第0話 | 『声』氏
「転生憑依者」――それは、魂が別の肉体へと移り変わる者たちのことを指す。
しかし、この世界にはそれとは異なる存在がいる。肉体が――神話の存在に憑依される者たちがいるのだ。
山田結城、16歳。
彼は8歳の時、自らの内に眠る“存在”を目覚めさせた。
かつて彼が「ヴォイス氏」と呼んでいた、その正体不明の存在を。
「太陽に手を掲げよ。我が血肉となれ。さすれば我は汝の熱となろう」
それは幻聴などではなかった。
世界には他にも、“存在”を宿す者たちがいる。
神話は空想ではない。
それは、人に宿る力として今もなお息づいているのだ。
やがて結城は世界へと旅立つ。
各地の神話と出会い、自らと同じ“存在の宿主”たちと対峙しながら、
「転生憑依者」とは何なのか――
そして、自分自身とは何者なのか、その真実へと迫っていく。
2018年8月14日、日本・大阪
僕の部屋には穏やかな風が吹き込み、カーテンがやさしく揺れながら太陽の光を包み込んでいた。すべてが、美しい一日になることを予感させていた。
僕の名前は山田結城。当時8歳で、父さんと母さんの三人暮らしだった。母さんは中学校で社会学を教えていて、父さんは道頓堀の近くで酒屋を営んでいた。
僕はまだ小学生だったが、かなり優秀な生徒だったと言っておこう。はは。
でも、そのことは今の話にはあまり関係ない。
実は、両親に隠している小さな秘密があったんだ。
僕には空想の友達がいる。いつも耳元でささやき、どんな決断をすべきか、何を考えるべきかを教えてくれる存在だ。
彼は一度も自分の名前を名乗ったことはない。ただ、「私に身を委ねろ」みたいな奇妙なことばかり言っていた。
声の感じからすると、60歳くらい……いや、もっと上かもしれない。ああ、そういえば、その時まで彼の姿を見たことはなかった。ただ声だけの存在だった。
僕は彼を「ヴォイス氏」と呼んでいた。あまりひねりのない名前だろ? でも彼は、それだけの存在だった。ただの声。
……そう思っていた。
午後3時30分、僕は日本の動物図鑑に色を塗っていた。すると彼は時折こう言った。「太陽を仰ぎ、汝の現実に手を伸ばせ」と。
どういう意味なんだろう? 変ななぞなぞか? いや、なぞなぞにすらなっていない。
僕は無視して作業を続けた。
でも色を塗るたびに、彼はまた語りかけてくる。「汝の意志を我がものとせよ、さらば我は汝の熱とならん」といった具合に。
確かに老人のような話し方だ。きっと年寄りなんだろう。
でもそんなことはどうでもよかった。彼は僕の友達だったから。
学校に友達はいなかった。みんな僕を「傲慢で生意気だ」と言ったけれど、あいつらこそ何様なんだ?
子供は自分より優れた者を見ると嫉妬して攻撃的になるものだ。
まあ、だからこそ子供は自分の立場を知るまで本当の意味で成長しないんだろう。
だから僕には友達がいることが嬉しかった。自分の考えを共有できる相手、僕と同じくらい知的な相手が。
そう、幼稚なガキなんて必要ない。僕には僕と同じくらい成熟した友達がいるんだから。
夕方、玄関の開く音が聞こえた。仕事から帰ってきた両親だ。
父さんは16時10分に店を出て、16時30分に終わる母さんを学校まで迎えに行くのが日課だった。
あ、そうだ。
父さんはいつもどら焼きを買ってきてくれるんだ。
袋いっぱいの大好物。考えてみれば、僕はすべてを持っていたんじゃないか?
忠実な友達、素晴らしい両親、大きくて綺麗な家、そして知能。はは、これ以上何を望む?
階段を上がる父さんの足音が聞こえた。母さんよりも力強いからすぐ分かる。
椅子を回して感謝の笑顔を浮かべたその時、また彼が言った。
「汝の肉と血を捧げよ、さらば我は汝に魂を授けん」と。
何を言っているんだ? なぜこんなに不気味に聞こえる? 以前も尋ねたことがあるけど、彼の答えはいつも似たようなものだった。
「存在することこそが生の意味である。だが、すべての生者が本質的に存在するわけではない」
矛盾している。生きているなら存在しているはずだろう?
「太陽に手をかざせ。瞳を閉じれば、人は見えぬものまで見通せる」
意味は分からなかったが、言われた通りにした。
目を閉じ、太陽に手を伸ばす。……何も起きない。
いや、起きるはずがない。
でも体が軽くなった。浮いているような……いや、本当に浮いていた。
目を開けると、彼がいた。筋骨隆々の男だった。全裸だったが、股間には何もなかった。男らしくないな、なんて。
筋肉は父さんよりすごかった。そして顔は……どう言えばいい?
「美しい」としか言いようがない。黒い波打つ髪、そして僕にそっくりだった。まるで大人になった僕の姿。青い瞳は空のようで、狩人のように鋭かった。
そして背中には巨大な球体が浮かび、回転していた。あれは地球だったのか?
触れようとすると手はすり抜け、自分の手は半透明になっていた。
彼は重厚な声で言った。
「汝の意志により我は目覚め、我が意志により汝に報いん。この星は我のもの、我は汝のものだ」
正直、少し照れた。愛の告白か? ごめんよ、僕はそっちの趣味はない。
その時、ドアが開き父さんが立っていた。袋を落とし、目を見開いている。
彼は父さんに向かって歩き出した。父さんは彼を掴み、怒りと恐怖と混乱が混ざった表情で叫んだ。
「貴様、何者だ!? 息子の部屋で何をしている! 結城はどこだ!?」
そうか。父さんには僕が見えていない。僕は幽霊のような状態だった。
ヴォイス氏は穏やかに言った。
「我は人類より生じた意志なり。生者の存在と信仰を結ぶ者なり」
父さんは青ざめた。
「な、なぜ……光っている……?」
そう、彼の体は金色に輝いていた。
下から母さんの声が聞こえた。「上で何を騒いでいるの!?」
父さんは叫んだ。「凛! 拳銃を持ってこい!」
花瓶を掴み、突進する父さん。しかしその瞬間、彼が振り向き裏拳を放った。
衝撃音が遅れて響いた。
父さんの上半身が壁を突き破って吹き飛んだ。
腰と脚だけが残り、血と脊椎が散らばった。
その時、僕は思った。
「……すごい!」
人間にあんな力があるはずがない。ヴォイス氏、君は何者なんだ?
意識はそこで途切れた。彼の体へ、いや「僕の体」へ吸い込まれていくのを感じながら。
目が覚めたのは五週間後だった。
母さんは殺人容疑で裁判にかけられたが、証拠はなく無罪となり、事件は未解決になった。
爆発か、正体不明の犯人か。指紋もDNAも何も残っていなかった。
母さんは憔悴しきっていた。隣で眠る彼女は青白く、酷い隈があった。
可哀想な母さん。
でも僕は違った。僕は幸せだった。ヴォイス氏に直接会えたのだから。
「ねえ、父さん。これは父さんからのプレゼントだったの?」
彼を見せてくれるための。
ありがとう、父さん。
僕はその幸福のまま成長し、16歳になった時。
ヴォイス氏について、そして自分自身について、さらなる真実を知ることになる。
「著者のVioletOPです。『Mythbound!』を読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。この物語を書き、皆さんと共有できることを心から嬉しく思っています。皆さんに愛を込めて!」




