05
翌日の朝、ボーッとしていると施設の子達が心配そうに顔を覗き込んできた。
「依睦大丈夫なの?眠たいの?」
「大丈夫だよ。心配してくれて有難う。」
依睦がニコッと笑うと、子供達もニコリと笑った。
「おはよーう!」
元気よく食堂に顔を出した幸輝と目が合う。
「おはよう依睦。寝不足か?」
丸めた新聞でポンポンと頭を叩かれる。
「寝不足だけど大丈夫。」
依睦が鬱陶しそうに新聞を手で払うと幸輝が笑う。
「今日は休みだ、ゆっくりしておけ。」
幸輝はそう言うと席につき朝食を食べ始める。
いつもと変わらない幸輝を見て、依睦は少し安心した。
休みということもあり、小さい子達に遊びに誘われゆっくりする暇もない。
でも今はそれでいい。いや、その方がいいんだ。
何も考えなくて済むから。
依睦は冷たい水で顔を洗い、思いっきり外で遊んだ。
ボール遊びをしたり、鬼ごっこをしたり。
楽しい時間は瞬く間に過ぎ去り、あっという間に日が暮れた。
施設内へと入り靴を脱いで手を洗い、依睦は食堂へと向かうと手伝いを始める。
「よりちーは勉強しなくていいの?」
料理を作りながら話しかけてきた年上の女の子をチラリと見るとエプロンを付け始める。
「いいんだ。中学卒業したら働くから。」
「え?」
女の子は手を止めると食堂を飛び出した。
依睦は気にする様子も無くそのまま用意された食材を切り始める。
「今日はカレーか。」
ルンルンとしながら野菜を切っていると騒がしい音が食堂へと向かってくる。
「いてててて、何?そんなに引っ張らなくても。」
「だってよりちーが!」
女の子に腕を捕まれ連れてこられた幸輝は一つ息を吐く。
「依睦、高校行かないんだって?気にしなくてもいいんだぞ、うちは全員高校卒業、なんなら大学や専門学校と行きたいところに行かせるって決めてるんだ。」
幸輝は依睦の背後に立つと作業を覗き込みながら話しかける。
「気を遣っているとかそういうのじゃなくて、俺はここでお手伝いさんでもなんでもいいから働きたくて……というか恩返しがしたくて。」
「そんなの高校卒業してからでもいいじゃない!」
ムッと膨れ面をしながら女の子がそう言うと、依睦は手を止める。
「俺は今すぐにでもそうしたい。これは俺が決めた事。俺が俺の人生を決めた。」
食事の準備をしながら淡々と話す依睦を見た女の子は、心配そうに顔を覗き込んだ。
「……よりちーがそこまで言うならこれ以上私が何かを言うことは辞めておくけど……後悔はしないの?」
「しないよ。」
女の子が幸輝を見ると、幸輝は嬉しそうな少し恥ずかしそうな顔をしていた。
「有難うな依睦。」
「感謝されるのはまだ先。そもそも俺は感謝されたくてしようとしているわけでも無いんだけどね。」
依睦の言葉を聞いた幸輝はうんうんと頷くと、幸せそうな顔をする。
「と、言う事でこの話は終わり!俺はまだやる事があるから美味い料理頼んだぞー!」
幸輝は二人に背を向けると手をヒラヒラとさせキッチンから出て行った。
それ以降女の子はこの話には触れず、たわいのない会話をしながらカレーを作り終えた。
子供達が待つ部屋へとカレーを運ぶとあっという間になくなり、大きな子達で後片付けをしていると小さい子供達の喧嘩が勃発。
止めに入る子と興味が無さそうに話し始める子達と自分より大きな子に助けを求める子、満腹で眠気に襲われる子。
ヤレヤレと洗い物を一時中断し止めに入った依睦は、そのまま子供達とプロレスごっこへと発展し、様子を見に来た同世代の女の子達から叱られた。
お風呂に入り髪を乾かし小さい子達を寝かしつけに行く女の子達に手を振り、依睦は一人窓の外を見つめた。
幸せだな。
この生活が好きだ。
ここのみんなが好きだ。
ずっと
ずっと
このままで……。
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依睦は小銭をポケットへと突っ込むと幸輝がいる部屋に顔を出す。
「お?どうした?」
「ちょっとコンビニに行ってきていい?」
「えー?もう遅いぞ?俺が行ってきてやろうか?」
「見て決めたいから自分で行きたい。」
幸輝はうーんと考える。
「仕方ない、一緒に行こうか。」
幸輝は椅子から立ち上がると上着を手に取る。
二人は部屋の電気を消し玄関へと向かい靴を履くと、外へ出た。
冷たい風に吹かれて身体を震わせる。
息を吐くと白くなり、それにキャッキャと喜ぶ依睦はまだまだ子供だな、と微笑ましく思う。
近くのコンビニへ行き飲み物を買った依睦はご機嫌に歩く。
「私はあれが良かっただ俺はこれが良かっただってうるさくされそうだな。」
大きな袋をガサガサと鳴らしながら歩く幸輝。
「色々買ったから大丈夫だよ。」
ニコニコとしながら依睦がそう言うと、幸輝は「本当に大丈夫かよ?」と疑う。
前にもこうして買い物に出掛け、様々なお土産を買って帰ったが人気不人気が分かれており見事に喧嘩へと発展したのだ。
「だーいじょうぶ大丈夫。」
気楽に考える依睦はルンルンとしたまま曲がり角に差しかかる。
幸輝もそれに続くとドンと依睦にぶつかった。
「いててて、ごめんごめん、もう先に進んでると思っ……どうした?依睦。」
施設がある方を見つめ立ち止まったままの依睦を不審に思い依睦の目線を辿る幸輝。
門の前に見覚えのある見たくない人影を見つけた。
「また来やがった。」
先程までルンルンとしていた依睦の顔から笑みは消える。
「ふぅ。」
幸輝はため息をつくと大きな袋を依睦に渡す。
「え、何?」
「その荷物持ってこの角の所に隠れておけ。すぐに追い払って呼びに来るから。」
「ちょ、ひ、一人で行くの?」
「そりゃそうだ。あの人の目的は依睦だろ?本当は話を聞いてーってしなくちゃいけないんだが、どっちにしろ依睦の前では出来ないし。とりあえず今日は遅いし帰ってもらうからここで待ってて。知らない人に声をかけられてもついて行っちゃダメだからな。」
「……一人で大丈夫?」
依睦が心配そうに聞くと、幸輝は一瞬キョトンとした表情を見せるが直ぐに笑顔に戻る。
「大丈夫に決まってるだろ。俺を誰だと思っているんだ?依睦達のお父さんだぞ!」
幸輝は少しふんぞり返るとドヤっとした顔を見せ、依睦に背を向けて手をヒラヒラとさせた。
依睦はブロック塀にもたれる形で膝を抱えるように座り込んだ。
ドッドッと力強く脈打つ心臓に苦しさを覚える。
すぐに戻ってくるだろう。そう思い顔を伏せた。
しかし、数分経っても光輝が戻ってくる事はなく、心配になった依睦は立ち上がると、そっとブロック塀から顔を覗かせた。
一人の人間が立っている。
その前には横たわる人。
依睦の心臓は更に力強く、速く、依睦を苦しめた。




