04
凱斗の足音だけが響く。
地下は冷たい空間で所々に赤い汚れがある。
凱斗は一つの扉の前に立つとゆっくりとドアノブに手を伸ばし捻る。
キィッと音を立て扉が開くと、壁も床も白く清潔な部屋が現れる。
「リラックス効果があるもん流し込んでんだって?」
部屋に入り扉を閉めて凱斗は話し掛けた。
「か、凱斗く……さん!お疲れ様です!」
「ああ、お疲れ。で、なんでそんなもん流し込んでんの?」
薄汚れた白衣を身にまとった男が慌てて立ち上がる。
「私はあの場には居ませんでしたが……聞く限りでは相当酷かったと…。まずはゆっくり眠らせてあげるのが最善かと思いまして。」
「なるほどね。大橋なりの優しさか。」
大橋は黙り下を向いた。
「別に怒ってるわけじゃねぇよ。そうあからさまに落ち込むなよ。」
「は、はい。」
大橋がヘラリと笑い顔を上げるがその笑みはすぐに消えた。
自分を見る男のその目に、その表情に、見覚えがあった。
大橋が喉を鳴らして唾を飲み込むと凱斗はクスッと笑った。
「緊張もしなくていいよ。俺と大橋の仲だろ?」
大橋は額に汗を滲ませながら小さく頷く。
「で、こいつらはいつ目が覚める?」
大橋のパソコンに映し出される映像を眺めながら凱斗が問う。
「朝には目が覚めると思います。」
大橋の声は少し震えていた。
「そっか。じゃあいいや、また朝に来るよ。」
凱斗はそう言うとパソコンから大橋へと視線を移す。
「大橋。」
「は、はい。」
大橋の額に滲んだ汗が一滴垂れる。
「俺は敵を作るのが得意らしい。」
少し口角を上げそう言う凱斗に大橋は黙ったままでいた。
「じゃあ俺は戻って寝るから。あとは頼むね。」
ニコリと笑った凱斗は手をヒラヒラとさせ部屋を出る。
扉が閉まる音が響くと同時に大橋はその場に座り込んだ。
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翌日 朝。
見知らぬ部屋に閉じ込められた者達が叫ぶ、
「ここはどこだ!」
「出せ!!」
「どうせ見張ってんだろ!!」
壁を叩き叫び続ける。
「この部屋のドアを探せ!!」
一人がそう言うと全員でドアノブ探すがどこを見てもドアノブらしきものも、鍵穴らしきものも見当たらない。
「どうして……俺達はあんた達に従ったのに!」
「生きて償えって言ったのはあんた達だろ!」
各々が思いを叫ぶ中、輝血、懍、柏木は部屋の隅で座り眺めていた。
「かーくん、大丈夫?」
懍が心配そうに輝血の顔を覗き込むと、輝血はヘラリと笑って見せた。
「俺は大丈夫だよ。懍は大丈夫か?」
「シシッ俺も平気。お父さんの事はショックだったけどなんとなくそうなるんじゃないかって思っていたんだ。」
「俺も……何となくそんな気がしていた。いざ目の前で失った時は本気で燈龍を殺ってやろうと思ったけど。」
輝血は天井を見つめる。
「俺は少し引っかかる。」
柏木は下を向いたまま続けた。
「あの時の会長は慌てて指示したように見えた。あの場で殺る意思はなかった、そういう風に見えた。」
「どちらにせよお父さんを殺るつもりではあったとは思うけどな。それを知った上でお父さんは俺達に伝えたんだ。もう会えない事を察していたから。」
「糸は張り巡らせた。お父さんの言葉……かーくんこれって。」
「俺達の仲間を攫った龍を潰すのが元々の俺達の考え。燈龍が思った以上に早い段階で俺達の前に現れて、そこから一気に畳み掛けられた。現状俺達は龍に逆らう事を許されず、この長いようで短い期間の中で上下関係を叩き込まれた。俺達は圧倒的な力を見せつけてきた龍に対して立ち向かうという気持ちを失っていた。」
「でもその中でお父さんだけは諦めていなかった。つまりもうこの屋敷の中にはお父さんが張った糸がある。そこに龍が掛かれば……。」
懍が目を輝かせながら話していると「聞こえますか?」と部屋に男の声が響く。
輝血達は耳をピクリと動かす。
騒いでいた者達も静まり辺りをキョロキョロと見渡していた。
「あー、よかった。聞こえているみたいですね。」
男はそう言うと咳払いをした。
「私の名前は大橋。総龍会で研究者として働いている者です。昨夜はお疲れ様でした。皆さん体調はどうですか?」
大橋の言葉を聞いた者は一斉に「外に出せ!」と叫ぶ。
「まぁまぁ落ち着いて。その部屋は外側からしか開けることが出来ません。その扉を開ける鍵を使えるのは総龍会の会長と幹部のみ。私如きが開けられる訳が無いのですよ。」
「会長と幹部のみ……。」
「じゃあ今すぐ会長か幹部を呼べ!」
