ハッピーエンドを求めて
俺はお茶の間のちゃぶ台の前に座っていた。席についているのは俺、茉莉花姉、ミュウを抱えた美咲。先ほどまではもう一人この円卓に連なる奴がいたんだ。でもアイツはどこかに行ってしまってもういない。茉莉花姉が麦茶を注いでくれたコップも三つ。それが動かしようのない事実を俺に突きつけてくる。
冷えたコップから滴る水滴を、俺はぼうっと見つめていた。かつてアイツが見せた儚げな表情を今さらながらに思い出しながら。
そう、思い返してみると、ラナは何かにつけて時間の事を意識していたように思う。
正体がばれてしまった時、二人に滞在を認めてもらう為、その日の夜に部屋に押しかけたり。
それと、俺が二人を説得する方法を考えつくのに、どれくらいかかるのかを気にしていたようでもあった。
そして、ミュウの体調が治るまでの日数についても不安がっていた。
あれは、これが理由だったのだろうか。
シンデレラのように、いつか魔法が解けてしまう事を恐れていたのだろうか。
そんな事にも気付かなかったなんて、俺は救いようのない大バカ野郎だ!!
「樹……」
茉莉花姉の呼びかけに答える気力もない。
アイツといたのはたったの数日だというのに、どうやらずいぶんと大きなウエイトを占めていたらしい。
あの小憎たらしい毒舌を吐く、カエル娘の存在が。
「おにーちゃんって、やっぱりラナちゃんの事が好きだったの?」
「!? バ、馬鹿! な、な、何を言ってやがる!! 俺はただ単に面白い奴だと思っていただけでな……」
ぽつりと呟かれた美咲の声が、一気に俺を現実へと引き戻した。
こ、こいつは全く馬鹿な事を言いやがる! お、俺があんな両生類娘に心惹かれるわけないだろ?
だがそんな俺の強がりに対し、美咲は悲しそうに顔を伏せる。ミュウが自分に伸ばす腕にも気が付かない様子で、元気なくささやいた。
「でもでも、今のおにーちゃん凄くつらそうな顔してるよ……」
おいおい……美咲にこんな表情をさせるなんて、一体どんだけ落ち込んでるんだ、俺はよ……。
「……わかんねえよ。俺も何がなんだか……」
ついに、俺の口から弱気な声が漏れる。
アイツの事をどう思ってたかなんて、もう俺にも分からねえよ……。
美咲はそんな情けない俺をキッと見上げ、言い放った。小さな身体に似合わない大声で、俺に喝を入れるかのごとく。
「じゃあじゃあ、また会いに行けばいいじゃない!」
美咲の怒声に、俺はあっけに取られてその顔を見返すしかない。
「な、何言ってんだお前は? そもそも会いに行くっていったいどこに……」
「決まってるじゃない! あの場所だよ! きっとあそこにラナちゃんはいるはずだよ!!」
「!? そ、そうか……でも、行ったとして何を言えばいいんだ?」
「おにーちゃんの気持ちを伝えればいいの!! そしたら、きっとラナちゃんだってまた人間の姿に戻れるよ! だってそういうハッピーエンドに終わる御伽噺だって、ちゃんとあるもん!」
「お前……」
今にも泣き出しそうな美咲。俺もさっきまで似たような顔をしていたのだろうか?
だけど、目の前のコップの水面に映る俺の顔には小さな笑みが浮かんでいた。萎んでいた俺の心の花を、美咲がその名の通り美しく咲かせてくれたのだ。
ガラスの器を掴み、中身を一気にあおる。
うん! 冷たくて美味しい!
空のコップを卓に戻す。
もう俺の顔を映す鏡はそこには無いが、それでも自分がどんな顔になっているかはっきりと分かる。
美咲に感謝だな。今度は俺がセレブなアイスを奢ってやるとするか!
「ははっ。そうだな……ありがとな美咲。駄目で元々だ。やってみるわ!」
「うん!」
満面の笑みを見せてくれる美咲。ミュウも手を振って応援してくれるかのようだ。
茉莉花姉も、そんな俺を見て柔らかく微笑んだ。
「ふふ……そうね。じゃあ、お姉ちゃんも美味しい晩御飯を用意して待ってるわ」
「わーい! ごちそうにしてね。おねーちゃん!」
「ああ、頼むぜ茉莉花姉。ちゃんと四人分用意しててくれよな!」
勢い込んで立ち上がり、玄関へと向かう。
待ってろよ、ラナ。今すぐ行くからな。




