事実
「主人である儂にお姫様抱っこをするという点は評価するが、ちょいと位置をずらしてくれんかの。その・・・・あれじゃ、擦れる。」
「分かりました。」
思わず幼女に敬語を使ってしまった、無念。
しかし、例え僕が幼女に敬語を使ったとしても。何処が擦れるんですかと聞くほど僕の精神は落ちぶれちゃいない。
むしろここで敬語を使う方が正解だったのだ、そうに違いない。
自分に言い聞かせていると僕が抱っこしている幼女がまだポジションが気に入らないのか、体を揺らしながら呟く。
「しかし従僕よ、いきなりあんな褒め言葉を言うとは、中々の女誑しじゃのう。」
「聞いてたのかよ。」
「そりゃ儂の従僕じゃからの。」
「そうですか。って、僕を女誑しみたいな風に言わないでくれよ。僕は」
「女誑しではない、そう言いたいんじゃろう?」
「・・・・・。」
何で心を読めるんだよ。そう突っ込みたかったが艶かしい程の光を纏った目がそうはさせてはくれなかった。
「まぁ積もる話もあるじゃろう、まずは降ろせ。それからじゃ。」
「いや、降ろすよりも先に手錠を外してくれよ。」
「ほれほれ降ろせ。」
「スルーするなよ。」
「いちいち女々しいのう、女にモテんぞ。」
そんな風に言葉の応酬を繰り返しながら僕は幼女を床に降ろした。
よっこらせ、なんて言いながら座る姿は変な口調と合わさって老婆の様だ。
「今儂の事、ババアと思ったじゃろ。」
「えっ!言ってない!」
「思ったんじゃな。・・・まぁいい、認めよう。儂は確かに老婆じゃ。」
あ、認めるんだ。
少々的が外れた感じがするがどうでもいいか。
「それより、ここはどこで、君は誰なんだよ。僕と何の関係があるんだよ。」
「そう焦るな、禿げるぞ?」
まるで僕を挑発するように、僕を扇動するように彼女は嘲笑った。
その笑いを見る度に、不思議と僕の心は荒立っていった、何だこれ。
内側からボコボコと盛り上がる様な感覚を押さえ付け、彼女に質問をする。
「・・・早く答えてくれよ。」
「・・・ふうん、そこまで言うのなら仕方ない、話してやろう。」
少し考え込む様な表情をした後、ため息を尽くような表情で彼女は話し出した。
「少し長くなるが構わないか?」
「構わない。」
もとより長い事で評判な校長先生の話はそれなりに好きだ。世間では珍しいといわれるが何故なんだろう。
そんな僕を余所目に、彼女は説明を話し始めた。
「まず、儂の事から話さねばならんな。」
「儂は吸血鬼だ、精々、500年しか生きていないが。」
「儂の名前から話そうか、儂の名前はクレアロレントゥ・ノスフェラトゥ・ジャベリンじゃ。」
「何だよその適当な単語だけを選んで並べた様な名前は。」
「気にするな。気にしたら負けじゃ。」
「・・・はぁ。」
「続けるぞ?次はここがどこじゃ、という事じゃ。」
「ここは儂の家、というべきか。」
「・・・?何で疑問系なんですか?」
こんなにも電波とは思わなかったが一応500年は生きているらしいので敬語を使う。
しかし、
(何か、幼女に敬語を使いながら会話するって・・・・・。)
興奮する。と言い掛けた僕は最早末期なのだろうか。
しかし、彼女はそんな僕を意にも介さない様子で淡々と僕に返した。
「ここは俗に言う、異次元みたいな物じゃ。」
「へー、異次元かぁ。・・・・・・えっ。」
「何じゃ?聞こえなかったのか。異次元空間と言ったのじゃ。いや、正しく言えば自らの皮膚を代償として創り出した空間の方が正しいかのう。」
「・・・・えっ。」
「まぁ自らの脊髄と内臓を代償とする武器よりはましじゃがな。何なら見せてやろうか。」
そう言った途端、彼女は自分の背中に手を思い切り刺し込んだ。
「・・・っ!?」
突然のスプラッターな光景に絶句している僕を余所目に、彼女はまるでこれが当たり前かの様な態度で背中を弄繰り回す。
ぐちゃぐちゃごりがりめきゃあ、と生々しく、水っぽい音が聞こえる中、彼女は彼女の物と思われる骨を抉り出した。
ソレには生暖かそうで、水っぽい血が付いており、ポタリポタリと滴り落ちていた。
「んっ、やはり、この感触は、んっ、慣れんのう。」
慣れた手付きで骨をクルクルと回転させる彼女の背中は、既に塞がっていた。まるで、元から背中を抉られた痕跡が無いかの様な。
「・・・・・『顕現せよ。代償は脊髄、得る物は。絶対に折れない、剣。』」
彼女が呟いた瞬間、脊髄は一瞬にして光に包まれた。眩しくて思わず手で遮る。
しばらくして光が止んだ後、多少の眩みが残っている目をじっと凝らす。すると、
彼女が持っていた脊髄は、鍛えられた剣となっていた。
「・・・まぁ、こんなもんかのう。脳やら心臓やらを代価とすればもっとエゲつないのを創れるんじゃが。」
衝撃的だった、漫画みたいな、小説のようなファンタジーなんて、この世にある筈がないと思っていた。
でも、存在していたんだ。僕の目の前に、たった今、存在しているんだ。
圧巻、呆然、唖然、絶句、様々な感情が渦巻いている僕に、彼女は更なる一言を重ねた。
「あ、ついでにこれも言っておくぞ。」
「・・・何だよ。」
「儂とお前の関係なのじゃが。」
「お前は儂と同じ、吸血鬼じゃ。」
「・・・・・は?」
本日二回目の驚きと共に、手首に付いた手錠がジャラリと揺れた。




