08
階段を下り、1階にある扉の前で水仙が立ち止まる。
輝血はそれに続き水仙の後ろで立ち止まった。
「この扉の先に憎き相手がいる。輝血の好きなように遊んでいい。」
「え?」
「君の大切な人を奪った彼を好きにしていいんだよ。」
「好きにって……?」
困惑する輝血を横目に水仙は続けた。
「施設の中の犯行は彼ではないだろう。でも少し考えてみてくれ。彼が君の大切な人を傷付けなければ、少し違った未来だったかもしれない。多少の犠牲を払おうとも、全滅だなんて事にはならなかったかもしれない。」
「そうかもしれない……けれど元はと言えば俺が外に出たがったのが原因で……。」
「いいや、違うよ輝血。彼が時間を奪いさえしなければ、君たち二人は施設に辿り着き未来は変わっていた。輝血は悪くないんだよ。」
輝血はあまり納得がいかない様子だった。
「自分を責めて楽になるかい?現に今こうして苦しんでいるだろう?輝血が楽になって新たな未来を歩むには、違う解決策も必要だ。それに、輝血はどちらにせよ彼と話したいとは思わないか?あの時何が起こったのか、彼は何を目的としているのか。」
「それは……少しは話したいとは思うけど。」
「なら話をするだけでもいい。行っておいで。」
輝血は頷くと扉に手を伸ばし、ゆっくりと開く。
部屋の真ん中には下を向いて椅子に座る男がいた。
「時間はたっぷりあるからね、満足いくまで遊ぶといい。」
水仙は輝血にそう言うと、ゆっくりと扉を閉めた。
輝血は辺りを見回し、部屋に入ってすぐの所に置かれた物騒な器具を見つけ、顔を歪める。
輝血は器具から目を逸らすと、男に声をかけた。
「聞きたいことがある。」
そう言うと一歩男へと近付く。
男はゆっくり顔を上げ、輝血の顔を見るやいなや涙を流して叫んだ。
「助けてくれ依睦!あの時はすまなかった!逃げるつもりはなかったんだ!」
輝血の頭がズキンと痛む。
「こんな所にいちゃいけない!一緒に出よう!話はそれからでも───」
「うるさい!!!」
一方的に言葉を投げかけてくる男に苛立ちを感じた。
輝血の怒鳴り声に身体をビクリと跳ねさせ黙る男。
輝血は部屋の隅にある汚れた椅子を見つける。
椅子を引きずり男の前まで運び、腰を下ろすと怯える男と目が合った。
「あの日どうして一人で逃げた?」
輝血の問い掛けを聞いた男は目を逸らし黙り込む。
そんな男を見て輝血は苛立ちが増した。
「なにか言えよ。」
輝血の足が小刻みに揺れ出すと、男の額から汗が流れ始める。
「……逃げるしか無かったんだ。」
か細い声で男はそう言うと、輝血の目を見たあと頭を下げた。
「申し訳ないことをした……そう思っている。」
「俺は救急車を呼んでくれって頼んだんだ。どうして電話一つかけることも出来なかった?」
男は頭を下げたままで表情が見えない。
「今思えば……電話位ならかけられたかもしれない……。ただあの時はパニックになってしまって……。自分の事しか考えられなくなっていた……すまない。」
「……もう一つだけ聞きたい。お前はあの日何をしに来たんだ?」
男はピクリと肩を揺らした。
「あの日は……依睦を迎えに。」
「今更父親面してどういうつもりなんだ?」
「……。」
黙る男を見て輝血の苛立ちが募る。
「母親はどうした?」
輝血は暗く冷たい視線を向ける。
「……母さんはもう居ない。」
男の声は震えていた。
「居ない?」
「ああ……でもいつでもそばに居る。」
「どういう事だ?」
「母さんは……死んだんだ。」
「どうして?飢え死んだのか?」
「いや、違う。……少し長くなるが聞いてくれるか……?」
男が輝血の目を見つめると、輝血はフイと目を逸らし頷いた。
男は二度、三度と深呼吸をする。
「僕……いや、父さんと母さんはあの日からずっと依睦の事を思っていた。常に考えていた。早く迎えに行こうと頑張ったんだ。」
輝血は黙ったまま床を見つめた。
「父さんと母さんは必死に働いて借金を返した。何年もかかってしまったけれど、返済出来たんだ。その後父さんは色々な人と関わるようになってね、仕事も順調に進み、ある会社の社長になった。大きな家も建てた。貯金も出来た。余裕が出来た。だから、依睦を迎えに来た。」
「金が出来たから……ね。」
輝血は男に聞こえない程小さな声でボソリと呟いた。
「母さんもやっと迎えに行けると喜んでいた。でもある日突然命を絶ってしまったんだ。」
男は涙を流すが、輝血はそれに気付かない。
「依睦に合わせる顔がない。母親として失格だ。そう書き残されたメモが見つかった。」
輝血の瞳が揺らぐ。
「父さんも申し訳ないと思っている。でもね、依睦。これからあの日までのことを償わさせて欲しい。」
輝血の耳がピクリと動き、ゆっくりと男の方へと顔を向ける。
男は輝血と目が合うと、恐怖心に支配された表情を見せた。
「は、ははっ。ははは。償わさせて欲しい?笑わせるな。」
輝血はゆっくりと立ち上がる。
「ならどうして頼んだ男を見捨てた!?お前が俺に償いたいと思うのなら!まずは頼まれた人助けくらいしたらどうだ?!」
「あの時は───」
「言い訳なんて聞きたくない!お前は俺の父親じゃない!俺の父親は光輝だけだ!母親も母親だよな。俺を捨てて直ぐに命を絶ったと聞かされる方がまだマシだ。暫くは良い生活を楽しんでたんだろ?!いざ俺を迎えるとなったら罪悪感なのか何かは知らないけど、結局俺から逃げただけだろ!?何が親だ?都合が良いただの腐った大人じゃねぇか!今すぐ俺の目の前から消えろ。……俺が今すぐお前を消してやってもいいんだぞ!」
輝血の怒鳴り声が部屋に響く。
真っ暗闇の瞳の中でユラユラと揺れる光が男の体を震えさせた。
「落ち着くんだ依睦!1回座ろう、な?」
男は焦りながら声を掛けるが、輝血の耳には届かなかった。
「ああ、そうだ。はははっ、そうだ。お前は光輝が邪魔だったんだ。そうだろ?だからお前は光輝を……ははっ、そうか。じゃあ俺が仇をとってあげなくちゃ。ごめんな光輝、こんなゴミに任せてしまった俺に怒っているよな……ごめんな……。」
輝血はフラフラと歩き出し、物騒な器具が並ぶテーブルの前で立ち止まる。
「よ、依睦!何を言っているんだ?父さんはあの人と───」
「父さんだなんて二度と言うんじゃねぇ!お前は俺の父親じゃないって言っただろ?!」
輝血は背を向けながらある器具を手に取り叫ぶ。
「もう、二度と言えないようにしてあげるよ。」
首を回し男の方を向いた輝血の口元は笑みを浮かべていた。




