフィーに未だかつてない規模で魔物の軍勢が押し寄せてきたのが三日前のことだ!だがそれは!ある冒険者の活躍により一切の損害なく解決した!驚くべきことに、その人物はたった一人で万に及ぶ数の魔物を葬り去った!彼はこの街の!否!この世界の英雄である!」
その言葉に大歓声が上がりその迫力は広場一帯を揺らすほどのものだった。
また、歓声の中にはその英雄を早くだせという野次も多く混じっていた。
「では、登場していただこう!この街を救ってくれた英雄、レイじゃ!」
王がそう宣言した直後その背後に空けられていたスペースに雷が突き刺さった。
普通の雷であれば光は一瞬のことですぐに霧散するだろう。
だがその雷はおよそ十秒程光り輝き続けていた。
そのような異常な現象でなくても雷というものはこの世界、この街でも自然の災害として恐れられている。
それがさらに通常の雷とは異なる現象を示したのならば通常であれば、一層恐怖し、パニックを起こすのが普通かもしれない。
だが、不思議とその現象を見ていた人々に恐怖はなくむしろ何か神聖なものをみるかのような気持ちを抱いていた。
その雷が自分たちを害することはないと本能的に理解してしまっていた。
最後にバチッと音をあげて雷が霧散し、雷が突き刺さっていた場所に三人の人影があった。
槍を持つ男が真ん中にいてその両隣に美女が付き添っている。
美女のうち一人は黒く、そして一房だけ銀色な長い髪が腰まで伸びている。また、頭に特徴的な耳があり、臀部には尻尾があることから獣人とわかる。
恐らくは地の国出身なのだろうと人々は納得した。
そう納得したのは地の国が獣人が統治する国だからである。
上は真っ白で袖がゆったりと広く下は真っ赤でスカートにもズボンにも見える不思議な服装をしていたが、その服装が彼女の美しさをより引き立てていたが彼女から感じる神聖さになんとなく近寄りがたいものがあるのを広場にいた者の多くが感じていた。
もう一人は金色に輝く髪を後ろでお団子のように丸めていて、種族的特徴が外見に見られないことから人族であることがわかる。
彼女は嫌味に感じない程度に金糸の刺繍で装飾された赤いドレスを着ていて、まるで貴族のパーティに出るかのような恰好だが、そのドレスは彼女によく似合っていてこの場に置いてもまったく違和感を感じさせることなく彼女の美貌を引き立てていた。
また、もう一方の美女が近寄りがたい神聖さを放っているのに対して、彼女からはそういった気が感じられない分、男たちは彼女に見惚れていた。
そしてそんな美女に挟まれているのは黒髪の若い男で、濃い茶色のズボンに黒いシャツ、赤茶色のロングコートを着ている。男の手には白銀に輝く槍が握られていた。
どうみても二十代、もしくはさらに下にしか見えないが、その男が放つ存在感はとても二十そこそこの若造が放つものとは思えないもので広場の人々は息をのみ同時にこの男こそが件の冒険者だということを理解させられ、その存在感の前に男たちは嫉妬を抱くこともできず、あれなら仕方がない、当然だと納得するしかなかった。
待望の英雄が登場したにも関わらず広場は静まり帰っているが、男は気にするでもなくゆっくりと空へと浮かび上がった。
もはや誰も疑問を抱かずただその光景を追って見上げながら彼の言葉を待つばかりであった。
「ほとんどの人は初めまして。中には街で俺の姿を見たことがあるかもしれないが」
その声は特に大きな声というわけでもなかったが不思議と広場にいる誰もが聞き逃すことはなくかけられた言葉に何人かが頷いた。
「では軽く自己紹介しようか。俺がレイ、件の英雄というやつだ。そしてあそこにいる二人の女性は」
件の英雄、レイがそういって指し示した先にいるのは先ほどレイを挟むように付き添っていた二人の女性であり、彼女たちはレイとは違って宙に浮くことなくその場にいた。
レイの声に人々の視線が集まるのを感じると、黒髪で不思議な服をきた獣人の女性は楽しそうに笑みを浮かべ手を振っていた。一方の金髪で赤いドレスを着た女性はやや引き攣った笑みを浮かべるだけだが、彼女を見た誰もがその顔を真っ赤に染めていることに気づいていた。
