01
あれから数日。
輝血は総龍隊員達に看病をされながら過ごした。
総龍隊員達の顔は常に青ざめており元気も無いようだった。
凱斗はあれ以降輝血の前に顔を出さなかった。
輝血と凱斗が顔を合わせたのは、輝血が回復してから一週間が経とうとした時だった。
「よぉ、元気か?」
輝血が仲間と屋敷の廊下を掃除している時、背後から声を掛けられた。
力強くもどこか寂しそうな聞き覚えのある声。
輝血が振り返るとそこには壁にもたれ掛かり優しく微笑む凱斗の姿があった。
「げ……んき……。」
輝血は凱斗を前にし緊張した。
初めて会った時と同じような威圧感を感じた。
心臓が大きく音を立てる。
「なんだ?緊張でもしてんのか?」
凱斗が笑いながらゆっくりと近付いてくる。
輝血はその場に立ち尽くし動けないままでいた。
凱斗は輝血の頭の上に手を置くとポンポンと優しく叩く。
「ごめんな。」
凱斗は小さな声でそう言うと輝血達の隣を通り過ぎ、足音が小さくなっていく。
輝血は何に対する謝罪なのか分からないまま、でも今凱斗を追わなければならない。そんな気持ちになった。
自分がどうして緊張しているのか。
どうして声が出せないのか。
分からなくて気持ちが悪い。
輝血は気付けば走り出し、凱斗の袖を掴んでいた。
「なんだよ。」
振り返らないまま話す凱斗から一歩離れ黙る輝血。
沈黙が続く。
「用がないならもう行くぞ。」
凱斗はそう言うと手をヒラヒラとさせ歩き出す。
「……っ」
輝血は自分が何をしたいのか分からずに、黙って凱斗の後ろ姿を見ることしか出来なかった。
──────────────
「どうしたのかーくん?」
部屋に戻り隅で座ったまま俯く輝血を心配した懍が声を掛けると、輝血は顔を上げてため息をつく。
「人の顔を見てため息つくの辞めてくれない?」
懍はふくれっ面をしながら輝血の隣に座る。
「わかんねぇんだ。」
輝血は騒ぐ仲間たちを見ながら呟く。
「何が分からないの?」
懍は輝血の顔を覗き込む。
「俺はこんな人間だったか?」
「え?」
「俺は……こんなに弱い人間だったか?」
「………。」
懍は黙ると優しく輝血の頭を撫でた。
「俺は初めてあの人に会った時、今までにない程の恐怖心を感じた。あの人の目を見ると今でも恐怖に支配される。少しは慣れたつもりでいたけど、今日また俺はあの人の事を怖いと感じた。」
「かーくん……。」
「俺は……あの人に勝てる自分が想像出来ない。」
「それは俺達も一緒だよ。かーくんだけじゃない。」
「柏木は凄いよな。理由はどうであれ、あの人を近くで見てきて、それでも立ち向かおうとした。そんなアイツを俺は最初に弱虫扱いをした。」
「でもあの時は仕方ないよ。
柏木達が噛み付いてきた割には卑怯で弱虫だったんだもん。
……でもまあ……今思えば自分の罪滅ぼしだとしてもよく龍に噛み付く気になったな、とは思うけれど。」
「……そういや懍。」
「ん?」
「その柏木はどこにいるんだ?」
「柏木は別の部屋だよ。白龍の隊員といる。」
「白龍の隊員と……?」
「そう。俺達も会えていないから何をしているのかは知らないんだ。」
「そう……か。」
「ねえ、かーくん。」
「何?」
「俺たちが救い出したかった仲間はこの屋敷にまだいるのかな?」
「……。」
「俺たちが食屍鬼を復活させていたとして、従わせるなんてことが出来たのかな?」
「……。」
「俺たちは……間違えているよね。」
「……ああ。」
「仲間を救いたかったのに大勢の仲間を失った。家族を失った。お父さんも居なくなった。男と女はバラバラにされた。子供達も俺たちの手の届かない所へ連れていかれた。」
「懍……。」
弱々しい声で話す懍を見て輝血は眉を下げる。
「俺は龍が嫌いだ。
立場が違うだけで俺たちと同じことをしているんだ。いや、俺たち以上の事をしている。俺たちの気持ちなんて分からない、分かろうとすらしない。そんな奴らが偉そうにしているのが気に入らない。……って思ってたんだ。」
輝血は黙ったまま懍の話を聞いていた。
「ここに連れてこられた時、更にその気持ちが強くなった。
でもね、でも……食屍鬼になってしまった家族を……家族を……斬った会長を見た時……俺はあの人はただ残酷なだけじゃないんだと思った。
俺たちの家族だから躊躇なく斬った訳じゃないのを知ってしまった。
あの人……家族の事を思って斬ったんだ。」
「そうだね。」
「人間としての最期を与えてくれたんだ。謝ってたんだ。
俺はね、かーくん。俺とかーくんは最強だって思ってた。弱っていたかーくんはともかく俺まで足がすくんでしまった。自分の弱さを実感したよ。」
「家族がいきなりあんな姿になれば誰でも動揺するだろ。」
「そうかもしれない。
それに、俺はきっと食屍鬼に対する恐怖心なんて1ミリもなかったんだと思う。
都合良く自分の中で、自分と自分の家族は大橋のポジションになれる事を想定していたから。
被害者側になるなんて思っていなかったから。
……あの人は食屍鬼という存在を知らないまま被害者になってその後ずっと立ち向かい続けたんだよね。……俺には無理だ。」
懍は何かを諦めたかのような顔をして、ヘラッと笑ってみせる。
「かーくん、俺は龍の犬でもいい。」
「……そうか。」
「俺だけじゃない。ここに居る家族みんなそう思っている。」
「……そうか。」
「食屍鬼復活を望んでしまったことを今は心の底から反省している。……かーくんはどう思ってるの?」
「俺も……もう遅いけれど食屍鬼復活はダメだったと思っているよ。俺達の想像通りの復活を遂げていたらきっと龍だけじゃなくもっと多くの犠牲者を出していただろうし、より多くの家族を失っていただろう。」
「だよね。俺たちの考えは甘かったよね。」
「そうだな……。」
「あともう1つ。
かーくんがいない時に聞かされたんだけど、俺たちも家族と同じものを口にしていたあの料理が原因らしくてね、俺たちも治療しなきゃいけないんだけどその話は聞いた?」
「いや、聞いていない。」
「明日から始めるんだって。」
「治療って何をするんだ?」
「分からない。詳しくは明日説明するって。」
「だからあの人は俺の前に姿を現したのか……?」
「どうだろう。会長はほとんど屋敷に居ないし、居たとしても話しかけるなって隊員に言われてるから……たまたま帰ってきた時に会ったんじゃない?」
「そうなのかな……。」
それから輝血と懍は隊員に呼ばれ仲間達と食堂へと向かい食事を済ませ、そのまま浴場でゆっくりとした時間を過ごし、部屋に戻り布団の中へと入った。
寝息を立て眠る仲間に、隊員が部屋に置いていった雑誌を読む仲間。
輝血は横になり天井を見つめながら考えた。
どうして自分には治療の話がされなかったのか。
どうして凱斗に対して再び強い恐怖心を抱いたのか。
自分はこのまま龍の犬として過ごすのが正しいのか。
答えを出せないまま時刻は夜中の2時になろうとしていた。