「会長にしろ!あの野郎!殺してやる!!」
次々と騒ぎ立てる者に対して大橋はため息をつく。
「いいですか、これから私の言うことを聞きなさい。私の言葉は貴方達のお父様の言葉だと思いなさい。」
騒いでいた者達は再び口を閉じ、輝血と懍はジッと天井を睨みつけた。
「あとものの数分で会長がこちらへやってきます。扉を開けるのかは分かりません。ただ、貴方達に話をするでしょう。昨夜も貴方達の様子を見に来ていましたからね。貴方達は会長を殺したくて堪らないでしょう。ですが今は我慢の時。会長に歯向かわない方がいい。今の会長は特に……。
そして貴方達がいる部屋の声は全て聞こえています。貴方達の様子も全て見えている、忘れないようにしてくださいね。」
大橋はそのままマイクをオフにし、部屋はシンと静まり返った。
壁を叩き騒いでいた者達は皆黙り座り込んだ。
「かーくん、どうする?」
懍が輝血に問い掛けると全員が輝血に注目した。
「大橋の隣に今燈龍が居ないとも言いきれない。何も信用出来ない。でも、お父さんの言葉だと思えと言われたら俺はその言葉を信じるしかない。」
「という事は……?」
「今は我慢してやるよ。お前達も少し我慢してくれ。」
輝血が顔を向けると、全員が頷いた。
そして数分経ち再び部屋に男の声が響く。
「あー、あー、これで聞こえてんのか?」
「はい、大丈夫です。」
聞き慣れた男の声と先程よりも慌てた様子で話す男の声。
「おはよう。調子はどうだ?よーく眠れたか?」
輝血の脳裏に浮かぶのは凱斗とニヤリとした表情。
「時間が無いから簡潔に言う。お前たちはしばらくその部屋で過ごす。以上だ。じゃあなー!」
凱斗はそう言って大橋に切り方を聞いていた。
「……燈龍。」
輝血が小さな声で呼びかけると「あ?」と聞こえる。
「一つだけ聞いてもいいか?」
「なんだよ?急いでるから手短にな。」
「お父さんはどうした?」
「弔ったよ。骨をこの屋敷内に保管する事は出来ないけど。柏木なら知ってんだろ。教えてやれよ。」
凱斗は冷たい声で話すと雑にマイクを切った。
「柏木、どういう事?お父さんがどこにいるのか知っているのか?」
柏木は頷き口を開く。
「総龍会屋敷の裏側に普段は誰も行かない場所がある。きっとそこの事だろう。」
「なんだその場所?」
「総龍会で始末した極悪犯と呼ばれる人物達の墓だよ。家族がいれば返すんだけど、返さなくていいって言う人が多くてな。会長が始めたんだよ、そういう人達の墓を作ろうって。最初は皆反対した。前会長は火葬し骨は海に返していたからそのままでいいだろうって。でも会長は、いつか墓参りに来たいと思う家族が現れるかもしれないからって作ったんだ。」
皆静かに柏木の話を聞いていた。
「仕事中は魔王とも呼ばれる程に残酷な事をするが、全てが終わると人としての居場所を与える。」
「飴と鞭ってやつか?」
「うーん、そうなのかな。俺にも会長の考えはよく分からない。ただあの言い方からするときっとそこに居るはずだ。」
「そうか。なら、いいんだ。」
輝血は「ありがとう。」と柏木に告げ俯いた。
「さすが元隊員。詳しいですね。」
パソコンの画面を見つめながら大橋が呟く。
「さて、墓の場所を知りどう行動するんですかねぇ?へっへっへっ。」
大橋はニタニタと笑う。
「その気持ち悪い笑い方辞めろって言ってるだろ。」
大橋の後ろで腕を組み呆れ顔をした凱斗がそう言うと大橋はビシッと背筋を伸ばす。
「す、すみません。で、どうするんですか?」
「んー?暫く様子を見るよ。って言ってもこの布団と簡易トイレしかない真っ白な空間でコイツらがいつまで正気でいられるかにもよるけど。」
「食事は手筈通りに運びますので。」
「ああ、頼んだよ。」
「凱斗さん」
「ん?」
「貴方の目的は……?」
「俺の目的?そんなの決まってんじゃん。」
大橋が振り返ると凱斗と目が合う。
「悪の殲滅。俺の仕事だよ。」
片方の口角をクイッと上げパソコン画面に映る人々を見る凱斗。
大橋は顔を引きつらせながらパソコン画面へと視線を戻す。
と、大橋の肩の上に何かがのしかかる。
「裏切り者も悪だよなぁ?大橋。」
大橋の耳元で魔王の囁きが聞こえる。
「は、はい。勿論です。」
「お前は俺を二度も裏切らない、そうだよな?」
「私はあの日、貴方に忠誠を誓いました。裏切りだなんてそんな……。」
「信じてるからな、大橋。」
大橋の肩はフワッと軽くなり「じゃあ後は頼んだ。」と扉が閉まる音が響いた。
大橋は暫くそのまま動けずに身体を震わせた。




