01
「アナタ、やっぱり私にはこの子を手にかけるなんて……。」
「大丈夫だ。僕が……僕が殺るから君は向こうの部屋にいて。」
暗くてジメジメとした部屋にチョコンと座る男の子。
その男の子の目に映るのは、涙を流す女性とその女性の肩を抱く男性。
男性の手は少し震えていた。
手にかけるとはどういう事なんだろう?
やる とは何をしようとしているのだろう?
男の子は男女の会話の意味を探った。
女性は男の子の顔を見ないまま部屋を後にした。
残された男性と男の子の目が合い、男の子がニコリと微笑むと男性は顔を上げる。
鼻をすする音が聞こえる。
男の子は不思議そうに男性を見つめた。
暫く経つと男性は「ごめんな。」とボソリと呟いた。
男の子は何に対して謝っているのか理解出来ないまま、自分の首を掴む男性の手に困惑する。
男の子が困った顔をして男性を見つめると、男性は目を瞑りその手に力を込めた。
男性の手を掴む小さな手。
バタバタとさせる足。
力を込め続ける男性。
隣の部屋でしゃがみこみ耳を塞ぐ女性。
男の子の口の端に泡が溜まり始める。
涙を流し、苦しみから逃れようと必死にもがき続ける男の子。
溢れ出る涙を流したまま手に力を込め続ける男性。
男の子の意識が朦朧とし出す。
「お……と、さん。」
男の子が掠れた声でそう言うと、男性は「ごめん。ごめん。」と謝りながら力を緩めない。
男性の膝が温かくなり、男の子は動かなくなった。
男性が手の力を緩めようとした時、勢いよく扉が開いたかと思えば女性が男性を突き飛ばした。
男性は男の子から手を離し体勢を崩し、女性は泣き叫ぶ。
「ごめんね、ごめんね、苦しい思いをさせたよね。ごめんね、依睦。」
女性は倒れる男の子を抱き抱え、謝り続けた。
男性は起き上がり、女性と男の子を抱きしめる。
男の子は僅かに息をしており、その鼓動を確認した男女は更に涙を流した。
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男の子は光り輝く世界の中にいた。
一面様々な色の綺麗な花が広がる世界。
空は青く澄み渡り、ポカポカとした陽射しが気持ち良い。
男の子は目をキラキラとさせながら歩く。
花以外には何も無い。
それでも男の子は何かに導かれるように歩き続ける。
すると、先の方から水が流れる音が聞こえ始め、男の子は音が鳴る方へと走って行く。
走って、走って、走り続けるとそこには綺麗な川が流れていた。
走り疲れて喉が渇いた男の子は、川に近付きしゃがみ込んだ。
そっと手を川の中へと入れると、とても冷たくて。
男の子は「冷たい〜!!」と無邪気に笑った。
水をすくいそのまま口へと運ぶ。
普段飲む水よりも美味しく感じた男の子はニッコリと笑う。
喉が潤った男の子は満足気に立ち上がり、辺りを見渡した。
変わらず花が咲いているだけの綺麗な空間。
川の先は何も見えない。
広い広い川に掛かる橋を見つけ、男の子は橋へと向かい歩き始めた。
不安が心を支配し始める。
「ここはどこなんだろう?」
綺麗な景色に気を取られていた男の子はやっとその場への疑問が浮かぶ。
不安がどんどん大きくなる。
「お父さん、お母さん……。」
男の子は泣きそうになりながらも橋へと向かい歩き続けた。
男の子からすれば、遠い遠い場所にある橋。
歩いても歩いても、まだまだ先にある。
もしかすると辿り着かないんじゃないか?とさえ思えてきた男の子は立ち止まり、涙を流した。
怖くて堪らなかったのだ。
押し寄せる不安から逃れる術もなく飲み込まれてしまいそうで。
暫く涙を流した男の子は疲れてしまいその場に座り込んだ。
このまま横になって眠ってしまおうか?
男の子がゆっくりと体を倒そうとした時、橋の上に立つ人影を見つける。
男の子は目を大きくさせ、慌てて立ち上がると体力を振り絞り橋へと向かい走り出した。
「僕以外にも誰かいたんだ!」
男の子は、自分一人だけではない事を知り必死に走った。
ゼェゼェと息を切らしながら辿り着いた橋。
橋の上に見えた人影は頭の先から爪先まで黒いマントで覆われていた。
「あ、あの……。」
男の子が声を掛けると、人影がユラリと動く。
男の子は顔が見えずまた不安な気持ちに駆られるが、こちらを向いた人影が深く被ったフード部分を外し顔を見せると、その不安はどこかへと消え去った。
「たくさん走ったんだね。」
顔を見せた人影は優しく微笑む。
色が白くサラサラな髪をした綺麗な女性だった。
頭の上には光る輪が浮かんでおり、男の子は思わず「天使…?」と声を掛けた。
男の子の言葉を聞いた女性はニコリと微笑む。
「私は君を導く者。」
優しい声で話す女性に、男の子は安心した。
「僕を……導く?」
「そうだよ。君を導くの。」
「この橋を渡るの?」
男の子が、先の見えない橋の向こうを見ながら尋ねると、女性は首を横に振る。
「君はまだこの先には行ってはいけないよ。」
「行っちゃ駄目なの?」
「そう、駄目なの。……こっちへおいで。」
女性はそう言うとその場に正座をする。
男の子は女性に従いゆっくりと女性の前まで歩いていくと、そのまま膝の上に対面で座らされた。
「えっ、な、なに?」
男の子は動揺し、顔を赤くした。
「大丈夫、大丈夫。君はここでゆっくり眠るといい。」
女性は片手を男の子の背中にまわし、もう片手で優しく男の子の頭を撫でる。
男の子は女性の肩に顎を置き、その心地良さに目が閉じ始める。
「君はまだ輝ける。向こうの世界で輝ける。次に私と君が会うのは、きっと君がおじいちゃんになった時だね。」
女性の優しい声が耳に届くと、男の子はそのままゆっくりと目を閉じた。




