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まさか……ね……

「ただいま戻りましたにゃん」


 玄関の開き戸が開くと共に、元気のいい声が屋内に響き渡った。つうか、すっかり家人になったつもりだな、あいつ。


 今は昼の三時過ぎ。

 俺はお茶の間でのんびりとテレビの観賞、美咲のやつはご苦労な事に自分の部屋で宿題をやっている。まだ八月にもなってないこの時期に宿題に取り掛かるとは、美咲はいい子に育ってるなあ。


 しかしラナの奴、夕方までには戻るといって出て行った割にはずいぶんと早いお戻りだ。いや、別に遅く戻ってこようが、早く戻ってこようがどうでもいいんだけどな。


 ……いけね。あいつが戻ってくるのを前提にしてるなんて、俺も美咲に毒されたのか?あんなおかしな奴にはとっとと出て行ってもらわないとな。


 縁側の方に面している引き戸がすうっと開き、昨日我が家を訪れた時と同じ、半袖のシャツに膝までのデニムという格好のラナが入ってきた。


「おや、もう帰ってらしたのかにゃん?」

「ああ、ちょっと前にな。って、お前その格好で外に行ったのかよ!?」

「? 夏にふさわしい格好だと思うけどにゃん?」

「服装の事じゃねえ! その耳の事だよ! あと尻尾もだ!」


 普段ならコスプレ会場とかでしかお目にかかれなさそうな代物に、交互に視線をやりながら大声を出す俺。


「おかしな事を言うにゃん。樹さんは耳を自由に切り離せるのかにゃん?」


 ぐっ……こいつはぁぁぁ!


 あやうく掴みかかって、この場で耳や尻尾の真偽を確かめてやりたくなったが、茉莉花姉が戸を一枚はさんだ板の間にいる状況で、そんなことをする訳にもいかない。

 そんな場面を見られたら夜飯までブロッコリーにされかねん。

 俺の葛藤を知ってか知らずか、ラナはちょこんと俺と同じちゃぶ台に座る。外の暑さがつらかったのか、ぐったりと机の上に上半身を投げ出した。


 こいつ……まじでリラックスしてやがるな……借りてきた猫のように大人しくしろとは言わんが、もう少し遠慮ってやつを……。


 その時、俺はラナの両手に黒い毛がいくつも付いている事に気付いた。よくよく見てみると、シャツにも小さな毛がまばらに付着している。


「おい、ラナ。お前、どうしたんだ? それ」

「何の事だにゃん?」


 俺の視線に気付いたラナが、それを追って自分が伸ばしている両腕の先に目を向ける。


「! ちょ、ちょっと外に行ってくるにゃん! すぐに戻るにゃん!」


 目を見開いたラナは急に立ち上がり、戸を勢いよく開けた後、どたどたと足音を立てて部屋から出ていった。続いて、カランカランと玄関の鈴の音が聞こえる。

 なんだか知らないが、本当に外に出て行ってしまったらしい。


 ぽかんとする俺。それと入れ違うように、板の間に面している方の戸が開いて、おぼんに麦茶入りのコップと大きな器を載せた茉莉花姉が入ってきた。

 器にはせんべいが入れられており、お茶も四人分用意してある。ラナが帰ってきたのを機に、皆でおやつの時間にしようというのだろう。


「あら? ラナさん、帰ってきたんじゃなかったの?」

「ああ……帰ってきたんだけどな、今さっきまた出ていっちまった」

「そうなの? 残念ね。せっかく四人分用意したのに」

「あ~、大丈夫だ。すぐに戻ってくるって言ってたぜ? 大方忘れ物でもしたんだろうさ」


 さっきの状況がいまだに整理できていない俺は、とっさにそんな嘘をついた。


「そう。じゃあ、私は美咲を呼んでくるわ。あの子もそろそろ集中力が切れるでしょうからね」

「ああ、そうだな」


 美咲を呼ぶ為に部屋を出て行く茉莉花姉。

 俺は茉莉花姉が去っていったのを確認して、ちゃぶ台の上にそっと手を伸ばす。


 ……べ、別につまみ食いしようって訳じゃないぞ!?


 俺がつまみ上げたのはもちろんおせんべいではなくて、ラナが慌てて立ち上がった際にその体からはらりと落ちた、いくつかの黒い毛だ。目の前に引き寄せ、ためつすがめつしてみる。


 あいつの付け耳か尻尾から剥離したのだろうか? しかし、作り物とは思えないこの質感。それに、先ほどのラナに付着していたそれらは、そうとは思えないくらいには多かった。

 そう、本物の猫の体から体毛が抜け落ちたとしたら、あれくらいの量にはなるかもしれない。


 ……まさか、なあ。


 自分の脳裏に浮かんだ美咲と同レベルの想像を一笑に付そうとしたが、あまりうまくはいかなかった。


 ぎいっ、ぎいっ、ぎいっ。

 やがて聞こえてくる、年代ものの階段が立てる音。

 茉莉花姉と美咲が二階から降りてきたようだ。


 とりあえず、まだ散らばってる毛をかき集めると、ティッシュにくるんでポケットに入れた。

 こんなもん美咲が見たら、ますます妄想が進んでしまうだろう。もっとも、昼の件で症状はかなり進行してしまったようだが。


「う~っ、つかれたよぉ」

「ご苦労さん、美咲」


 お茶の間に入ってきて開口一番、そんな可愛い悲鳴を上げた妹に、俺は満面の笑みを向けてやる。そんな俺を見て美咲は頬を膨らませた。


「むー! おにーちゃんは宿題をしなくていいの?」

「ふっ、何を言ってるんだ美咲。夏休みの宿題なんてものはな、九月に入ってからするものだぜ?」

「美咲、貴方はこんな風になっちゃ駄目よ?」

「うん! おねーちゃん!」


 ……俺の味方はどこにもいないようだ。


「そういえばラナちゃんは? 帰ってきたと思ったんだけど」

「ああ、またちょっと出て行った。すぐに戻ってくるとさ」


 噂をすれば何とやら、ちょうどその時、据付の鈴が鳴る音と共に玄関のドアが開かれる音が聞こえてきた。


「いいタイミングだったわね。じゃあ、おやつの時間にしましょうか」

「うん!」

「ふたたびただいまですにゃん。皆さんおそろいだにゃん」


 戻ってきたラナはちゃぶ台の上におやつが用意されているのを見ると、顔に喜びを貼り付け、素早く空いている場所に座った。


 こいつ、食い意地はってんなあ……。


 そんなラナの様子をさりげなく見てみるが、その手にも、服にも、もう何の痕跡もなかった。おそらく、外で払い落としてきたのだろう。


「おかえりラナちゃん! 一緒に食べよう!」

「はいだにゃん! ありがたくいただきますにゃん!」


 美咲はすっかりラナを猫の化身だと信じ込んでいるし、ラナもこの家にあっさりと馴染んでいる。しかし、いつまでもこの家に置いておくわけにもいかないだろう。俺は茉莉花姉に目を向ける。お茶を飲んでいた茉莉花姉は、わかっているわとでも言いたげに、俺を見返しながら軽く首肯した。大事な事だし、後でちょっと意思を確認してみよう。今はとりあえず腹を満たすとするか。


 俺は一旦ラナの事を思考の外に追い出し、目の前のせんべいに手を伸ばした。


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