07
「何をしているのかな?」
突然聞こえた声に依睦はピクリと反応をする。
「こんなに寒い中で座り込んで……。」
依睦が声のする方へと視線を向けると、長く綺麗な髪をした男が立っていた。
「誰だあんた……?」
依睦が掠れた声で問い掛ける。
「僕は君みたいに生きる希望を失った子達の居場所になる人間だよ。」
「何を言っているんだ?」
「そうだね、分からないよね。僕はこの世の全ての子供達に光り輝く未来を与えたい。絶望に飲み込まれた君のような子も、これから先は輝く楽しい未来を。」
「うるさい!黙れ!何も知らないくせに!!」
依睦が男の言葉を遮り怒鳴りつけると、男は微笑む。
「君はいつまでそうしているつもりなんだい?そこで横たわる彼は君にそうなって欲しいと、こうしたままでいて欲しいと望んでいるのかい?」
男の言葉を聞いた依睦は光輝を見つめ直す。
心配そうな顔。
きっとあの時言った言葉は「逃げろ」だ。
落ち着いてきた今なら分かる。
光輝は奴がいることを知っていた。
あの逃げた男も奴を見たのだろう。
落ち着きを失った俺は光輝の言葉を聞くこともせず、あんな男に大切な光輝の命を託し、無謀にも中へと入り込んだ挙句何も出来ずに全てを失った。
「はは、俺は死んだ方がいい。あの時に殺してくれていれば今こんな思いをせずに済んだのに。」
依睦の手が震える。
「それでも君は今生きている。」
男の優しい声が脳に響く。
「君はこの先もずっとそうして後悔をしながら生きていくのかい?」
「俺はもう……生きたくない。」
「君の家族はそんな言葉を望んでいないと思うよ。」
「だけど俺にはもう……。」
依睦の視界が暗くなる。
顔を上げると男が微笑み手を差し出していた。
「うちにおいで。うちも家族が多くてね。みんな君を歓迎するよ。今までの家族はこれからも家族のままだから忘れなくていい。僕達のことを自分の家族の代わりにしてくれて構わない。今の君をこのまま放ってはおけない。さあ、一緒に帰ろう。」
優しい声が、ジンジンと響く。
依睦は手を伸ばし、男の手を取る。
真っ暗な世界に光が見えた気がした。
これが正しいのかは分からない。
だけどこのまま悲しみと絶望に苛まれ何もしないよりは一歩踏み出した方が良いのだろう。
依睦の手を優しく握り返した男は、依睦を立ち上がらせるとそのまま自分の方へと引き寄せ強く抱き締めた。
「君は一人じゃない。いつだって君の家族がそばにいる。それに今日からは僕もそばに居る。」
依睦は静かに涙を流す。
男は依睦をそっと離すと、光輝の前へ座り込み手を合わせた。
「貴方のお子さんは僕が責任を持って育てます。」
男はそう言うとゆっくりと立ち上がり電話を取り出す。
「〇〇町の施設、クローバーの前で男性が血を流して倒れています。」
電話に向かい話す男の声は今までとは違う声。
男がやり取りを済ませ電話を仕舞うと、依睦の手を取りその場を離れようと歩き出す。
「ま、まって。」
「ん?」
「光輝を見送りたい……。」
依睦の言葉を聞いた男は少し考える。
「この場では無理だが、少し離れた場所からなら。」
どうしてこの場では駄目なんだろう?と疑問に思うが、聞いてはいけない気がして黙って頷いた。
暫くするとサイレン音が鳴り響いた。
施設の前は赤いライトが照らされる。
夜遅くに鳴り響くサイレン音に、近隣住民が顔を覗かせる。
光輝が眠っていた場所は青いビニールシートで覆われた。
パトカーの数が増える。
その中に黒いワゴン車が紛れ混んでいた。
黒いワゴン車からは黒い服を着た男が数人降りてきた。
「もう大丈夫。彼はこのまま天国へと導かれる。さ、僕達も家に帰りましょう。」
男に手を引かれた依睦の目の端に銀色の靡く何かが映り込む。
「中にいる家族は何者かに襲われていた。返事が無かったからきっと全員殺されたんだ……。」
