01
「うあああああああっ!!!」
男の叫び声が響く。
周りにはボロボロの姿の男達が転ぶ。
「っはぁっ……はあっ…。」
腕を縛り上げられ宙から吊るされた男は、無表情で作業的に痛めつけてくる黒スーツの男を睨み付けた。
「まだ睨む元気があるんだな?」
黒スーツの男はそう言うと吊るされた男に更なる痛みを与える。
「……クッ…。」
吊るされた男は背中をバットで殴られ顔を歪める。
「お前達が今までしてきた事を償う時間だ。無必要に与えられる痛み、苦しみをたっぷり味わえ。そして今までお前達が痛めつけてきた全ての人達に詫びろ。」
黒スーツの男はバットを持った腕を振り上げ、吊るされた男の腹へと目掛けてスイングした。
吊るされた男は口内に広がる不快感を味わう。
カランカランと音を立て目の前に転がる汚れたバット。
その少し奥にある椅子に腰を掛け煙草を咥える黒スーツの男。
体中に痣を作り、血液や嘔吐物に汚れた転がる者。
縛り上げる縄が手首に食い込み血が滲みポタリポタリと滴を垂らす男。
シンとした薄暗い空間にギギギギッと鈍い音が鳴り響き、照らされる。
「終わったか?」
気怠そうに聞く声が聞こえると同時に立ち上がり煙草の火を消す黒スーツの男。
「6割程は終わりました。」
「6割、ね。」
「はい。ですが会長、このまま続ければあの男は確実に息絶えます。」
黒スーツの男は吊るされた男を指差す。
気怠そうに立つ男は吊るされた男を見て呆れた表情を向けた。
「生きて償う、それは難しい事だ。お前が今諦めれば確実に死を迎える。それは俺が望んでる償い方じゃねぇ。……仕方ない、痛みの罰はここまででいいよ。後は寿命が来るまで俺達の犬としてきちんと仕事をしてもらうまで。下ろしてやれ。」
男の言葉を聞き黒スーツの男は吊るされた男の元へと向かい、縄を雑に切った。
吊るされていた男は地面に強く体をうちつけ悶える。
「まだ6割しか与えられていないんだって。お前が人々にしてきた事はどれだけ酷い事だったか理解出来たか?輝血。」
意識が朦朧とする中で輝血が見上げた先に映るのは不敵に笑う魔王様だった。
総龍会の屋敷内にある地下室には多くの男が転がり、男達の唸り声と懇願する声が響き渡る。
あの日の夜に与えられた選択肢は、償い。ただ一つだけであった。
輝血が「分かった。償うよ。」と小さな声で言うと、凱斗は少し口角を上げた。
暗い闇の中で光に照らされ、抵抗する者は容赦無くねじ伏せられた。
森の入り口にはトラックが数台止まっており、輝血達は黒スーツの男達にトラックの中へと放り込まれる。
抵抗し殴られた者は嘔吐物を垂れ流しながら雑に放り込まれ倒れ込んだ。
輝血だけは手錠をかけられ凱斗の車の助手席へと乗せられ、シートベルトの上からロープでくくり付けられる。
後ろの席には眼鏡をかけた男が座り、次々と屋敷へと向かい走り出すトラックを見送り凱斗は輝血にニコリと微笑んだ。
その微笑みを見た輝血はゴクリと喉を鳴らした。
「さ、俺達も行こっか。まだまだ聞きたいことは山ほどある。屋敷でゆっくり話そうな。」
凱斗はそう言うとエンジンをかけ車を走らせた。
輝血はこの時理解していた。
これから自分の身に何が起こるのか、仲間たちがどんな目に遭わされるのかを。
屋敷へ向かう道中後ろに座る男が口を開いた。
「凱斗さん。これで全回収です。」
「そうか。子供も沢山いるんだってな?」
「はい。子供達も総龍屋敷へと連れて行き、警察と連携を取り身元調査、そして身元確認が出来ない子は保護施設へと送る予定です。」
「その間は桜庭達が面倒見るのか?」
「青龍や赤龍に頼む予定です。やはり男性より女性の方が子供達も安心するでしょう。」
二人の会話を聞いていた輝血は身体を震わせる。
「お?なんだ?寒いか?」
凱斗はニタリと笑いながら輝血に話しかけると、輝血はキッと睨みつけた。
「俺達の家族に手を出すな。」
チラリと目線を横に向け、自分に対して敵意剥き出しの輝血を視界に捉えるとクククッと笑う。
「何を笑って───」
「俺達の家族?手を出すな?それは、あの子達の本当の親がお前たちに向けたい言葉じゃねぇのか?」
「あいつ達の本当の親はクズだ!」
大きな声で怒鳴りつける輝血に対し凱斗は再びクククッと笑う。
「そうかそうか。じゃあそのクズな親から助け出してやった。そう言いたいわけだ?」
「そうだ。」
「そうか。それで?助け出してお前達は人様を痛め付けて得た金で飯を食わせてた?子供達が大きくなった時にその事実を知ったら何を思うだろうな?」
