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食屍鬼 -蜘蛛糸-  作者: 藤岡
揺らぎ
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12

凱斗が入った建物の中は薄暗くシンと静まり返っていた。

凱斗は階段を下る。

物音何一つしない空間に一つの扉が姿を現す。

ドアノブに手をかけ捻ると、それは固く開くことを拒んだ。

「……開けろ。」

凱斗が声を掛けると中で何かがひっくり返るような大きな物音がした。

凱斗は再びドアノブを捻るがやはり開かない。

ドアから少し離れ、力いっぱい蹴破るとその先には椅子から転げ落ち怯えた表情を見せる大橋の姿があった。

「久しぶりだな。元気にしてたかぁ?」

薄暗い中で鋭く光る眼差しが大橋の心を突き刺した。

「ごべ……ごべんな……ゥアアッァアッ」

ひっくり返った大橋の上に馬乗りになり大橋に暴行を与えた。

殺しても、殺しても、殺しても、気が済まない。

何度コイツを殺そうと、この怒りが消えることは無い。

凱斗は大橋の言葉を遮るかのように殴り続ける。

「……ヒュッ………ヒュッ…………」

大橋は話すことを諦め、不器用に呼吸をする。

凱斗は殴る手を止めることは無かった。

「何をしているのです?!」

凱斗は後ろから駆け寄る桜庭に腕を掴まれる。

「……離せよ桜庭。」

「お気持ちは分かりますが…私達は真相を知らなければなりません!今この人を殺めてしまったら何も知ることが出来ないのですよ?!」

「……わかってるよ!」

凱斗は声を荒らげると桜庭の腕を振り切り立ち上がる。

「……わかってる、分かってるんだ。ごめん。」

大橋と桜庭に背を向けた凱斗は壁を殴り付けた。

ポロポロと崩れる壁。

凱斗の拳が赤く染る。

「貴方が姿を消した後、話していた方もここの隣の建物に入っていきいくら待っても戻らないから何かあったのかと貴方の後を追ってこれば……あの方が情報を持っていると知っていたのですね?」

「……あぁ。でも確信はなかった。ここに初めて来た時、また客だと周りの人間が騒いでいた。その中の一人が白衣を着た男と言うワードを発した。キョウという名も聞こえた。」

「キョウ……あの方がこの街の……。」

「大橋が頼る存在、この混沌とする街を仕切る存在、まずは彼の事を調べたかった。」

「どうして私に話してくれなかったのです?」

「………分からない。」

「また貴方はそうやって一人で抱え込む。前会長やお父様達に叱られてください。」

「……あぁ、悪かったよ。ごめん。」

「で、調べて確信を得たというわけですか?」

「うん。彼の生業は反社会的行動。薬物と人身売買、その他にも彼が求める金額を渡せばなんだってやる。所謂反社会の何でも屋。大橋が貯め込んでいるのは知っていた。大橋が全額渡せば喜んで彼は匿うだろう。それに、大橋の口座は今すっからかんだ。なぁ?」

凱斗は振り返ると大橋の目を見る。

大橋は腫れ上がった顔をし、涙を流す。

「桜庭も知ってる通り俺たちの地区とここは関係が無い。下手には首を突っ込むことが出来ない。彼の一声でこの地区の人間が俺達の邪魔をする。邪魔をされれば俺達は食屍鬼を討伐出来なくなるし、そうなれば被害拡大でまたあの時のようになってしまう。それに彼は無闇矢鱈に俺たちみたいな人間と会おうとはしない。」

「だから最初に顔を出さなかったのですね。」

「だが、輝血のお陰で俺は彼と接触することが出来た。最初は討伐前だったから大橋の居場所を聞くこともやめた。」

「どうして……その時に聞き出していれば。」

「あの森に食屍鬼がいる事はもう分かっていたし、大橋が逃げ出さない確信もあった。」

「確信、ですか?」

「ああ。大橋は俺達が食屍鬼を討伐すればこの街から大人しく出ていく、そう思っていたんだろう。それに、俺達が来たことにより自分は逃げ出しもうこの街にはいないと思うだろう、だなんて浅はかな考えでもしていたんだろう。」

「……。」

「俺達が大橋を探していたとしても彼に会わなければ俺達に居場所がバレる事も無い。彼は俺達に自分から会いに行くことは無い。」

「なるほど……。」

「だが、輝血のお陰で俺は彼と接触し、彼も俺が何を望んでいるのか瞬時に察したのだろう。今回俺が話す前に向こうから持ちかけてくれた。お陰でスムーズにここに辿り着くことが出来た。」

「勝手な行動は褒められませんが……輝血さんのお陰で今回の食屍鬼問題の解決に一歩近づいたという事ですね。……ところで凱斗さん、輝血さんはどちらに?」

「……隣の建物内だ。俺が森に探しに入った時、彼が輝血を連れて走り去る姿を見た。助けてくれたんだろう。」

「そうでしたか。だから帰りが早かったのですね。では、隊員を呼び大橋さんと輝血さんを連れて戻り──」

「輝血は置いていく。」

「え、どうしてです?」

「アイツは……今揺れてるだろうから。」

「揺れているって……?」

「俺といるか、彼といるか。」

「はい?」

桜庭は理解が追いつかない様子で、一つ呼吸をすると目を瞑り自分の頭の中で言葉を並べ必死に理解しようと組み立てた。

「そんなの凱斗さんといる方が良いに決まってるじゃないですか。それに輝血さんは今は龍の一員です。……彼と共に過ごすという事はまた前の環境に戻る…いや、それよりももっと過酷な環境に足を踏み入れるということですよ?!私達が止めてあげるべきです。」

