05
輝血は慌てて一歩下がると男はニヤリと笑った。
「桜庭の質問には答えるのに俺には返事してくんねぇんだもん。唐突に耳が聞こえなくなったのかと心配したけど……ちゃんと聞こえてるみたいで安心したよ。」
輝血はただただその男を見ることしか出来なかった。
この男が燈龍凱斗なんだろう。
仲間の首ですら自らの手で刎ねてしまう男。
食屍鬼事件での被害者であり、討伐においての筆頭。
総龍の現会長。
輝血の頭の中は燈龍凱斗について知っている限りの情報で埋め尽くされた。
そして、今の自分では到底適う相手じゃないという事も痛感させられた。
「お前の狙いは白衣を着た汚いおっさんだろ?」
ニヤリ顔のままそう聞いてくる凱斗に輝血は何も答えられずにただ立ち尽くし見つめることしか出来ない。
口を動かそうにも、目の前にいる男から放たれる圧に押し殺されてしまう。
そんな輝血を見てメンバーも立ち尽くした。
輝血がこれ程までに怯えている姿を初めて見たのだ。
「あれ?聞こえてるはずだよな?……あー、もしかして声が出せないんだ?」
凱斗は「そっかそっかぁ。」と腕を組みゆっくりと輝血に近寄る。
凱斗が一歩近寄ると、輝血が一歩下がる。
凱斗がまた一歩近寄ると、輝血もまた一歩下がる。
凱斗は、はははっ!と笑い立ち止まった。
「俺、お前に何かしたか?そんなに怯えられるようなこと何もしてないよな?何をそんなに怯える必要があるわけ?足、震えてるぞ。」
輝血はゴクリと喉を鳴らし目を閉じ下を向く。
「凱斗さん、子供相手に揶揄い楽しんでいる場合では無いですよ。もういいでしょう。」
「は?うるせぇな!そもそも桜庭……お前さあ、本当にこいつがアンフェイスフルの奴だと思ってる?」
輝血は目を開け体をピクリと震わせた。
「え…?えっと……違いますか?」
「はぁーーー、それでよく黒龍の隊長やってるね?あ、年取って見極める力衰えちゃった?大丈夫?休む?」
「なっ!貴方って人はまたそうやって人を馬鹿にして!」
先程まで自分と話していた眼鏡の男、桜庭も相当な力を持ち合わせている事は輝血も承知していた。
だが人数で押せばどうにかなるか?と過ぎりもしたが、今はもう無理だ。
輝血の頭の中に浮かぶのは総龍屋敷で全てを吐くまで容赦なく痛めつけてくる凱斗の姿。
自分が今まで人にしてきた事が全て一気に返ってくる。
因果応報を龍から受ける自分の姿。
「で、そこのガキは話す気になったか?」
輝血はハッとし顔を上げると、気怠げに立ち自分を見る凱斗と目が合う。
「お前の本当のチーム名は───」
凱斗の瞳の闇が一瞬濃くなった時、一台の車が停車した。
「会長、お時間です。急いでください!桜庭さんも!他の隊長は集まってますよ!」
停車した車から降りてきたのは黒スーツの男だった。
凱斗はチッと舌打ちをすると輝血へと一歩近寄った。
輝血が一歩下がると、風を斬る音が聞こえ、輝血は凱斗の腕の中に収められた。
「なっ…!」
「おっ?声出んじゃん。もっと早くに出せよお前。話す時間なくなっちゃったじゃん。バーカ。」
輝血が振りほどこうにも全く動かない凱斗に輝血は動揺する。
一般男性より少し筋肉はついているが、この程度であれば簡単に離すことが出来るはず。
「俺は総龍会会長の燈龍凱斗。次に会った時はゆっくり話そう。……俺の屋敷で。」
凱斗はそう言うとパッと輝血から離れ車へ向かい歩く。
「凱斗さん、彼達がアンフェイスフルじゃないのならばこのまま放置する訳には───」
「最初に気付かなかったお前が悪い。何かあったらお前のせい。分かった?」
「しかし…分かっているというのであれば!」
「しつけぇな!うるせぇんだよ馬鹿!見極める力が衰えた桜庭が悪いの!もう迎えも来ちゃったし……それに……。」
「それに……なんですか?」
「なんかもう飽きちゃった!ま、次何か悪さされても困るけど悪さする前にとっ捕まえるよ。黒龍が。」
ははは、と笑いながら手をヒラヒラとさせ車に乗り込む凱斗に桜庭は頭を抱える。
そんな二人を見て輝血とメンバーはポカンと口を開けた。
凱斗は後部座席に乗り込みドアを閉めると窓を開けてニコリと笑う。
「次は俺にも生意気な口聞いてみろよ。相手してやるから。」
輝血はキッと凱斗を睨みつけるが、凱斗はヘラヘラと笑っていた。
桜庭は頭を抱えたまま助手席へと乗り込み、総龍隊員は残された車に乗り込んだ。
「あー、それと一つ。」
隊員が乗り込んだ車が一台発進し、凱斗達が乗る車も続こうとした時凱斗が窓から少し身を乗り出した。
「俺は龍の隊員、特に共に戦った奴の事は忘れねぇよ。出来れば違う形で会いたかったよ、柏木。」
凱斗は輝血では無くメンバーの方へ視線を向けそう言うと窓が閉まり、車は龍の屋敷の方へと走って行った。
その後少しして街の出入り口に停車していた車が後を追う。
その車の後部座席に白衣を着た男性が座り此方を見ているのが一瞬だけ輝血の目に映った。
車が走り去るとその場はシンと静まり返り、輝血は膝をついた。