「そんな事知らなくていいし、知った所で気に病む必要は無い。」
「甘いねえ、輝血。子供を甘く見てるよ。」
凱斗はそう言うと窓を開け煙草を手に取り咥える。
「気に病む必要は無い、ね。」
凱斗はボソリと呟き咥えた煙草に火をつける。
「自分の為にしてくれた。自分のせいでそうせざるを得なかった。自分がここに居たせいで周りの大人は自分の為に人を殺めて養ってくれていた。」
凱斗はチラリと輝血を見る。
「そう考えてしまった時お前達から、気に病む必要は無いだなんて言われてみろ。子供達の悲しい考えを肯定した上で気にするなと言っているのと一緒。人を殺して得た金で飯を食っていた事を気にするな、と。」
「俺はそんなつもりじゃ……。」
「お前にその気はなくても人の捉え方一つで全く別の解釈になる事もある。ま、あんな環境でずっと暮らしてきたんだ。既に知っていてその上で知らないフリをしているだけかもしれない。子供は大人が思っているよりも数倍色々考えていたりするからな。」
輝血は下を向き黙り込んだ。
「清潔とは言いきれない小汚い格好をしているらしいな。お前達の所じゃなく、それこそ施設にでも連れて行ってやっていた方が良かったんじゃないか。」
「施設は……親と接触してしまう可能性がある。だからダメだ。」
凱斗は白い煙を吐き出しながら話した。
「殺人事件だなんだって警察から連絡が入る中に、子供の失踪事件も報告されている。事件に巻き込まれたのでは無いか?と。その中には、本当に事件に巻き込まれていた子達も数多く居た。だが、大半は知らない男達が急に現れ自分達親に暴力を振るい子を連れ去った。そう話す親ばかりだ。事件に巻き込まれた子達との関連性が0では無い。そう思い捜査していたが今後はする必要が無さそうだ。」
輝血は黙ったままでいた。
「勿論親から話を聞いたことがある。最初は何も知らないの一点張り。だが、”虐待”この一言で親たちの目は泳いだ。あの子達に共通するのは虐待。ストレスの捌け口にされていた子達。その子達を救いたいと思うのは俺も一緒だ。だがな輝血、お前のやり方は強引すぎた。」
「それは……分かってる。けど時間をかけたくなかった。1秒でも早くあいつ達を助けたかったんだ。」
「その志は立派で賞賛する。だが、お前達は罪を重ねただけだ。救ったといえば聞こえは良いが、親や周りからすりゃただの誘拐。分かるな?」
「………うん。」
「だからこれからお前は俺の下で誘拐じゃなくきちんと救う仕事をしてもらおうと思っている。お前が罪をきちんと償い、生きていればだが。」
輝血はそっと顔を上げ凱斗を見ると、冷たい瞳と目が合った。
「これからお前の覚悟を見せてもらう。残りの話はその後だ。負けるなよ。」
凱斗はそう言うと煙草を灰皿へと押し付け車のスピードを少しあげた。
ガタガタとした道を進み、総龍屋敷がある山へと入り込み、輝血は窓から外を見つめた。
光は徐々に薄れていき薄暗くなる。
屋敷に辿り着くまでに幾つもの大きな門を潜った。
門の隣には小さな家が一軒ずつあり、周りには体格の良い男が数人並んでいた。
これが屋敷に辿り着けない関門か。
輝血の脳内には仲間達や家族達の笑顔が浮かぶ。
自分の選択肢は間違っていたのだろうか?
そんな事を考えていると大きな屋敷の前で車が止まった。
「じゃ、俺はこのまま屋敷に戻るけどお前はアイツらと部屋に行って。たまには顔を出すから、その時は元気な姿を見せろよ。」
凱斗がそう言うと助手席のドアが開かれ、黒スーツの男に縄が解かれる。
シートベルトを外されそのまま外へと引きずり出された。
車のドアが閉まると凱斗と桜庭が乗る車は屋敷前の大きな門の先へと進み、黒スーツの男達は車が見えなくなるまで頭を下げ続けた。
そしてシンとした空間に変わり、黒スーツの男は頭を上げると座り込む輝血の髪を掴みそのまま立ち上がらせた。
「何す……カハッ」
輝血が牙を向こうとした時には既に頭部に重い重圧を感じた。そのまま前屈みに倒れ込みかけると、黒スーツの男は輝血をヒョイと担ぎ歩き出す。
輝血はボーッとしたまま地面を見つめた。
薄暗く静かな空間に響くのは黒スーツの男の足音だけ。
”生きていれば”
”負けるなよ”
”元気な姿を見せろよ”
凱斗に言われた言葉がグルグルと頭の中を巡る。
ああ、これから俺はきっと………。
輝血はそのまま深い眠りについた。




