01
薄暗くジメジメとした空間。
青龍屋敷とは違い、所々が汚れ多少の臭いがある。
「輝血はこの部屋に隊員と待機。」
凱斗が指さす部屋は出入口から一番近い部屋だった。
凱斗は背を向けたまま手をヒラヒラとさせ奥へと向かって歩く。
輝血は隊員達と共に指定された部屋に入る。
部屋の中は少し明るく、ジメジメともしていない。
壁には大きなモニターが取り付けられており、カメラの位置的に斜め上から部屋全体が見える。
部屋の真ん中には既に傷を負った全裸の大橋が椅子に縛り付けられグッタリとしていた。
そして、大橋は少しずつ光に照らされていく。
顔を上げた大橋は眩しそうな表情を見せると共に天を仰ぐ事となる。
「あちゃー、やっぱり会長は容赦ないわ。」
「部屋に入って早々顎を蹴り上げるか?普通。そいつ話せなくなっちゃいますよ、会長~!」
輝血と共にモニターを見ていた隊員二人が少し嬉しそうに話す。
輝血は隊員をチラリと見た後モニターへと視線を戻すと、前屈みになり大橋の前髪を掴み上げる凱斗と涙を流す大橋が映っていた。
凱斗の表情は見えない。
が、どんな目をしているのか輝血はすぐに分かった。
酷く脅えた表情をする大橋を冷たい瞳で見ながらニヤリと笑みを浮かべている凱斗の顔が思い浮かぶ。
二人の会話は聞こえない。
凱斗が何を聞いているのか、大橋が何と答えているのか分からない。
少し経つと凱斗は大橋の前髪から手を離し背を向け歩き出した。
大橋は何かを叫んでいるようだった。
「おいガキ。」
輝血は隊員に声を掛けられ渋々画面から目を離す。
「気分はどうだ?」
「別に平気だよ。」
「そうか。」
「どうして?」
「会長から気に掛けろと言われている。少しでも気分が悪くなったらすぐに上に連れて行く。我慢せず言うんだぞ。」
「……うん、分かった。」
輝血と隊員はモニターへと視線を戻した。
輝血は不思議で仕方なかった。
どうして凱斗はここまで自分を気にかけてくれているのか。
口を大きく開き何かを叫んでいた大橋の口が閉じた。
体を大きく震わせている。
足元に水溜まりが出来始める。
首を横に振り、再び何かを叫んでいるがきっと凱斗にはその声は届いていないのだろう。
何かを手に持ち大橋の前へと戻ってきた凱斗。
靡く銀髪の隙間から笑みが見えた。
凱斗はノコギリを持つ手を上へと振りかざし、刃を上に向けるとゆっくりと自分の肩へと当てトントンと動かす。
気怠そうに立ちながらウンウンと頷き大橋の言葉を聞いているようだ。
大橋は必死で訴えかけている。
何を言っているんだ?どんな会話をしているんだ?と隊員は気にしながらも画面から目を離せないでいた。
それは輝血も同じだった。
凱斗は手を下ろすとしゃがみこんで体を揺らした。
「泣いているのか……?」
輝血がポツリと呟いた言葉を聞いて隊員が笑う。
笑う隊員を不思議そうに見る輝血に隊員は笑顔で答えた。
「会長も今の俺たちと同じ。」
「同じ?」
「そう、笑っているんだよ。」
「笑っている?」
隊員がモニターを指差すので輝血はモニターへと視線を戻す。
しゃがんだまま体を揺らし、ノコギリを地面に叩きつけている凱斗。
その様子を見て顔を真っ青にする大橋。
少し経ち凱斗が顔を上げ、青ざめる大橋と目が合った。
体を大きく動かし椅子ごと倒れ込む大橋の髪を掴み何度も、何度も繰り返し起き上がらせる凱斗。
また大橋が倒れ込むと次は足を掴みそのまま引き摺ってみせた。
それでも逃げようと必死に体を揺らす大橋に、凱斗は裁きの手を下した。
椅子の足と固定されている大橋の足にノコギリを当てる。
大きく体を揺らし邪魔をする大橋に苛立った様子の凱斗は、大橋の腹部目掛けて蹴り上げた。
それでも動き回る大橋を見てニヤリと笑う凱斗。
ノコギリをその場に投げ捨て、大橋の体を起こす。
「お?捨てたぞ」
「大橋が何を言っているのか気になるな。」
「このまま話だけで終わるか?」
