01
「眠れないのか?息が荒いけどどうした?」
輝血はゆっくりと立ち上がり座る者達の方へと向かって歩き出す。
返事は無く、ただ荒い息遣いだけが聞こえる。
いつもならすぐに返事をするのに変だな?よっぽど体調が悪いのか?
そんなことを考えながら輝血は心配そうに近付いた。
寝ている者を起こさないように、静かに、静かに。
「おい、大丈夫か?」
返事はない。輝血の方を見ることも無い。
輝血が座る一人の肩に手を置き顔を覗き込もうとした時。
「カガ、カガチサ……オレ……。」
荒い息遣いと共に震えた声でそう言う者は、口から涎を垂らし、カッと見開いた目で輝血の目を見つめた。
「ひっ!?」
輝血は今まで見た事の無い仲間の表情に驚き後退りをすると、他の数人も同じように涎を垂らし目を見開き輝血を見つめた。
「どうしたんだよお前達?!しっかりしろ!」
輝血が叫ぶと眠っていた仲間達が目を覚ます。
「かーくんどうしたの?」
目を擦りながら寝ぼけた顔をした懍が輝血の隣へと来る。
「あいつら……様子が変で……。」
んー?と輝血が見る方へと視線を向けた懍は目を丸くした。
「え、どうしたの?どうして涎なんか垂らして……。」
「ワカ、ワカラナ、タスケ……タスケテッ……!」
時間が経つにつれ仲間達の息の荒さが増していく。
「かーくん、どうしよう?!総龍の監視してる人!聞いてる?!俺達の仲間が!助けて!!」
完全に目が覚めた懍は部屋中に響き渡るほどの大きな声で叫ぶが返事は無い。
息が荒い仲間数人は涙を流しながら立ち上がり、苦しそうな顔をして言葉を漏らした。
「カガ……チサン……リン……サ……」
「タスケ……」
「クルシ……イ……」
輝血は何も出来ないままその場に立ち尽くす。
どうしたらいいのか分からない。
病気なのか?なんだ?何が起こっている?
輝血は混乱状態に陥ってしまった。
起きてきた仲間達も心配そうに見つめるだけでどうしたらいいのか分からない様子だ。
立ち尽くす輝血の前に一人の男が輝血の前に立った。
「柏木……?」
輝血と懍は柏木の背中を見つめた。
「輝血、懍、他の皆は後ろに下がって。」
「どうして……。」
「いいから下がってろ!こいつ達は……もう手遅れだ。」
輝血と懍は柏木の言葉を理解出来ず、数秒経ち輝血が唇を震わせ柏木に問いかけた。
「手遅れってどういう事だよ…?」
柏木は助けを求める者達から目を離さずに輝血に伝える。
「何故だかは分からないがこいつらは俺がよく見た食屍鬼と話し方が似ている。」
「食屍鬼…?」
「いいから下がれ!襲われたら今の輝血じゃすぐに殺られるぞ!懍!輝血を守りたければ連れて下がるんだ!」
声を荒らげた柏木に驚いた懍が慌てて輝血の腕を引っ張ると、痩せた輝血は軽々しく運ばれた。
「食屍鬼って……もう絶滅したんじゃ……?」
ここで輝血は大橋の言葉を思い出した。
”私が、糸を張り巡らせたんですよ。”
苦しそうに助けを求める者を見る。
他の者より少し大きい。
”一日分をきちんと計算して出している。”
まさか、とは思ったがもう大橋の言葉はこれにしか繋がらない。
「ア……アァ……クルシ……タスケテ……」
「カガチサン……タスケ……」
「リンサ……オネガ……イ」
「オレタチ……ヲ……コロシ……コロッ……コロシッテッ……」
一人がゆっくりと柏木の方へと歩き出すと、他の者も柏木へと向かって歩き出す。
「総龍の人!お願い!早く助けてっ!!」
懍が涙を流しながら叫ぶが、やはり返事は無い。
「輝血、懍、みんな。」
自分に向かって来る者を視界に捉えたまま柏木は話し始めた。
「俺は皆が知っている通り、元白龍で食屍鬼を相手にした事がある。ただあの時は剣があったから相手が出来た。素手でこの人数は正直処理しきれない。……だから……辛いとは思うがもし俺がこいつらを残して殺られてしまったら、仲間とは思わず全力で殺すんだ。」
柏木の声は震えていた。
「殺すって……そんな……出来るわけない!!」
懍は涙を溢れさせながら叫ぶ。
「ア……オイ……オイシ、オイシソ」
「イイ、ニオ……イ」
視界は定まらず、溢れ出る涎の勢いが増している。
「出来る出来ないじゃなく、しなきゃいけないんだ!」
柏木がそう叫ぶと同時に元仲間達が襲い掛かり生暖かい液体が飛び散った。