「そうですか……だから奴らが……。」
「え?何?」
「いえ、なんでもありません。中の人達も彼と一緒に天国へと導かれるでしょう。」
振り向いた男は優しく微笑んでいた。
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色々なことがおこり整理がつかないまま依睦は男の大きな家で過ごした。
想像していたよりも沢山の子供達がいて、全員が迎え入れてくれた。
あの日初めてクローバーに行った日のことを思い出す。
中々食事をすることが出来ない依睦を心配する子達。
毎晩毎晩魘される。
光輝の顔が、声が、皆の顔が、声が
いつか自分の中から失われるのではないか?そんな不安に駆られる。
あまりにも残酷で、信じ難い現実を受け入れられるほど大人では無い。
依睦は用意された部屋から出る事は無かった。
「調子はどうですか?」
毎晩男が様子を見に来る。
「……大丈夫。」
依睦が憔悴しきった様子で応えると、男は困った表情をする。
「無理はしなくていい。ですが、ずっとこのままというわけにもいきません。」
依睦は黙ったまま天井を見上げていた。
「依睦。」
優しくも力強い声で名前を呼ばれ、依睦は男と目を合わせる。
「君はこれから別の名前で生きていきます。」
「え?」
「依睦という名とは今日でお別れです。」
「どうして?」
「これから君が輝く未来を謳歌する為に必要なのです。」
「輝く未来を……?」
「君はもう僕の子。だから、僕が命名してあげます。」
「名前を変えたら何かが変わるの?」
「ええ。何も気にせず、楽しむことができます。」
「ふぅん……。なんだかよく分からないけど、別にいいよ。この名前は憎い人が付けた名前だからいらない。」
依睦は再び天井を見上げた。
「乙桐 輝血。」
「乙桐……輝血?」
「そう。君は今日から、乙桐輝血として生きていくんだよ。」
「変な名前。」
「乙桐は別にいらないけどね、名乗る必要が無いから。でも一応苗字もあった方がいいでしょう?」
「どっちでもいいよ。」
「ふふ、輝血。君と初めて会ったあの惨劇の日、僕の視界に映る君は赤く染った血の海の上で輝いていた。」
「輝いていた?」
「そう。僕には輝いて見えたんだよ。」
「……へぇ。」
興味無さそうに返事をすると男はニコリと微笑む。
「僕の名前は鬼灯 水仙。今まで自分の名前を名乗るタイミングを失っていてやっと言えた事に安堵しているよ。」
「水仙……さん……。」
「ふふ、輝血はもう僕の子だからね、お父さんと呼んでくれると嬉しいな。」
「お父さん……か。小っ恥ずかしいな。」
「すぐに慣れるよ。」
水仙はそう言うと輝血の隣へと腰をかけた。
「輝血がこれから新たな未来を歩む為にもう一つしなくてはならない事がある。」
「何?」
「あの時あの場所にある物が転がっていた。」
「ある物?」
「刃物だよ。血液が付着した刃物。」
輝血の眉がピクリと動く
「そんな物転がっていたか……?」
「大切な家族が目の前で血を流して倒れていたんだ。気が動転してそこへ注目できなかったんだろう。」
輝血は目を閉じ当時のことを思い出そうとするが、霧がかったようにぼやけて思い出せない。
「あの場に他の人物はいなかったかい?」
「……いた。」
「その人間が刃物の持ち主だ、と言ったら輝血、君はどうする?」
輝血は再び目を閉じ考える。
「殴ってやりたい。」
ゆっくりと目を開き水仙にそう言うと、水仙は頷いた。
「これは君の新たな未来への第一歩になる。輝血、恨み憎しみをぶつけるんだ。」
輝血が「でもそんな事どうやって……?」と問うと、水仙は立ち上がり手招きをする。
「付いておいで。」
水仙はそう言うと扉を開き部屋から出る。
輝血は立ち上がると、初めてこの部屋から外に出た。