「既に相当ダメージは負っているはずだから……お前が大橋と話せるのは別日かもしれないな。」
隊員は輝血の背中をポンと叩く。
「いや、もう話せないかもしれない。」
輝血が小さな声でそう言うと隊員達は不思議そうな顔をした。
「どうしてだよ?」
「気分が悪いのか?」
隊員達は少し心配そうに輝血の顔を覗き込む。
「気分は悪くない。大丈夫。」
「じゃあどうしてだ?」
隊員の一人は輝血の顔を覗き込んだ。
「笑っていた。」
「笑っていた……会長がか?会長はこういう時よく笑っているぞ。」
「おっかないよな。俺は結構メンタルにきて笑えなくなるよ。」
隊員達は怯えるふりをしてみせる。
「あの笑みは……魔王様だ……。」
輝血の言葉を聞いて隊員達は吹き出した。
「確かに魔王様!ピッタリだな!」
ケラケラと笑う隊員達。
少し息が荒くなる輝血。
「魔王様、心の中でそう呼ぼうかな。」
「やめとけ。声に出したら終わりだぞ。」
「確かにそれもそうだ……ってマジかよ!」
笑いながら話していた隊員がモニターへと視線を戻すと、少し目を離したのを心の底から後悔した。
いつの間にか再びノコギリを手に持つ凱斗。
転がったままの大橋の周りに飛び散る血痕。
その周りに落ちる指。
今にも地に落ちてしまいそうな片足。
大橋の口周りは嘔吐物で汚れており、血が混じっているようだった。
そして、一点を見つめて動かない大橋。
それを見つめる冷たい眼。
「まずい。俺は会長の所へ行く。お前はそのガキを見とけ!」
一人の隊員が慌てて部屋を飛び出すと、もう一人の隊員は焦った様子で輝血に声をかけた。
「上に行こう。」
輝血は「まだ大丈夫。もう少しだけここで見ていたい。」と答えたが、隊員はため息をつく。
「息が上がっている。顔色も悪くなっている。無理はするな。上に行くぞ。」
輝血はそれでも「大丈夫だから。」と座ったままでいた。
「はぁー……お前が大橋と話したい気持ちは分かったよ。でもお前も見ただろ?会長が殺っちゃったの。もう話せねぇの。お前が言った通りになった。どちらにせよここにいても話せないし、こうなった時の会長も機嫌が良いとは言えない。大人しく上に行くんだ。」
隊員が輝血の手を掴み立ち上がらせると、輝血は少しフラついた。
気分を悪くしてしまったのはきっと話せる相手と話せなくなってしまったショック、苛立ちからきたものだろう。
輝血はそう自分に言い聞かせもう一度モニターへと視線をやる。
「……待って。」
輝血は声を震わせる。
「なんだ?一人じゃ歩けないか?」
輝血は黙ったままモニターを見続けた。
隊員は呆れた顔をしながら輝血の腕を掴む。
「隊員さん、早くあの人たちの所に!」
「は?なんでだよ?」
凱斗の後ろに先程まで一緒にいた隊員が駆け寄る姿が映し出される。
「会長はアイツが連れて上がるし、こんな事一度や二度じゃ無いから大丈夫。任せておけばいい。」
「違う!」
「いい加減にしろよお前。さっきからなんなんだよ。」
「早く……。」
隊員は輝血の肩を掴み引き寄せるとそのまま扉へと向かう。
「俺がやるべき事は早くお前を地上に連れて行くことだ。会長の命令に背いたら俺が大橋みたいになってしまう。」
輝血は身体を震わせながら目を見開いて隊員に向けて叫んだ。
「会長が……会長が殺されるぞ!」
「は?」
隊員は歩みを止めて輝血を睨みつけた。
「どういう事だよ。アイツが会長をどうこうしようとしてるって言いたいのか?」
「違う!画面をよく見ろ!!」
隊員は舌打ちをしてモニターへと視線を移すと、そこに映るのは構える凱斗と、その後ろで座り込み震える仲間の姿だった。
「なっ?!」
「早く!俺はいいから!早く行け!」
輝血はその場に座り込み叫ぶ。
隊員はクソッと叫び扉を開くと駆け出して行く。
走り去る足音。
何かを話す隊員の声。
その場で動けなくなり、視界が揺らぐ輝血。
「どうしてなんだ……?」
そのまま床へと倒れ込み、輝血の視界はゆっくりと暗闇に覆われた。




