03
暖かい。
柔らかい。
良い匂い。
輝血が薄く目を開けると綺麗な天井が映る。
ふかふかとした布団に覆われ、血液でも嘔吐物でも無い自然の匂いに幸せを感じた。
「目覚めましたか。」
輝血が幸せを感じて間も無く隣から声が聞こえた。
輝血は目を見開き慌てて隣を見ると、眼鏡をかけた男が椅子に座ってこちらの様子を伺っていた。
「おはようございます。よく眠りましたね。」
男はそう言うと立ち上がりどこかへと電話をかけ始める。
「起きましたよ。……ええ、そうです。……分かりました。では後ほど。」
男は話終えると部屋の隅に置かれた冷蔵庫を開いた。
「もう少ししたら会長が顔を出してくれます。布団から出て椅子に座りなさいと言いたい所ですが、会長が布団で寝転んだままでいいと仰っていましたのでそのままで大丈夫です。まあ、座る位は出来ると思いますけどね。」
男は冷蔵庫からペットボトルを取り出すとキャップの部分を捻り、輝血の元へと向かい差し出す。
「水分補給をしなさい。」
輝血はじんわりと広がる痛みに耐えながらゆっくりと体を起こし受け取る。
男はそのまま何も言わず椅子へと座り直しテーブルの上に置かれたファイルを手に取った。
輝血はゆっくりとペットボトルを口につけ喉に流し込む。
冷たくて美味しい。
今まで何とも思わずに飲んでいた水がこんなに美味しいものだとは思いもしなかった。
輝血は喉を鳴らし一気に飲み干した。
男はチラリと輝血を見てすぐにファイルへと視線を戻した。
時計の秒針が鳴り響く。
ガタガタと窓を揺らす風の音。
男がファイルを捲る音。
そして、外からドタドタと誰かが走る音が聞こえてきた。
「おはよー!」
バンッと大きな音を立ててドアが開くと共に凱斗に大きな声で挨拶をされた。
「桜庭、こいつの状態どう?」
「はい。回復傾向にあり、このままいけば来週頭辺りには───」
「ふーん?じゃあ今週はお預けだ?」
凱斗は立ち上がった桜庭に座るように言うと、部屋の隅にある椅子を手に取り輝血がいるベッドの隣へ移動した。
「6割程度でこのザマって煽ってやりたいけど今は我慢してやるよ。」
椅子に座りニタリと笑いそう言う凱斗を輝血は見ることしか出来なかった。
「痛かったでしょ?」
凱斗は椅子の上であぐらをかき頬杖をつきながら問いかけた。
「……うん。」
輝血は俯き小さな声で返事をする。
「苦しかったでしょ?」
「……うん。」
「つらかったでしょ?」
「……うん。」
「自分を痛めつけてきた男が憎いと思った?」
「………ううん。」
「思わなかったんだ?」
「……これは罰だから…。」
「そうだね、輝血は罰を受けていただけだもんね。でも輝血やその仲間達が同じ事をしていた人達は、輝血達のことをどう思っていたかな?」
「……憎かったと思う。」
「憎しみよりも恐怖だよ。まずは恐怖心がきただろうね。どうして自分達がこんな目に遭うんだ?誰なんだ?次は何をする気だ?って。中には憎む人もいただろう。最期に見る景色はあまりにも酷い景色で、自分が思い描いていた最期とは掛け離れていただろうし。」
「……………。」
輝血は黙ったまま凱斗の言葉を聞いていた。
「お前のお父さん。」
凱斗の言葉に輝血はピクリと耳を動かす。
「今この屋敷にいるよ。」
輝血が顔を上げると冷たい目をした凱斗と目が合う。
「会えるよ、お父さんに。」
「会える…?」
「ああ、だから早く体調を万全にしないとな。」
凱斗はそう言うと立ち上がり輝血の頭を撫でた。
「じゃあ俺は行くから。何か用があれば枕元にあるボタンを押しな。隊員の誰かが来てくれる。」
凱斗はニコリと笑うと桜庭を手招きしそのまま外へと出ていった。
桜庭は荷物を手に持ち凱斗の後を追う。
シンとした部屋に一人残された輝血は少し微笑む。
「もう会えないかと思っていた。……また会えるんだ。……許された……のか?」
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「凱斗さん。」
気怠げに前を歩く凱斗に桜庭が声を掛ける。
「んー?」
凱斗は頭をポリポリと掻きながら返事をする。
「お父さん……水仙に会えると伝える必要は───」
「あるよ、ちゃんと。」
桜庭は少し眉をひそめた。
「反応的に輝血はもう会えないとか思ってたんだろうな。」
「そう……かもしれませんね。ですが会えると言っても……。」
「桜庭、俺は別にあいつらを許したわけじゃない。許せるわけもない。でもそれなりの優しさは持ち合わせている。それだけだよ。」
「……貴方って人は……それは優しさじゃなく意地悪でしょう?」
「俺なりの優しさだよ。」
凱斗と桜庭は小さく微笑むとそのまま暗闇へと姿を消した。




