03
「輝血さん。」
男の元へ向かう黒髪の男、輝血は背後から呼び止められ立ち止まる。
「何?」
「お父さんから電話です。」
輝血は振り向き電話を受け取り耳にあてる。
「もしもし。」
ポケットから煙草を取り出し咥えると火を付ける。
「ああ、もしもし輝血?今少しいいかな?」
「大丈夫。どうした?」
輝血は近くに転がる椅子を立てると腰を掛け、煙を吐き出した。
「輝血はアビス地区を知っているかい?」
「あー、何年か前に食屍鬼に潰された場所?」
「そうそう。暫くは立入禁止区域になっていたらしいんだけど、数ヶ月前に復興作業が終わったらしくてね。ただ、不気味がって誰も住もうとは考えないらしく今は僕達の同業者の巣窟になっているらしいんだよ。」
「ふぅん。巣窟ねぇ。じゃあ警察とか龍が来るんじゃねーの。」
「警察は来ない。来るとすれば龍だろうね。それでも滅多にアビス地区には顔を出さないらしくてね。」
「どうして?アイツらは俺達みたいな人間捕まえて拷問するのが好きなんだろ?」
「ははっ、確かにそうだね。でも奴らはアビス地区に到達出来ないでいる。」
輝血は地面に灰を落とし、口に咥える。
「アビス地区に到達出来ない?他の奴らが暴れてるのか?」
「アビス地区は巣窟。彼達も守りたいんだよ。だからアビス地区の周りの地区で悪さをしているらしいね。」
「んなもんアビス地区に突入してとっ捕まえりゃ早い話だろ。」
「そうもいかないんだよ。誰彼構わず捕まえる事は出来ない。現行犯逮捕が出来ればそのまま龍の屋敷に連れ帰ることも出来るが、とにかく証拠が無ければ奴らは手出しが出来ない。証拠を掴むためにアビス地区へ行きたくとも周りの地区で幾つもの犯行が行われている。それを蔑ろにもできない。」
「ふぅん。で、お父さんは何が言いたいの?」
「アビス地区に新たな拠点を構えたい。」
輝血は煙を吐き出し足元へ煙草を落とすとそれを靴で踏み火を消した。
「新たな拠点ね。ザリチュの森から向こう側、アビス地区や龍が彷徨く地区は俺達の遊び場にするには危険だ、って言ってたのはお父さんじゃなかったっけ?そんな所に拠点を置くなんて……何楽しそうな事考えてるの?」
輝血は妖しく笑う。
「それは食屍鬼がいた頃の話。暫く様子見をしていたがやはり食屍鬼という存在はもう居ないらしい。ならば我々の新たな拠点を置いても安心だ。可愛い幼子を喰われる心配をしなくて済むからな。と言っても本拠地は今のまま。僕達はラメント地区。輝血達はルスト地区。アザミ達はエクリプス地区のままだ。アビス地区はあくまで別荘感覚。向こうで時間が掛かる時に寝泊まりするだけの場所だよ。」
「別荘か。なるほどね。じゃあ適当にアビス地区を見に行くように伝えておくよ。」
「ああ、頼んだよ。アビス地区に一番近いのはルスト地区だからね、ササッと見てきてくれ。」
「任せて。……念の為確認をするけど、アビス地区に龍は来ないんだな?」
「足止めを食らっていて来れないはずだよ。だがこの世に絶対なんてものは無い。警戒はしておくように。」
「分かった。また俺から連絡するよ。」
「ああ。楽しみにしているよ、輝血。」
輝血は電話が切れたのを確認し、男に電話を渡す。
「何人かアビス地区に行くやつ見繕って直ぐに行かせて。別荘という名の拠点を構えるんだと。」
輝血がそう言うと男は頭を下げその場を去った。
「さて、と。そろそろ玩具で遊ぶとするか。」
輝血は鼻歌を歌いながら薄汚れた扉に手をかける。
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「やめてくれ!頼む!あと幾らだ!?金ならいくらでも渡す!だからもうっっ!!っああああ!!!!」
輝血が扉を開くと目を覚ました男の叫び声が響いた
「おーおー、うるせぇな。」
輝血が扉を閉め男に近付くと、囲んでいた男達がサッと道をあける
「おっさん、お漏らししちゃったの?ただでさえ脂臭いのに……へへへっ、まあいいや。おい、椅子から下ろせ。」
男達は乱暴に男を椅子から下ろすと、男は床へと叩き付けられた。
輝血はその光景を腕を組み壁にもたれかかりながら見て笑う。
「おっさん、自分で出した物は自分で片付けないとなぁ?」
男は体を起こし輝血を睨み付けた。
「何?その生意気な目。もしかして自分の立場が分かっていないの?」
輝血は男の前に立ちしゃがみこむと冷たい目で男の目を覗き込む。
「片付けろ。」
輝血は男に低く圧のある声でそう言うと立ち上がり、また壁にもたれかかりながら男を見つめた。
が、男はその場に座ったまま唇を噛み締める。
周りの男達から「早くしろよ。」と急かされるが、男は動かない。
輝血はそんな男を見て首を回し骨を鳴らす。
「もしかして片付け方が分かんねーの?」
うーんと大きく伸びをしながら問う輝血に対して男は小さく首を縦に振る。
「分からないなら分からないってちゃんと言ってくれないと。言わずに伝わるとでも思ったか?ガキでも分かるぞこんな事。お前本当、金しか取り柄ないのな。」
輝血が笑いながらそう言うと、周りの男達も笑う。
男は悔しそうな表情を浮かべ、下を向いた。
「おっさんおっさん、教えてやるからそう拗ねるなよ。」
輝血は煙草を咥え火を付けると男の前にしゃがみこむ。
「舌出してみ。ほら、べーってして。」
男が顔を上げると輝血が煙を吐き出す。
男の顔は煙に覆われ咳き込むと同時に頬に衝撃が走る。
「咳をする時は口に手を当てろ。俺にお前の汚い唾がかかんだろ。」
輝血は手をヒラヒラとさせながら男を睨み付けた。
「お、お前が人の顔に煙をっ───」
男が話している途中でまた頬に衝撃が走った。
「誰に向かってお前って言ってんだ?立場を弁えろよ。」
眉間に皺を寄せ睨み付けるその目は冷徹で男は言葉を発する事が出来なくなった。
「謝ることも出来ない、自分の立場を弁える事も出来ない、片付けもしない。ははっ、本当に金しか取り柄がない。おっさんの良い所一つくらい見せてくれよ。」
輝血は立ち上がり吸い殻が溢れかえる灰皿に煙草を投げ込むと指の骨をパキパキと鳴らす。
「ほら、謝って片付けて?早くしてくれないと俺が遊ぶ時間が無くなっちゃう。」
振り返り自分を見つめる目に怯えながら男は小さな声で「悪かった。」と言った。