懍と輝血は自分の顔や腕に付着した物を触る。
温かい。嫌な臭いがする。
視界の悪い中でもそれは血液だと理解し吐き気を催す。
「柏木……柏木っ!」
輝血と懍、仲間達が柏木の名を叫ぶが返事は無い。
「いやだいやだいやだっ!」
「なんだよこれ?!」
仲間達が騒ぎ出し、輝血は父の最期を思い出す。
怒りに支配されたあの日のことを。
もう終わりなんだ、そう諦めかけた時だった。
輝血は、血液の嫌な臭いの中に微かに良い香りが混じっていることに気付いた。
「ボケーッと突っ立ってんなよ。危ねぇ。」
輝血のぼやける視界に映るのは綺麗な銀髪。
「柏木、お前それでも元龍か?鍛え直してやろうか?」
「返す言葉もございません……。」
尻もちをつき申し訳なさそうに話す柏木の声が聞こえた。
「ギリギリ間に合った……な?怪我をしたやつは居るか?」
凱斗は輝血達の方をちらりと見て問いかける。
「い……いな、い。」
輝血がそう言うと凱斗は「良かった。」と元仲間達の方へと視線を戻した。
「柏木、お前も下がってろ。」
凱斗の声色が変わった。
柏木は黙ったまま頭を下げ輝血の隣へと並ぶ。
「輝血、それと他の奴らも聞け。もうこいつらの事は諦めろ。」
凱斗はキラリと光らせた剣先を元仲間達へと向ける。
「ま、待って!そいつらは治───」
「治せない。大橋がいないと出来ない。」
ゆっくり、ゆっくりと凱斗に近寄る元仲間達。
「そいつらは俺の仲間……家族なんだよ燈龍!!」
輝血が涙を流しながら叫ぶと、凱斗のため息が聞こえた。
それは呆れからくるというよりは、参ったとでも言いたげなため息であった。
「家族なら尚更、この苦しみから早く解き放ってやった方がいい。そう思わないか?こいつらが誰かを食べたその時、完全に人間では無くなる。それでもお前はこの状態で生かしておきたい、そう思うか?」
凱斗の言葉を聞いた輝血や懍は何も返せなかった。
「あと、飛び散った血液触ったならすぐ洗ってこい。」
戸惑う仲間たちに向かって柏木は「俺は会長に突き飛ばされた。その血液はあの中の一人の物だ。」と話した。
「タス……タッタスッ……ケテ」
「タベ、タベタ……イ」
「アァアッ……アッ、アアアアアアアアアッ!」
元仲間達が、もう我慢が出来ないといった顔をして一斉に凱斗の元へと走り出す。
「ごめんな、守れなくて。」
凱斗が小さな声で発した言葉は輝血の耳へ届く。
そして、辺りに飛び散る先程までとは桁違いの液体。
まるで何も無かったかのようにシンと静まり返る空間は不気味である。
「はぁー……。」
剣を振り付着した液体を落としながら溜め息をつく凱斗と、一瞬の出来事を理解出来ずに固まる輝血達。
少しして外から騒がしい足音が近付いてくる。
凱斗はポリポリと頭を掻きながら「おせぇんだよ。」と呟いた。
「会長!!!」
「ご無事ですか?!」
騒がしい足音は騒ぎ声に変わる。
「うるせぇ。無事だよ。俺を誰だと思ってるんだ。」
「失礼致しました!」
「では明かりを付けて処──」
「待て。先にコイツらを外に出す。」
凱斗は剣を仕舞うと輝血達の方へと向かう。
「急すぎて理解出来てねぇか?はは、無理もねぇな。」
ヘラヘラと笑う凱斗。
だが、輝血達の目に映る凱斗は、笑顔とは呼び難い表情を向けていた。
輝血達は凱斗を筆頭に総龍会の隊員達に連れられていつぶりかの地上へと出た。
風が心地よいなどと思う余裕は無い。
屋敷内を慌ただしく走り回る隊員達。
総龍だけじゃなく、黒龍や白龍、青龍、赤龍隊員もいた。
そんな中凱斗は一つの部屋の中へと入って行く。
凱斗に続き輝血達も中へと入るとそこには各龍の隊長が椅子に座り凱斗に頭を下げていた。
少し離れた場所に輝血達は座らされ、ここまでついてきた隊員達は頭を下げて部屋を出る。
ドアが閉まると同時に一人の男が言葉を発した。
「凱斗さん、お疲れ様です。」
黒い隊服に身を包み眼鏡をかけた男だ。
「桜庭、それに亀八や百音、彩葉も急な呼び出しに応じてくれて有難う。」
凱斗は窓から空を眺めていた。
瞳に映る夜空は真っ暗で、何も映さない。
「会長の呼び出しとなればいつどんな時もすぐに駆け付けますよ!」
「私もです!」
「あ、わ、私も……!」
凱斗は、ふふっと笑うと椅子に座り、指を組んだ。
「では……総龍会緊急会議を始める。」