「彼女たちは俺の嫁だ。とても美しいだろう?見るのは許す。話すのも許す。ようするに普通に接する分には大概のことは許す。だがその美しい彼女たちに下心から近づいたり、手を出せば殺す。たっぷりと自分から殺せと懇願したくなる苦痛を与えて殺す。わかったな?」
そう宣言した時レイから発せられていた存在感が一瞬増したがそれはすぐ収まった。
すぐ収まったとはいえその圧力を誰もが感じ、彼女たちに見惚れていた男たちは揃って冷や汗を流しながら首をガクガクと縦に振っていた。
もっとも彼らは最初から手を出そうなどとは考えていなかったのだが、レイの圧力に思わず反応してしまっただけである。
広場の人々はその言葉が一種の冗談であることも不思議と理解していたので必要以上に空気が重くなることはなかったが、かといって内容そのものは本気であり手を出せば地獄を見るのは明らかであり手を出そうなどと考えるものは誰一人いなかった。
「さて、今回の出来事に俺が偶然出くわしたのは不幸中の幸いだった。だが俺がいなくても結果は変わらなかっただろう!それは魔物の軍勢が迫った時、この街を守ろうと一団になって動いてくれた騎士団や冒険者達がいたからだ!彼らは万を超える魔物を前に少しも怯まなかった!だからこそ彼らを誇りに思うべきだ!英雄は俺だけではなく彼らもまた英雄である!英雄により守られた平和を祝い今日は存分に騒ぎ大いに盛り上がろう!」
ほんの少しだけ重くなっていた空気はその言葉にあっという間に霧散し、人々は大歓声を上げ、また近くにいた冒険者や騎士を見かけたものは彼らに感謝し褒め称えるのだった。
たかが一度の演説で誰もが素直に騎士や、冒険者たちを褒め称えるのはいささか奇妙なものであったがだれもそのことに疑問を抱くことはなかった。だが、誰もが笑顔を浮かべておりその笑顔は確かに本物であったため例え誰かが気づいてもそれを指摘するのは無粋だと何も言わなかっただろう。
そう思えるほどに奇妙な空気が広場を支配し人々は素直に歓喜の声をあげるのだった。
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「ま、こんなもんかね」
どうも俺はこういうノリが好きなのか下手な演技をしてしまうようだ。
その下手な演技をごまかすためちょびっと神の力を意識して演説したためにまるで洗脳を受けたかのように人々は盛り上がっている。
とはいっても洗脳はしていない。
ただ、俺が言いたいことを伝わるようにして、ちょっとだけ人々が「素直」になるようにしただけで彼らの思いはすべて本物だ。
だから洗脳じゃない。絶対に。
ついでとばかりに我が妻達に下らん手が出されないよう紹介とともに釘を刺しておいたのでこの祭り中はもちろん、今後も、彼女たちに何かしらの危害が及ぶこともないだろう。
もっともサクラに至っては俺と同じ神なわけだし手を出せば返り討ちにあうだろうし、エルザもすでに神になることが確定しているような存在で、その実力はすでにこの世界の人の中では最強格であるため同じく返り討ちだろうがな。
彼女自身はまだそれを理解してないようだが。
「さて、もういっちょプレゼントでもあげますかね」
そう一人呟きながら槍を天へと掲げある魔法を打ち上げた。
打ち上げられた魔法の球がある程度高く上がると弾けて爆発し大きな音と共に大空に巨大な光の花が咲き、広場で盛り上がってた人々は巨大な音に一瞬硬直したが、すぐにその光の花に目を奪われ歓声をあげた。
「うん、うまくいった。やっぱこういったでっかい祭には花火がないとな!」
魔法で花火を再現するのはつい先ほどにふと思いついたものでぶっつけ本番で成功してなによりである。
そのようなデモンストレーションをほかの場所でも何度か行いながらも屋台の料理を食べたり、大道芸を見学したり参加したりしながら一晩中通して祭りを楽しんだ。
祭りが終わってから一週間。
