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食屍鬼 -蜘蛛糸-  作者: 藤岡
夢の世界
46/123

03

ある日の夜。

依睦はトイレに行きたくなり眠たい目を擦りながら布団から出て廊下を歩いた。

夜も怖くないようにと施設はほんのり明かりが灯されている。

依睦はトイレへと向かう途中一つの部屋の明かりがついていることに気付く。

「幸輝かな?」

依睦は驚かせようと忍び足で部屋の前へと向かった。

部屋に近付くに連れて話し声が聞こえてくる。

一人じゃないのか?と疑問を抱きながらも、驚く顔を想像してワクワクしながらドアに手を伸ばした時。

「依睦もここに来てそろそろ1ヶ月か。親の消息は掴めたか?」

自分の名前が耳に入り伸ばした手はそのまま止まる。

「いいえ。警察も捜査を続けてくれているんですけど、住んでいた家と両親の名前以外なんの手掛かりも掴めていないそうです。」

幸輝と女性の会話を聞かない方がいいと分かっているのに依睦の足は動かない。

「依睦君が住んでいた家の中は世間一般で言うゴミ屋敷。依睦君は幼稚園等に通う事も出来ていなかったようですね。それに……。」

女性は声を詰まらせ少し黙った後震えた声で再び話し始める。

「家の玄関ドアノブには輪が作られたロープに、風呂場の中には練炭が置かれていたり、金融機関からの督促状の束……水道、ガス、電気全て止まっており家賃も滞納していたとの事です。」

「金銭苦からの一家心中を考えた……か。それで依睦の首を……?」

「そうだと思います。それにしてもあんまりですよ。あんな土砂降りの日にダンボールの中に意識を失った依睦君をいれてうちの前に置いていくなんて。あと少し我々が気付くのが遅ければ依睦君は……。」

女性は話しながら涙を溢れさせた。

「それでも依睦は助かった。本当に良かった……。それと、依睦と一緒に入っていた紙に書かれた、依睦の名前と落ち着いたら迎えに行きますの一言。俺は依睦を渡すつもりは無いけどいつかこの両親が迎えに来る可能性はある。」

「私も渡したくないですよ!毎日楽しそうにしている依睦君を見る度に私の中で依睦君の両親に対する怒りが大きくなっていきます!迎えに来ても追い返してやりますから!!」

女性がそう言うと「少し声が大きい。」と幸輝が注意をする。

女性は慌てて「すみません……。」と謝った。

「依睦君の様子はどうですか?幸輝さんが一番懐かれているでしょう?ずるいですね!」

「ずるいってなんだよ。」

幸輝は照れくさそうな顔をして笑った。

「依睦は……うちに来る前の記憶が無い……いや、直前の記憶が無いんだろう。親の顔等は覚えているようだ。こんな話をしたとか、あの場所へ行ったとか……楽しかった思い出ばかりを嬉しそうに話してくれるよ。」

「お医者様も言ってましたよね、大きなショックを受けて閉ざしてしまう事があると。そりゃショックですよ……大好きな親に気を失うまで首を絞められるなんて。」

「なにか後遺症が残るわけじゃない、というのが不幸中の幸いだな。依睦はこのまま、何も知らないまま楽しくうちで過ごして欲しいと思うよ。」

「私もです。依睦君、それに他のみんなも私達が幸せにしてみせます。親の代わりじゃなくて本当の親のように。」

幸輝は「俺もだよ。その為にこの施設を作ったんだ。」と微笑んだ。

幸輝と女性は「そろそろ寝ようか。」と部屋の電気を消しドアノブに手をかけ、ドアを開いた幸輝と女性は肩をビクリと跳ねさせた。

「ひぃ〜!やっぱりまだ夜は少し冷えますね。」

「廊下にも冷暖房設備が必要だな。」

「子供達というより大人達の方が弱いですからね。」

ははは、と二人は笑いながら廊下を歩いていき、笑い声も足音も聞こえなくなった。

二人がいた部屋から少し離れた場所に依睦は膝を抱えて座り込んでいた。

「お父さんとお母さんは……僕の幸せを願わない……。僕のせいでお金が無かったんだ。僕がいたからお父さんとお母さんは苦しかったんだ。お父さんとお母さんは僕が嫌い。だからあの日僕の首を……。お父さんとお母さんは……僕に死んで欲しいんだ。」

光を無くした瞳に映るのは、無くしていたあの時の父と母の顔だった。

──────────────

あの夜以降も依睦は今まで通りに暮らした。

ここにいる人全員が大好きなんだ。

どれだけ喧嘩をしたって、ちゃんとごめんなさいをして仲直りが出来る。

分からない事は皆で教え合う。

出来ない事は皆で助け合う。

一緒に映画を見て涙を流した。

一緒にアニメを見て笑い転げた。

一緒に走り回って怪我をした。

一緒にイタズラをして叱られた。

一緒にご飯を食べて幸せを感じた。

一緒に勉強をして、一緒にお風呂に入って、一緒に寝た。

みんなといつも一緒だった。

それでも誰も話さない、どうして自分がここに居るのかを。

誰も聞かない。理由なんていらない。

今が幸せなら、それでいいんだ。

学校に通うようになった。

依睦の後にこの施設に来た小さい子もいた。

少し年上の男の子が女の子を意識し始めた。

勉強よりもスポーツが楽しかった。

学校でも新しい友達が出来た。

参観日や運動会には幸輝や施設の大人が来てくれた。

毎日が楽しかった。

一年、また一年と季節を巡りその分だけ楽しい思い出がたくさん出来た。

もう過去の事はどうでもいい。

顔は薄らとしか、声はもう全く思い出すことが出来ない。

依睦の中の楽しい思い出は、ここに来てからのものばかりだった。

依睦は施設内でもよく手伝いをした。

小さな子の面倒を見たり、お使いに行ったり、料理を手伝ったり。

勉強は教えることは出来なかったが、スポーツに関しては教えることが出来た。

身体能力が高く、サッカー、野球、水泳となんでもこなした。

小さな子供たちからはヒーローだと言われた。

依睦が照れ臭そうに笑うと、小さな子供たちは屈託のない笑顔で返した。

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