09
「や、やめっ!」
「金持ちは嫌だね。金さえあれば良いと思っているのか?」
輝血が力を込めると辺りに血液が飛び散る。
その度に男の悲鳴が鳴り響く。
「俺が欲しいものは、金と安定した生活だとでも思って過ごしていたのか?」
輝血が手に持つ鋭く尖ったハサミには真新しい血液が付着しており、地面へポタリポタリと垂れていく。
「俺があの施設で過ごしている間、お前達夫婦は間違った解釈のままのうのうと生き、贅沢をしていたんだな?」
ハサミが男の喉元へと押し付けられる
「ははっ、俺は金が無くても幸せに暮らせることを知った。俺はお前達より幸せに過ごしていた。お前達のことなんて考えなかったし、お前達に迎えに来て欲しいだなんて1ミリも思ったことがない!」
男の首からツーッと血液が滴る。
「お前達は自分勝手だよ。子の気持ちなんて考えてないだろ?考えてりゃ子を殺そうとする前に同じように働くことも出来ただろ?!俺を言い訳に使えなくなったから渋々働いてたんじゃないのか?!姿を消して、行方をくらまし、俺から隠れていたくせに今更なんなんだ?!」
「より……か、すま……い。」
輝血が目をカッと見開くと、目の前にはグッタリと前屈みになる男がいて、周りは血の海と化していた。
「なにがすまないだよ。許されるとでも思ったのか?全部遅いんだよ。……遅いんだよ…。」
輝血はハサミをポイと投げ捨て椅子に腰をかける。
ジッと男を見ていると次第に視界が歪み出し、ツンとした刺激が鼻に広がった。
部屋に入ってきた水仙に抱きしめられた。
温かくて良い匂いがした。
「輝血は何も間違ってはいないよ。」
その一言で救われた気がした。
光輝の最期の表情が頭から離れない。
男の声と顔も離れない。
俺は……俺はあの日からずっと、ずっと、この二人の事が忘れられないでいる。
どうしてあの男の事まで忘れられないのだろう。
どうして、俺から家族を奪った食屍鬼の事は忘れてあの男のことを覚えていたんだ?
憎いからこそ、忘れないようにしているのだろうか?
あの日の憎しみと怒りを、忘れないように…。
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「……ち」
誰かが名前を呼んでいる…?
「…が……!」
遠くの方で……呼んでいる……。
「輝血!!」
大きな声と共に遠くで輝いていた光が大きくなり包み込まれた。
「お前爆睡じゃん。そんなに眠れてなかったのか?」
輝血はボーッと前を見つめた。
黒スーツの男が運転している車の中だ。
隣からは聞き慣れた声がする。
「ん?寝ぼけてんのか?ちゃんと起きろ、もうすぐ着くぞ。」
ボーッとする輝血の瞳に映るのは気怠げに顔を覗き込む男の姿だった。
「俺は……。」
「……少し魘されていたけど嫌な夢でも見たか?大丈夫か?」
輝血が凱斗の方へ顔を向けるとタオルを投げつけられた。
「なっ……!」
「寝起きで不細工な面してるからそれで隠しておけ。」
ケタケタと笑う凱斗を睨む元気はあった。
もうすぐ着くぞ、と起こされ二時間程経ちようやく目的地へと辿り着いた。
車のドアを開け外に飛び出すと大きく伸びをし、気怠げに歩き始める凱斗の背中を見ながら輝血は「全然もうすぐじゃないじゃん。」と不貞腐れながら呟いた。
「会長なりの優しさだ。」
輝血の傍に居るように言われている黒スーツの男二人が呆れた顔をしている。
「優しさ……?」
輝血は男二人に挟まれた状態で歩きながら聞く。
「ああ、お前寝ながら魘されて仕舞いには涙を流してたんだぞ。会長はそんなお前を起こしてやったんだよ。感謝するんだな。」
輝血は凱斗に渡されたタオルを見つめ、再び前を歩く凱斗へと視線を戻すと、立ち止まりこちらに向かって微笑む凱斗がいた。
「光輝……?」
「会長の名前は凱斗さんだぞ。」
「……知ってるよ。」
輝血は自分の頬を強く抓る。
凱斗と光輝が重なって見えたのは、全て夢のせいだと言い聞かせながら。