さすがに落ち着いて街は普段の日常を取り戻していた。
今でも俺たちを見れば盛り上がったり、店に行けば何かとサービスしてくれたりするので、それなりに居心地がよかったがそろそろ別の場所へ向かうことにした。
すでにその噂も広がっていたようで、街を出るまでに街中の人々から別れの挨拶かけられた。
そんなわけで俺たちは今東へ向かう街道を歩いている。
目指すは大陸中央、龍の国だ。
「なんで龍の国へいくのよ?」
横からそう聞いてきたのはエルザだ。
彼女は今、武骨なレザーズボンに革のブーツ、無地の白い長袖の服の上からブレストアーマーと腕甲を装着してその上から赤いケープを羽織っていて腰のベルトには長剣が吊るされているというケープを除けば冒険者の中でよく見る実用性を重視した装備で固められていた。
赤いケープも竜糸と呼ばれる特殊な繊維で丁寧に編み込まれ肌触りはシルクのように柔らかいのに鋼の鎧よりも防刃に優れ、また魔法に対しかなりの耐性も有する世の冒険者が喉から手がでるほどにほしいと思う超一級品で、これは王様からの褒美ということでもらったものだ。
なお竜糸はその名の如くドラゴンの背骨に沿うように生えている毛から加工された糸のことだ。
ドラゴンは一匹で天災と呼ばれるほどの強大な力の持ち主だが、基本的に森の奥深くで静かに過ごしていて、わざわざ刺激を与えなければ害はほとんどないので誰も討伐しようなどとは思わずむしろ禁止されている。
エルザ鍛えるのにドラゴン狩りはだめなようです。
それでも、ごく少数でも素材が出回っているのは数百年に一度、群れの争いに敗れ逃げてきたドラゴンが街へ襲来した時に討伐されるためである。
そのためドラゴンの素材が出回ることはほとんどなく、現存するドラゴン素材の装備はわずか5つであり、それぞれ各国の国宝として国で保管されていた。
赤いケープ……ドラゴンケープはその国宝の一つであり風の国が所有し保管していたドラゴンアイテムである。
これを褒美として渡してきた王様にこの国に引き止めようっていうことなのかと訝しんだが、意外にもそうではなく、なんでも龍の国から使者が来て「ドラゴンアイテムはすべて俺に譲り渡し、好きに活用してもらうように」という布告がされたそうだ。
その布告は他の国にも行われていて他の国もそれを了承しそれぞれのドラゴンアイテムが龍の国に送られているらしい。
いったいいつの間にとも思ったが、それよりもなぜっていう疑問のほうが大きかった。
なぜ龍の国がそんな命令をだせるのか、なぜ国宝であるものを国はあっさりと渡したのか。
その場でもちろん問いただしたが、どうやらこの世界では5つの国に分かれてはいるが実際は龍の国を頂点とした統治が行われているらしい。
龍の国以外の4国は国といいつつも基本的には龍の国の出す方針に従って国を統治していて種族別に分りやすい形でまとまってるだけとのこと。
つまりすべての国は龍の国の属国だ。
だからあれだけ力晒したのに引き入れようとかいう動きが一切なかったのか。
ややこしい体制だと思ったが深くは考えないことにした。
結局なぜ龍の国が俺にドラゴンアイテムを渡すようにしたのかは全くわからなかった。
なので残りのドラゴンアイテムも龍の国でもらうついでにそのことを聞こうと思って龍の国を目指している。
そのことをハッキリとエルザに言ってしまえばケープを俺にもらって結構性能のいい防具だなあ程度にしか思っておらず何の気負いもなく来ている彼女は話を聞いた途端にたぶん卒倒してしまうだろう。
俺はそのことをただ案じて
「いや、なんか龍の国って面白そうじゃん?それにどこ行くにいくにしてもまず中央行っておけばそこから東西南北どの方向にも行けるし」
とごまかした。
一応嘘ではない。龍の国っていう響きがすごくいいと思う。
決して全部揃ってからネタ晴らししたほうが面白そうだなとかは思っていない。
「そう?確かに龍の国は私たちにとってある意味で憧れる国ではあるし、楽しみだけどレイ達からしたら異世界の国の一つであって特別龍の国がどうこうというのはないと思ったけど?」
