02
暖かい。
いい匂いがする。
ここはどこだ?
薄らと見える白い世界に目が眩む。
「目が覚めましたか。」
優しい男の声が聞こえる。
重い手を上げ瞼を擦ると、眼鏡をかけた男が視界に映った。
「ここは……。」
眼鏡をかけた男は呆れた顔をして隣の椅子へと腰をおろす。
「総龍医務室の一室です。」
「医務室……。」
「全く、貴方って人は無茶を為さる。具合が優れない場合は直ぐに声を掛けるように言われていたはず。どうして倒れるまで我慢をしたのですか。」
眼鏡の男がため息をつくと、輝血は申し訳なさそうに身体を起こした。
「ごめんなさい、桜庭さん。」
桜庭は少し驚いた顔をする。
「名前、覚えてくれていたのですね。」
輝血は俯く。
「あの……隊員さん達は……?」
「凱……長も隊員も無事です。安心してください。ただ、貴方が大橋さんと話す事は出来なくなってしまいました。」
「それは……もういいです…。あの人達が無事ならそれで……。」
輝血の言葉を聞いた桜庭は立ち上がるとどこかへと電話をかけ始める。
輝血は俯いたまま、あの時見た映像を思い出して息苦しさを感じていた。
「ええ。目を覚ましましたよ。……貴方と違ってそんなすぐには元気になりません。それに彼は暫く安静にするようにと医者にも言われています。」
少し声を荒らげる桜庭の電話相手が凱斗だと輝血はすぐに察した。
「だからまた後日でお願いし───」
桜庭が言葉を言い終わる前に扉が開く。
「もう来ちゃった。」
ニコリと笑う男を見て桜庭はプルプルと震える。
「貴方って人は!!!!!!」
屋敷に響き渡る桜庭の怒鳴り声と、ヘラヘラと笑う凱斗。
輝血は不思議と懐かしい気持ちになった。
「よぉ。おはよう輝血。ぶっ倒れる前に上に行けよな。」
凱斗は怒る桜庭をスルーして輝血のベッドの隣にある椅子に腰をおろし、桜庭はブツブツと文句を言いながらもお茶の用意をする。
「ごめんな。」
輝血が凱斗を見ると目が合った。
その目は優しく温かかった。
「どうして謝るの?」
「話させてやる事が出来なかった。ごめん。」
「ううん、それは俺のワガママだから。優先すべきは龍の仕事だから。大丈夫。」
輝血の言葉を聞いた凱斗は少し目を大きくする。
「お前ってそんなに聞き分け良い子だったか?ははっ、なんかもっと噛み付いてくるイメ……あー、いやでも俺には噛み付けなかったっけ?」
ニヤニヤしながらそう言う凱斗を軽く睨みつけると、凱斗はヘラヘラっと笑ってみせた。
「凱斗さん。あまり子供をからかうもんじゃありませんよ。」
桜庭が差し出すお茶を手に取った凱斗は熱い熱いと文句を言い、フーフーと冷ます。
「輝血さんはこちらを。」
そう言って渡されたのはほどよく冷まされたお茶だった。
それを見て凱斗は桜庭をジッと見つめる。
「ねえ、もしかして物凄く怒ってる?」
「なんの事ですか?はやく飲んで隊員達の所に戻った方が良いですよ、会長。」
「怒ってるよね?俺の凄い熱いし。」
「何を仰られているのか私には理解し難いですね。」
「ごめんって!そんな怒んなよ!な?」
「怒ってなんてないですよ。早く戻ってください、会長。」
凱斗は「おー、こわ。」と小さな声で言うと無理矢理お茶を飲み干し立ち上がる。
「あーっと、輝血。お前はあと数日この部屋にいろ。桜庭以外の隊員達も付いてるから何かあれば直ぐに声を掛けろ。分かったな?」
「うん。」
輝血の返事を聞き、凱斗は桜庭に湯呑みを渡す。
「ご馳走様でした。あとは任せたぞ桜庭。」
「承知致しました。」
桜庭は湯呑みを手に持ち頭を下げ、凱斗は背を向け手をヒラヒラとさせ、そのまま部屋を後にした。
桜庭は湯呑みを洗いに扉近くのキッチンスペースへと移動する。
輝血は渡されたお茶を一口含むと、自然と涙が溢れた。
湯呑みを洗い終わった桜庭はそんな輝血を見て少しギョッとした表情をする。
ヤレヤレと手を拭き、先程まで凱斗が座っていた椅子へと腰をおろし、輝血の背中を撫でた。
「色々な思いが押し寄せてきたのでしょう。涙は流したいだけ流せば良いです。」
桜庭の言葉を聞いて輝血は声を殺して涙を流し続けた。
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しばらく経ち落ち着きを取り戻した輝血は桜庭に尋ねた。
「あの日の事を知りたいんですけど……。」
輝血の言葉を聞いた桜庭はうーんと考える。
「貴方には知る権利があります。ですが私には話す権利がありません。」
「権利……?」
「組織内での事は会長以外の者が簡単に話すことは出来ません。会長に命じられていれば話は別ですが、今回は会長から話すようにとは言われていません。なので私が勝手に話す事は出来ないのです。」
輝血が「そうですか……。」と顔を暗くさせると、桜庭は優しい表情を向けた。
「会長直々に話してくれるはずですよ。貴方が元気になってから、ね。」
「直々に…?」
「最初からそのつもりだったのでしょう。今日私の言葉を無視してこの部屋に来たのも、今の貴方の状態を確認したかったから。あの人は貴方の事をとても気に入っているようですね。」
「どうして俺なんかを気に入るんでしょう……俺がしてきた事は許されない事だし、嫌われるならわかるけど……。」
「……それも後にわかると思いますよ。ま、あの人の性格的に何を考えて何を思って気に入っているのかは私達には分かりませんが。それなりの理由があるはずですよ。」
桜庭は輝血の手を優しく包み込み、微笑んだ。
「今は元気になる事が優先です。貴方の仲間も待っています。今日はきちんと食事を摂ってもらいますよ。」
「はい。」
輝血は不器用な笑みで答えた。




