04
ある日、幸輝の手伝いで施設内に貼るポスターを一緒に作っていた時の事。
「依睦はすっかりお兄さんになったな。」
「幸輝はすっかりおじさんになったね。」
幸輝が手を止め、目を細めて依睦を見ると依睦は目をパチパチとさせる。
「口も達者になったな?コノヤロー!」
幸輝が笑いながら依睦の頭をグシャグシャと撫でると、依睦は「やめろよ!」と笑顔で幸輝の手を掴む。
目が合った二人は声を出して笑い合った。
「えーっと?依睦は今年で15歳か!はー、そろそろ背も抜かされるかな?」
「来年には抜かしてるよ。見下ろしながら話すことになっちゃうな?」
「やだねー、俺も背が伸びればいいのに。」
「幸輝はそのままでいいの。」
幸輝が膨れっ面をすると、依睦はすかさず「可愛くないよ。」と言った。
暫くじゃれ合ったあと、二人はここはこうした方がいい。等アイディアを出し合いながらポスターの制作を続けた。
「それにしても最近は騒がしいな。」
幸輝がため息混じりに話す。
「騒がしい?下の子達?それとももしかして俺達?」
「いやいや違うよ。食屍鬼だよ、食屍鬼。」
「食屍鬼ってよく聞くけど目の前で見た事が無いからあんまり実感湧かないな〜。」
依睦がポスターに色をつけながら言う。
「目の前で見ちゃ駄目だろ。殺されて喰われるだろうが。」
幸輝が呆れ顔で返すと依睦がポスターから幸輝へと視線を移す。
「俺がみんなを守るよ。」
真っ直ぐ目を見つめながら話す依睦を見て、幸輝はニコリと微笑んだ。
「頼もしくなったな、依睦。」
嬉しそうに微笑む幸輝を見て依睦は満足気な顔をする。
「俺は今までずっとみんなに守られてきたから。もし食屍鬼が現れたら俺が守る。」
「頼りにしてるよ。」
依睦は任せろと力こぶを作って見せた。
そして、一時間ほど経ちポスターが完成した。
幸輝が仕上がったポスターを掲示板に貼り付けに行くと部屋を出て、シンとした部屋に依睦は一人になった。
「喉が乾いたなぁ。幸輝の分も持ってくるか。」
依睦は椅子から立ち上がり部屋を出て廊下を歩く。
夜の廊下を歩くのは好きでは無い。
あの日の事を思い出すから。
依睦は食堂へと向かって歩き進めた。
窓に視線をやると、小さな広場がありその奥には門がある。
この広場では毎日小さい子達が駆け回る。
雨が降ると、てるてる坊主を作ってと頼まれる。
春は桜の木を眺めながらのお花見を。
夏はビニールプールを出して水遊びを。
秋は散った落ち葉を集めて焚き火を。
冬は木に飾り付けをして夜に輝く世界へと。
どこを見ても、誰かの、自分の笑顔がそこにあった。
ふふ、と笑みを零し窓から目を逸らそうとした時、門の前に人影を見つける。
「ん?」
依睦は立ち止まった。
人影は門の前で立ち止まり中を覗き込むように体を揺らしている。
「通行人じゃない?お客さん……にしては時間が遅いし、まずインターホンは鳴っていないよな。幸輝に伝えるべきか?」
依睦が幸輝がいる掲示板の前へ向かおうとした時、人影は諦めたのかゆっくりと姿を消した。
気付けば依睦は掲示板の方じゃなく、玄関へ向かい靴を履き、門へと向かって走り出していた。
誰かの親が迎えに来たのかもしれない。
迎える環境を整えた親が。
もしそうならば、その子は親の元で幸せに暮らすべきなんだ。
そう考えた依睦は、後先考えず走り出してしまっていたのだ。
「はぁっはぁっ。」
依睦は息を切らしながら門の外へと出る。
遠くの方に歩く後ろ姿を見付けまた走り出し、声を掛けた。
「あの!!」
人影はビクリとした後ゆっくりと依睦の方へと振り返る。
「い、今……はぁっ、っクローバーという施設の前にいませんでしたか?」
人影は黙ったまま依睦を見つめた。
依睦は息を整える。
その人影は中年の男性で、綺麗なスーツを身にまとい、高級そうな腕時計を付けていた。
「君は?」
少し低めの声で発せられた言葉に、依睦の心臓がドクンと大きく波打つ。
「施設の者です。」
不快な心音に少し苛立つ。
「施設の子かな?夜分遅くに申し訳ない。」
ドクン ドクン と大きく跳ねる鼓動。
「この施設に僕の子がいてね。」
男が話す度に依睦の鼓動が速くなる
「今更なんだと怒られそうだが、やっと迎え入れる準備が出来てね。」
男は話し続けた。
「君はこの施設にいる」
依睦はまた息があがり出す。
「依睦という子を知っているかな?」
男の言葉を聞いた依睦の瞳から光が消えた。
返事が無い依睦に男は近付くと、ポンと肩に手を触れる。
依睦は反射的にその手を跳ね除けキッと睨み付けた。
「もしかして……君が?」と男が尋ねると、依睦は睨み付けたまま眉をピクピクと動かす。
「大きくなったな、依睦。父さん全然分からなかったよ。」
また依睦に触れようとする男を依睦は避ける。
「今更現れて、また俺の幸せを壊す気なのか?俺を連れ帰ってお前はまた俺を……?どうしても俺に死んで欲しいのか?!」
荒らげた声で叫ぶ依睦に男は困惑する。
「何を言っているんだ?幸せを壊す気って……死んで欲しいだなんて思うわけがないだろ?」
「うるさい!うるさい!うるさい!!」
依睦が再び男を睨みつけ拳を強く握り、一歩前へ踏み出そうとした時。
「依睦!何をしているんだ?」
後ろから聞き慣れた声で呼び止められ、足が止まる。
「どこ探してもいないからまさかと思ったら……その人は…?」
「ごめん幸輝、なんでもない。窓から外を見ていたら道に迷ってそうな人を見掛けたから教えに出てたんだ。戻ろう。」
依睦は幸輝の方へ振り返ると力強く幸輝の腕を引っ張る。
「もういいのか?」
「いいんだ。もう全部終わったから。」
幸輝は小さく首を傾げながら依睦に引っ張られるがままに歩く。
「また、改めて来るよ。」
男の言葉は依睦の耳にも届いていた。
依睦は振り返ること無く施設の中へと入る。
男の一言で誰なのかを察した幸輝は、力いっぱい門を閉めた。
依睦は靴を脱ぎ部屋へと向かう。
モヤモヤ、イライラとした心と頭。
「もう来ないでくれ。」
依睦の頭の中は男に侵食される。
今更の迎えなんていらない。
あの時幸輝が来てくれなかったら……。
それに、母親はどうした?
依睦の中でグルグルと疑問が飛び交いぶつかり合う。
考えたくなくても自然とそのことばかりを考えてしまう。
依睦はここに来て初めて眠れない夜を過ごした。




