03
ひび割れた窓から風が入り込む。
ガタガタと音を鳴らす窓の隣をゆっくりと進む。
「あの。」
前を見つめたまま声を発すると、後ろに立つ男が反応する。
「はい?」
「俺今何も出来なくて迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします。」
首を回し後ろへと視線をやると、ニコリと優しく微笑む美しい顔が視界に入る。
「気にしないで。僕はこういう事でしか貢献出来ないから…。遠慮せずになんでも言ってね。あと普通に話していいよ。僕、堅苦しいの嫌いだから。」
柏木が「分かった。」と答えると華純はニコニコとしたまま歩みを進めた。
華純の声は透き通っており、心地良く響く。
暫く沈黙のまま時が経つと一室の前で止まる。
「ここが僕達の部屋。」
華純はそう言うと扉を開き車椅子を部屋の中へと進めた。
ベッドとソファーとテーブル、そして小さな冷蔵庫しかないその部屋は誰かが生活しているとは思えない程殺風景だった。
「何も無いでしょう?」
華純は車椅子をソファーの隣に運び、冷蔵庫の元へ行くと中からペットボトルを2本取り出しソファーへ座る。
「はい、どうぞ。」
キャップを開けたペットボトルを一本柏木に渡し微笑む。
柏木はペットボトルを受け取り「ありがとう。」とお礼を言うと握ったまま静かに華純を見つめた。
「ん?何?……あぁ、毒なんて入ってない普通の水だよ。」
「いや、疑っているとかではなくて……その、一つ聞いてもいいか?」
華純は水を一口含み頷く。
「カブト、ムスカリは何故一般市民を襲っている?」
柏木の質問を聞き、テーブルの上にペットボトルを置くと微笑んだまま柏木の目をじぃっと見つめた。
「そこら辺を歩いてる人を襲ってると思う?」
柏木は頷く。
「ははっ!そっかそっか、そうだよね。だけど実はそうじゃない。僕達の玩具は限られている。」
「限られている?」
「そう。僕達の殆どの人間はお父さんに救われた。元々は皆住んでいた場所や環境が違う子供だったんだ。」
「救われたって……?」
「僕達は皆、親を憎み食屍鬼を恨んでいる。だけど所詮子供。大人や化け物には逆らえない弱い弱い生き物。そんな僕達を救ってくれたのがお父さん。」
「食屍鬼被害者は今まで嫌という程見てきたが……親って虐待か何かか?」
「そうだね。体罰なんて当たり前。中には躾という名の拷問をされていた子もいる。親が子にそんな事をするのは未熟なまま親になってしまったからなのか、それとも食屍鬼によるストレスからなのか。でも子供からすりゃそんな事実どうでもいい。ただただ逃げたい、だけど逃げることが出来ずにひたすら耐えて耐えて絶えるのを待つだけ。」
華純は顔を歪める柏木を見て微笑む。
「僕は両親から性的虐待を受けていた。」
「両親から?」
「そう。母親と父親は仲が悪くてね、必要最低限の会話しかしない夫婦だったよ。だけどそんな二人も一人の人間。溜まる性欲を僕で発散していた。気持ちが悪くて何度も吐いたし、自殺を考えない時間の方が少なかった。眠るのも怖い。家にいるのが怖い。かといって外に出ても行くあてもないし誰も助けてくれない。地獄のような生活をしていた時、お父さんが現れたんだ。」
柏木はペットボトルを握る手に力が入る。
「もう大丈夫だよ。そう言ってお父さんは僕を優しく抱き締めてくれた。僕を性の捌け口にしていた両親はお父さんの後ろで正座をして黙って俯いていたんだ。僕はそんな二人を見て、笑った。」
華純はふふっと笑う。
「言うことを聞かなければ殴られ、大人しく服を脱げば喜び我を忘れて発散していた二人。僕が逆らえないのをいい事に押さえ付けていた二人が、一人の男性に適わずただ座ることしか出来ない。力があれば僕でもこの二人を押さえつけることが出来たのかもしれない、そう思えた。僕はこの世にいる性的虐待を受けている全ての子の味方だ。望むならばその加害者を僕が殺してあげる。」
華純はニコリと柏木に笑いかける。
「みんなそれぞれのターゲットが決まっている。普通にしていれば僕達から目をつけられることは無いよ。ま、輝血くんはちょっと別かもしれないけどね。」
「輝血は別って?」
「うーん、あまり僕の口から詳しい話は出来ないけれど、輝血くんのターゲットは金持ち。それはカブトが生活する資金稼ぎって言ってるけど、本音は少し違う。」
「資金稼ぎ以外の目的があって殺害している?」
「そうだね。懍くんは輝血くんの事が大好きだから一緒にしてるってだけで懍くんがターゲットとするのは女性。詳しく知りたければ本人に直接聞くといいよ。話してくれるかは分からないけどね。」
華純はニコリと笑う。
柏木は頷き水を一口含み喉を鳴らして流し込んだ。
華純は車椅子をベッドの隣に移動させると電話をかけ始めた。
「少し待ってね。さすがに僕一人じゃ柏木くんを支えられないから。」
柏木は華奢な華純を見て納得する。
暫くすると扉が開き怠そうな顔をした輝血が入ってきた。
柏木は軽く頭を下げる。
「どうして俺が手伝わないといけねぇんだよ。」
輝血は文句を言いながら柏木を担ぎあげベッドの上へ乱暴に放り投げる
「っつ…!」
「柏木くん大丈夫?!ちょっと輝血くん!乱暴に扱わないでよ。」
華純が輝血を睨み付けると輝血はニタリと笑い華純の頬に手を添える。
「怒った顔も可愛いねぇ?華純。」
華純がキッと睨み付けると輝血の目が見開いた。
「っっってぇ!!!」
輝血はしゃがみこみ悶える。
「輝血くんが悪いんだからね。」
輝血の足を踏んづけた華純はフフンと笑うと柏木に向けて手を合わせた。
「ごめんね。痛くない?大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。」
「もし痛みが出たりしたらすぐに言ってね。」
「わかった。」
華純がニコリと笑うと柏木もつられて笑う。
そんな二人を見た輝血はつまらなさそうな顔を向けていた。
「次は俺以外の奴呼べよ。」
輝血は華純にベーッと舌を出し部屋を後にした。
「自分が怪我させたんだからちょっと位手伝ってくれてもいいのにね?」
華純が呆れた顔を見せると柏木は引き攣りながら笑った。
「柏木くんが治るまでは僕が全力でお世話するからね!」
そう言う華純の美しくも儚い笑顔に柏木は胸を鳴らす。
華純は柏木に布団を掛け、携帯電話を取り出して渡した。
「これは連絡用。カブト、ムスカリ、雪の雫の者以外との連絡は自分の携帯電話を使ってね。でも、警察や総龍にこの場所を伝える連絡は駄目だよ。もしそんな連絡を入れればどうなるかは分かるよね?」
「大丈夫、分かっている。それにそんな連絡をするつもりは1ミリもない。」
「じゃあいいけど。カブト内での裏切りは死に値するからね。」
ニコリと笑いそう言う華純を見て柏木はまた引き攣りながら笑った。