「そんな事は分かってんだよ。でも縛り付けたままってわけにもいかねぇだろ。」

「だからってそんな悪の道に進もうとするのを黙って見過ごす訳にはいかないじゃないですか!」

「アイツにとって悪なのは俺らだろ。」

桜庭は言葉を詰まらせた。

「自分の居場所を奪い、父親を奪い、仲間を奪い、力に制圧され、狭い世界に閉じ込められて息苦しい中でも逆らうことは許されず、自分がした罪を盾に憎しみしかない組織の一員にされた。」

「それでも……世間一般から見た悪は当時の彼達で──」

「アイツだってそんな事分かってるだろ。だから黙って俺達のそばにいる。……根は優しくて良い奴なんだよ。幸輝が育てたんだぞ?そりゃあもう良い子だろうよ。でもその後の環境が輝血を狂わせた。……俺はどうにかしてアイツに、幸輝といた時のように戻って欲しいと願った。でも……きっと俺より彼の言葉の方がアイツには刺さるだろうな。」

「彼ってキョウさん……の事ですね?どうしてです?彼と輝血さんには何か繋がりがあるのですか?」

「いや、それは分からない。でもアイツ彼といる時の方が素の顔をしてたんだよ。桜庭も気付いてただろ?アイツが俺に向ける笑顔が無理をしていること、アイツが俺を見る目が憎しみと恐怖に支配されていることを。」

「……でも長くいるのは凱斗さんの方で……。」

「時間なんて関係ないよ。どれだけ長く一緒にいようが開かない心もあれば、短時間で心を開いても良いと思える相手もいる。そりゃそうだ、俺は輝血にとっちゃ憎しみの対象から始まったわけだし、今もそれは変わらないだろう。」

「そうは言っても──」

「彼について行くとなれば、それはまた俺達龍の敵になるということ。……彼と共に過ごすとなれば必ずいつかまた悪に手を染めるだろう。俺達は輝血が悪に染る時、手の届く場所に居たら次こそはこの手で輝血を終わらせないといけなくなる。」

「先が分かっているのに見過ごすことなんて出来ませんよ。」

「分かってるよ。本当は首に鎖を巻きつけてでもうちに置いとかなきゃいけねぇ。じゃないと今までの被害者達に顔合わせが出来ない。……だから本当は……うちでも彼の所でもない所に行って欲しい。罪はもう償った。一度は終わりを迎えたと言ってもいい程に過酷な償いをした。それで許される訳では無いし、今でも輝血達が生きていることをよく思わない人が沢山いるのも知っている。でも俺は、死が償いになるとは思えないから、少しずつでいいからこれから真っ当な道を歩んで欲しい。」

「………凱斗さんが輝血さんをそこまで想うのは輝血さんと幸輝さんの姿が被るからですね?分かってるんですよ、私もたまに輝血さんから幸輝さんの姿が見える時があります。でも、それは貴方からも感じますよ。」

「俺から?」

「ええ。気怠そうに歩く所は違いますが、貴方がよくする手を振る時の後ろ姿は幸輝さんにそっくりで、話し方や表情にも幸輝さんと被るものがあります。」

「はは、そっか。」

「凱斗さんと輝血さんも似ていますよ。凱斗さん、幸輝さん、輝血さんの三人は似ています。だから、輝血さんとはここからゆっくり歩み寄りお互いに負の感情を消していけばいいじゃないですか。……今回は助けていただいたので強くは言えませんが、それでもやはり悪に染まった方に任せるだなんてそんな事幸輝さんが許しませんよ。それに龍にも馴染んできたようにも思えます。凱斗さんとの距離も直ぐに縮まります。……龍でもキョウさんの場所でも無いところに行くにしてもまずはうちで色々と準備をさせてあげましょう。」

「……ああ、そうだよな。今すぐにだなんて俺も思っちゃいねぇんだ。」

凱斗は大きく伸びをする。

「……とりあえず俺は仕事をするよ。これが輝血の準備の一つにもなるだろう。桜庭、俺が大橋連れて行くから連絡入れておいて。森周辺に問題がなければそのまま屋敷に戻る。」

「はい。で、輝血さんはどうするのです?」

「ん?んー、一回は戻ってくるんじゃない?彼がきっと許さないタイプだと思うし。」

「え?許さないって?」

「彼はそういうの許さないんだろうなぁって目を見て思ったんだよ。確信は無いけどね。」

「え、ちょ、凱斗さん?」

「ほら、行くぞ。」

「ちょっと!どういう事です?!」

凱斗は大橋の腕を掴むとそのまま引き摺り階段へと向かう。

「イッ…いたっいたたたっ!」

引き摺られる大橋はせめて立ち上がらせてくれと頼むが凱斗は聞く耳を持たなかった。

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