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黄昏時の怪異

 ミシッ……ミシッ……ミシッ……と年代物の木目を揺らす一対の足が、ひっそりと静まり返った家屋に響く。

 やがて、足音の主はとある部屋の前で立ち止まり、ノブへと手を伸ばし、ゆっくりとドアを引き開けた。


 ガチャ、ギィィィ……。


 しじまに、怪鳥が鳴くがごとき、不吉な音が生まれてはやがて消えていった。


「ふふ……ここですか? おや、いませんねえ……」


 部屋の中を覗きこみ、目的の人物がいない事を確認した少女は、もうここには用は無いとばかりに足を踏み入れる事なくそのまま戸を引いた。


 バタン。


 扉を閉めた後、ゆっくりと右手に向き直り、長い廊下の先のまだ中を見ていない残りの扉の数を確認する。


 ミシッ……ミシッ……ミシッ……。


「そろそろかくれんぼの時間は終わりにしましょうよぉ……茉莉花さぁん……美咲さぁん……ははぁ……さてはここですね?」


 バンッ!!


 しばらく開ける者がいなかった事を示すかのごとく、生ぬるい風に大量の埃が舞う。数多の塵芥の中で、少女は変わらぬ笑みを浮かべて立っていた。そう、まだこの時間が続く事が楽しいとでも言いたげに。


「って、おい」

「なんですか、樹さん」

「なんでそんな怪しい口調なんだよ!? 二人に誤解されるだろ!?」

「いえ、せっかく年代物の家ですし、雰囲気を出そうと思いまして」

「そんなどうでもいい事にこだわるな!」

「仕方ないですね。では普通に探す事にしましょうか。と言っても、どうせもう覗いていない部屋はあと一つしかないんですけどね」


 俺とラナは、先刻逃げ出してしまった茉莉花姉と美咲を探して家の中を探索しているところだ。


 あの騒動の後、俺も動転した気を静めるのに時間が掛かった事と、無駄に広い屋内である事も加わって、そろそろ陽も稜線の向こうに落ちようかという時間だ。


 そんな黄昏時にあんなホラーみたいな事をやられたら、それこそ茉莉花姉と美咲は家から出て行ってしまいかねない。俺はおそらく二人が隠れているであろう最後の部屋の扉を見ながら、そっと息を吐いた。


「さて、もうすぐ陽が暮れますし、茉莉花さんには早く晩御飯を作っていただかなくてはなりませんね」

「ずいぶんと平常運転だなオイ。一体誰のせいだと思ってんだ?」

「樹さんだって目の前にケーキを差し出されたら脇目もふらず飛びつくでしょう。さっきの事はそれと一緒ですよ」

「んなわけあるか! 俺はそこまで子供じゃねえ! 美咲じゃあるまいし!」

「あたしだってそんな事しないもん! ……あ」


 目の前の扉を隔てて、甲高い声が聞こえた。続けて、何やら慌てたようなひそひそ声とうごめく気配。


 ラナは、にやぁりと口元を大きく広げ、まさしくカエルのような笑みを作る。


「おやおや……そこにいたんですねぇ……美咲さぁん……」

「だからその口調は止めろ! 本気で不気味だから!」


 俺はラナをたしなめ、ノブに手を伸ばそうとしたコイツの前に立ちふさがった。今の二人にいきなりこの笑みを見せたらマズイという心配りだ。


「あー二人とも、俺だ。樹だ」

「……なによう」


 中から、不安がる美咲の声がくぐもって聞こえてきた。茉莉花姉はまだちゃんと受け答えが出来ない状態らしい。俺は心底気の毒に思いながら、口を開く。


「とりあえず、出てきてくれないか? さっきは話し合いが途中で終わっちまったし、もうすぐ日も暮れちまう。たしかこの部屋、もう電球外してただろ?」

「……」


 ドアの前に立つ俺の耳に、小さなざわめきが聞こえてくる。言葉の内容までは全く聞き取れないが。


「……そこにラナちゃんいる?」

「ええ……もちろんいますよぉ……? さあ……早く出てきてくださぁい……」

「だからその喋り方は止めろっつってんだろーが!!」


 どすん!


「……お、おねーちゃん、しっかりして……」


 どうやら、恐怖のあまり茉莉花姉は気を失ってしまったらしい。何かが倒れるような音と共に、悲痛な美咲の声が聞こえてきた。


「今日の夕食はレトルトになりそうですね」


 事態の推移が全く気にならないかのように、淡々とつぶやくラナ。

 お前が言うな! 全ての原因のお前が!

 俺はそう言ってやりたかったが、もはやそんな気力すらなかった。



      ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 あれから気絶している茉莉花姉を負ぶって階下に降り、寝室に布団を敷いて、うなされている彼女を何とか寝かしつける事に成功する。


 悪夢を見ているのだろうか? 実際、あんなおぞましい体験をしたら夢見も悪くなるよな……。


 優しく布団をかけ、これ以上茉莉花姉が苦しまないよう神様にお願いしてから立ち去った。


 お茶の間に戻ると、ラナがちゃぶ台に一人座ってお茶を飲み、美咲が部屋の隅でラナを見据えながら唸っているという、どちらが住人なのか分からない状態になっていた。

 ラナの対面に腰を下ろし、美咲に手招きする。


「あー美咲、とりあえずこっちにこい」

「むー」


 不満げな声を出したものの、美咲は大人しく言う事に従い、俺の隣に座る。もっとも、半身はラナから隠すように、俺の背中にぴったりとつけているが。


「今日の夕飯は俺がある物でなんとかするわ。美咲、何か食べたいものはあるか?」

「……どーせおにーちゃん、オムレツくらいしか作れないじゃない」

「オムレツだって立派な料理だっつーの。じゃあ、そうすっか。あー……ラナ。お前もそれでいいか?」

「そうですね、お手並み拝見といきましょうか」

「お前は何でそんなに上から目線なんだ? はあ……まあ、いいや。美咲、お前も皿の用意とかを手伝ってくれ」

「うん」


 さっきの光景を鑑みるに、ラナと美咲を二人っきりにすると美咲が不安がるだろう。

 俺達は揃って立ち上がり、板の間へと向かう。冷蔵庫を開け、常備してあったツナの缶詰を取り出した。幸い、プレーンオムレツにはならずに済むようだ。


「さてと、久しぶりに頑張ってみるかね」


 ブランクは長いが、オムレツくらいは何とかなるさ。

 台所に降り、俺はフライパンを戸棚から引っ張り出した。


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