「こう、龍っていう響きがね」
「龍の国は大陸の中央でこの世界を実質統治してる国だから各地のいろんなものが集まるはずだよね。おいしいものがたくさんあると思うから私も楽しみかな」
サクラはすっかり食い道楽になっている気がするが食べているときのサクラはものすごくかわいいので何も問題はないね。
そんな感じで雑談を交わし、現れる魔物はすべてエルザに戦わせてエルザを鍛え、野営の時はサクラにエルザと組手してもらってエルザをさらに鍛え、道中の町や村に起こっていた魔物被害をちょちょいと解決したりやたら広大な畑を眺めたりしながらも俺たちは龍の国、その中心の都<ドラゴニア>へと辿り着いた。
「お待ちしておりました。レイ様、奥方様方。こちらへどうぞ」
そう声をかけてきたのは白髪の男で彼が指し示すのは馬車である。
彼は体の線にぴったりと合わせた黒色の服を着ていて執事を思わせる風貌をしていて、何より特徴的なのがその頭に生えている角で、それはクルンと丸まった見事な巻角だ。
その角はどこか羊を彷彿とさせ角の陰に獣耳が見える。
とどのつまり獣人の方のようだ。
龍の国というのだし案内によこされるとしても多分、国の代表に近い人だろうから龍人が来ると思ってたので少し驚いた。
「馬車に乗るのか?」
「ええ、街の中央の城にて王がお待ちしておりましてここからは少々徒歩だと遠いので。わざわざ英雄様にご足労願うことになるのは恐縮ですが」
「そうか、わかった。ああ、そうだあなたの名前は?」
「おや紹介を忘れていましたね。失礼いたしました。私はメナークと申します。一応この国の宰相をしております」
そういって頭を下げるメナークさん。
宰相って結構偉い地位の人の事だった気がするんだが……。
まあいいか。
「それじゃあ城までよろしく」
馬車に乗ることに対しては特に文句は言わずさっさと乗って移動を開始だ。
馬車で移動中だがメナークさんはなんと御者席に座っている。
なぜ宰相が御者をしているのかわからないが、おかげで馬車の中では俺たちだけなので気楽なので気にしないことにした。
サクラやエルザたちと軽く雑談しながら俺は馬車の小窓から見える景色を見ていた。
景色を、もっと言うならそこに住む人々を見ていたのだが、背が低く髭もじゃのドワーフ、男女揃って見た目麗しく尖った耳を持つエルフ、様々な動物の耳や尻尾を持つ獣人、外見的特徴は特にない普通の人。そういった人たちが偏りもあまりなくそれを気にすることもなく普通に暮らしているようなのが分かる。
だがどうにも龍人の姿が見えない。一部を鱗が覆っていたりとかトカゲのような尻尾が生えているだとかそういった特徴を持つ人の姿は全くなかった。
風の国が別に風に深い関係があるわけではなかったのと同じように龍の国というのも龍とはあまり関係がないのかもしれないな。
そしてそのまま30分ほど大通りを進み、巨大な門が前方に見えてきた。ひたすら街の中心へと進み曲がることもなかったし速度も大体時速十キロほどを維持してたからようだから街の外壁からここまで約五キロ程かと漠然と考えていると、その門の前に馬車が一旦止まるとゆっくりと門が空いていき門の向こう側の景色が見えてきた。
そこにあったのは巨大な建物。門の内側の敷地は円形でざっと見て直径2km程もある広い空間の中央に、白く美しい外壁に見事な装飾が施され、巨大な柱によって支えられているその美しい建物は神の目から見ても神聖さを感じさせていて、とても城とは思えず、むしろ神殿と呼ぶべきものだった。
俺は思わず目を見開いて馬車の窓から身を乗り出してそれをもっとよく見ようとしていた。
俺だけでなくサクラも口を開けて驚き、エルザは俺たちほどではないにしてもやはりその建物を姿を目に焼き付けるように真剣な表情をしていた。
そんな俺たちに構うことなく馬車はそのままゆっくりとその建物へ近づいていくのだった。
なんとなく執事っぽいキャラ→羊→メェ~と鳴く→メナーク




