04
「かーくんがそこまで言うなら……って言いたいけど、もしかーくんが連れ去られそうになったら、俺でもアイツらは止められないよ。前もって伝えてはおくけど。」
「あぁ。」
「くれぐれも気を付けてね。俺達がそばに居る。」
「うん、ありがとう。」
「かーくん。」
「ん?」
「行ってらっしゃい!」
「……行ってきます。」
懍はニコリと笑いドアを閉め、手を振り闇へと姿を消した。
輝血は前を向き車を走らせる。
いつもは何も思わなかった道が長く感じた。
そして、入り口に止まる一台の車が視界に入る。
黒い車の中で微かに動く銀色が輝血の鼓動を加速させる。
ドクンドクンと大きく波打つ鼓動。
これ以上近寄りたくない、引き返したい。
だがそれは許されなかった。
真っ暗な中で光る赤い光が輝血を捉える。
もう、逃げられない。
輝血はその場に車を停め大きく深呼吸をする。
もう行くしかない。
覚悟を決め車から降り、一歩ずつゆっくりと入り口を目指した。
前を見ることが出来ず下を見ながらゆっくりと。
小枝を踏み折れる音、風の音、葉が擦れ合う音が響く森。
部外者の侵入を絶対に許さんとするこの森の入り口には、誰よりも立ち入って欲しくない奴がいる。
タラリと汗が流れる。
バタンッ
前方から聞こえるドアが閉まる音。
ガサガサ
自分に向かって近付く音。
ドクンドクンと鳴る音がすべての音をかき消した。
「来たんだ?」
楽しげな声。
輝血はまた声を発することが出来なかった。
「また無視?電話では普通に話せたのになんなのお前?」
文句に混じる笑い声に恐怖心が増す。
輝血はもうこれ以上は進めない。足が止まり動かない。まるで石化されたかのように重い。
「何?俺にそこまで来いって言ってるの?いいけど。」
変わらず楽しげな声が少しずつ近付いてくる。
重い足は動かないが震わすことだけが許される。
恐怖に支配された人間は、思うようには動けない。
「でも少し残念だなー!」
ゆっくりゆっくりと近寄る声。
「俺言ったよね?」
一歩、また一歩と近付いてくる。逃げたい。
「一人で来てね、って。」
圧掛かった声色に変わった。
一瞬にして辺りは冷える。
大人しかった烏が鳴き飛び去る。
震えと汗が止まらない。
「あー、お前弱虫だから一人で来れなかったのか?ははっ、それでリーダー?面白いね。」
耳元で聞こえる声に腰を抜かすことも許されない。
顔を上げるのが怖い。肩に触れる手が怖い。耳元で聞こえる声が怖い。
今この場でおこる出来事の全てが怖い。
輝血に何かあれば直ぐに駆け付けようと待機していたメンバー達と懍は、凱斗を視界に捉えた瞬間動けなくなった。
ヘラヘラと笑っていたかと思えば、その場全体を凍らすほどの冷たい目を向けた凱斗に恐怖心を抱いてしまったのだ。
自分は力があると錯覚していたのだ、と痛感する。
「ははっ、また怯えさせちゃったか。」
凱斗は妖しく笑い輝血の肩に手を置く。
「お前の目的は仲間の奪還と大橋の拉致、で合ってるか?」
輝血は隣から聞こえる言葉に頷く。
「大橋みたいな小汚いおっさん、連れ帰って何をしようって言うわけ?……もしお前達が大橋を使って食屍鬼を復活させよう、みたいなくだらない事を考えているならそれは辞めときな。」
凱斗は輝血の肩をポンポンと叩くと近くの木に寄りかかり気怠そうに輝血を見つめた。
「食屍鬼を復活させる、なんて事をすれば俺達はお前達メンバー全員、それにお前達の家族も全員殺す。」
輝血は目を大きくし凱斗の方へと視線をやると、視界に映ったのは悪魔だった。
「俺はお前達みたいに私欲で無関係の人間を弄ぶ理由も楽しさも分からない。お前達がしている事は食屍鬼と変わらない……いや、食屍鬼以下か。仮にもアイツ達は自分が生き延びる為の食材集めとして人間を狩っていた。だがお前達はどうだ?人を殺める理由教えてくれないか?」
「俺達も……生きる為に……。」
「お前達が生きる為に被害に遭った人の中には未成年もいた。必要だったか?」
輝血は冷たく鋭い瞳に耐えきれず下を向く。
「成人していたらいいなんて事は言わない。でもお前達は未成年の女の子を捕まえて売り飛ばした。人の弱みに漬け込み利用し平気な顔をして過ごすお前達は人間じゃない。」
「でもそうしなければ俺達は生き延びられなかった。」
「お前達が生きる為に犠牲に遭った被害者にも生きる理由はあったし、誰かが奪っていいなんて事は無い。お前達に命を奪われた者も数多くいる。お前達は人の人生を奪ったんだよ。お前達の私利私欲の為に失われた人達にも家族がいたし、やりたい事もあっただろう。それをお前達は数の暴力で無理矢理に奪った。その罪の重さは計り知れない。」
「龍からの罰を受けろって言いに来たのかよ……。」
「ははっ、生意気な口が聞けるようになってきたな?」
「笑ってないで答えろよ。」
輝血が顔を上げると自分をジッと見つめたままニヤリと笑う顔が見えた。
「お前達の事は大体調べが付いた。罰を与える対象にもなっている。これ以上の被害拡大は避けたいから出来れば今から全員総龍の屋敷に来てくれると有難いんだが、素直に首を振るとも思えない。」
輝血は恐る恐る凱斗を睨み付ける。
「何?そんな怯えながら睨まれても怖くもなんともないけど。それがお前が出来る俺に対する必死の抵抗か?ははは、大丈夫。無理はしなくていい。自分より勝る者が現れた時人は何も出来ないって事は嫌な程分かっている。」
「お前だって人を殺めているだろ……。」
輝血は声を震わせながらも強気な言葉を使うが、凱斗はまるで気にしていない様子だった。
「え?ああ、まあそうだな。でもお前と俺は違う。殺める理由も、立場も、力も。俺達が手を掛けるのは誰も慈悲をかけない程の、人間と呼んでも良いのか怪しい生き物だけ。被害者家族の怒りや悔しさが消える事は無いし、むしろ終わってから後悔する人も多くいる。それでも俺達は殺らなきゃいけない時がある。それが仕事だから。」
「仕事でなら殺してもいいって言うのかよ!なら生きる為の俺たちの方がよっぽど人間らしいじゃねぇか!」
凱斗は笑ったまま目を伏す。
「俺は一回人間辞めてっからな。ま、龍はそういう存在だし、全員殺してるわけじゃない。喜んで楽しみながらする奴は一人もいない。俺達はお前達みたいな奴が居なくなりゃ殺る必要も無いんだけど。そもそもの原因がお前達って事理解した上で言ってる?」
輝血は黙り込む。
「今お前が全員連れて来てくれりゃ俺達も手荒な真似はしないで済むんだけど。」
「もし抵抗したら?」
「抵抗したらそうだなー……ネタは上がってるしこの場でお前達を地獄に落としてもいい。」
ニヤリと笑ったままの凱斗の目がキラリと光った。




