第1話
滝沢力也はこの日がついにきてしまったかと感慨深く朝を迎えた。
家族を失ったあの日から既に十年、戦火は広がり世界は第三次世界大戦と間際と化していた。
思えばこの十年さまざまなことがあった。
しかし、あの日の憎しみはくすぶり続け、今も変わらないでいる。
「む・・・・」
五時にセットした目覚ましより若干早く目を開け、鳴る寸前で止めた。
ベッドから身を起こし、ビニールのカバーが被ったままの新品の軍服を見た。
「よし」
起き上がり廊下に出る。洗面台で顔を洗い、本当は食後の方がいいのだろうが面倒なので先に歯も磨いておいた。
部屋に戻り、ベッドと机しか置かれていない殺風景な姿に長い年月を過ごした懐かしさが胸を痛めた。
それを振り払うようにビニールを破き、真っ白なワイシャツを着て、紺色の上着に袖を通した。ズボンにベルトを通し、襟を正すと当面生活に必要なものが入ったカバンを持ち、部屋を出た。
隣人たちを起こさぬようゆっくりと階段を下りてまっすぐに玄関へと向かった。
この施設の起床時間は七時なので食堂の準備の音もまだ聞こえない。
下駄箱を開け、スニーカーに混じった中から磨かれた革靴を取り出す。
トントンとつま先を地面について履くと玄関の鍵を開けて外へ出た。
渡されているスペアキーで施錠し、新聞受けから中に返しておく。
門のところまで歩いてふと振り返りる。自然と背筋を伸ばして今までのお礼を戦災孤児院やすらぎの里へしていた。
どうか、ここに住む他の仲間が同じ道を辿らぬことを祈り・・・。
集合場所へは始発の電車を使い向かった。
一番近いJR線を使い十五分だ。途中駅ではやはり同じ軍服を着る子供が幾人も乗り込んで来て出勤途中のサラリーマンやOLを驚かす。
彼らは軍服を見慣れていないし、着慣れていない自分らも相当似合っていないだろう。
どこかの学校らしき制服の者もいて軍服と半々だ。
中には不安げにしている者もいるが、大多数が朝早いにもかかわらずワイワイと騒いでいた。
力也はケータイでニュースをチェックして過ごした。そうこうするうちに目的の駅に到着した。混雑に巻き込まれるのはごめんなので一足先に改札を通り過ぎ駅を後にした。
駅からほんの数分で集合場所の都立高校にたどり着いた。校門前は人で混みあっており、反戦団体らしき集団が朝も早いというのにスピーカーでガンガンとがなりたてていた。
「リキ!」
聞きなれた声に振り向くと、そこには角瀬優姫がいた。
「そういえばお前も一緒か」
彼女とは小、中と過ごしてきた仲だ。
「ようっ!」
隣には背が高くひょうひょうとした冬月祐二を連れていた。こちらも同様である。
「お前らどこか決まったか?」
どこ、とは配備先のことだ。陸・海・空の三つの内どこに配属されるかは本人の希望と適正などから選ばれる。
それは今日発表でもあったりする。
「いや、まだだな」
「もうすぐ発表でしょ?時間ぐらい確認しときなさいよ」
優姫がそんな二人を見て呆れた。
「しかし多いなぁ」
「今年は過去最多らしいぞ」
「らしいな、これじゃ三人同じとこかわかんないな」
「あ〜あ、もしそうだったらどうしよう・・・」
優姫が脱力したように肩を落とす。
「まあまあ、訓練期間は同じなんだから」
その時、会場全体に様々なケータイの着信音が響き渡った。
ザワついていた周りが静まり返り、ケータイを操作する音だけが聞こえる。
程なくして、「よしっ!!」という声や、すすり泣く声が聞こえ始めた
喜びや嬉しさを浮かべる者がいる一方で目を赤くし泣く者もいるのだからすごいものだ。
健吾は自分のケータイを開いて新着メールを見た。
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20XX年4月1日
発 日本国 国防省人事部学兵課
宛 滝沢力也
以上の者を学兵に任命する。
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画面には短い文面が並んでおり自分が正式に選ばれたことを告げている。
もっとも軍服を着ている者は先立って決定していたグループなので混乱はない。
すすり泣く者を冷ややかな目で見る者が大半だった。