01
「キョウさん、客が来ました。」
「……通せ。」
国が干渉しない荒れ果て見放された地区。
国民の接近を固く禁じられているこの場所は、警察や総龍会ですら立ち入る事が出来ない場所。
この地区の周囲には建物が無く、木々に覆われており、まるで国からその姿を隠されているようだった。
この場所が国から見放されたのは十数年前。
とある事件がキッカケだった。
アビス地区やその他にも荒れた地区は存在したが、それを全て合わせてもこの場所には適わないとされている。
この場所は国が干渉しない代わりに、この地区の者も地区外への関わりを持つ事を禁じられている。
だが、中にはそれを守らない者も少なくは無い。
「今日はどんな用だい?」
薄暗い部屋の中でソファに寝転び声を掛けると、相手は声を震わせながら言う。
「殺したいヤツがいるんだ。」と。
それを聞いたキョウは体を起こして相手の目をジッと見つめた。
「ウチは安くないよ。」
理由なんてどうでもよかった。
客からの依頼は指定額さえ支払われれば拒否をする事は無い。
この世界のなんでも屋なのだから。
金額交渉は一切受け付けず、キョウ側の指定額が絶対であった。
それはとても安いとは言えない額だが、キョウに頼み込む客は全員が全額を納める。
支払い確認が取れれば相手の要望に応える。
それがこの男の仕事だ。
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「毎日毎日アホみたいに人が来んのは別にええけど、接近禁止令なんかあってないようなもんやな。」
一日の終わりにキョウとレイは地区内の古びた酒場でグラスを片手に話す。
「それを知ったとしても国は干渉しねェ。」
「せやな。……にしてもあの兄ちゃんしぶといな?殺したと思ってんけどな。」
「あれ位で死ぬ程度なら務まらねェよ。」
「まぁそれもそうか。」
三ヶ月前。
ある日の朝、この地区付近で衝突事故があったというニュースが流れる。
ダンプカーが正面衝突事故をおこし、両車共に大破。
死傷者数を聞いたキョウとレイは目を丸くした。
「死者二名?それって運転手だけかいな?アイツら全員生き残ってるんか?」
「……はっはは、マジかよ。」
重傷者数はその場にいた者ほぼ全員だろう。
だがそれは衝突事故のせいなのか、その前の乱闘騒ぎのせいなのかは分からなかった。
この運転手はキョウとレイの客であった。
キョウからすれば、この場所に向かうと嗅ぎつかれるなんて事は分かっていたことだった。
そして命を落としたこの二人は、足止めをされる可能性も考慮し、逃げきれない時の為に用意した駒だった。
「この時間帯に連絡が無ければ躊躇せずに真っ直ぐ走らせろ。」
この言葉を聞いた二人の男は、用意されたダンプカーに乗り込み発進させた。
自分が向かう先に大量の人がいる事も、向かいから自分が乗るものと同じものが走ってくる事も、知っていたのか知らなかったのかは、今となってはキョウとレイにしか分からない。
総龍会の隊員達、そして会長が今どうしているのかなんてキョウやレイにとってはどうでもよかった。
「で、懍はどうだい?」
キョウがグラスをテーブルに置くと、カランと音を立てて氷が落ちる。
「あー、なんかしらんけど楽しそうやな。こっちのが合っとったんちゃう?」
「だろうねェ。」
キョウは頬杖を付き、うんうんと頷いた。
「でもまさかほんまに輝血から離れて俺のとこに来るとは思わんかったけど。自立ってやつか?」
レイはグラスを置くと目の前に並ぶ料理を頬張りながらキョウからの返事を待った。
「離れるって言ったってこの地区を西と東に分けてるだけだからいつでも会えんだろォが。」
「まぁせやけど。でも月一でしか会わんようにしたやん。」
レイは箸で野菜を端へ追いやり肉を掴み上げると、嬉しそうな顔をして口に放り込んだ。
「そうでもしなきゃアイツらの為にならねェからなァ。」
そんなレイを見ながらキョウはニタニタと笑った。、
「わざわざ地区分けして関わる時間を減らす。子は親の背中を見て育つって言うから、輝血はキョウのように、懍は俺のように育つって事やろ?昔の俺らが出来るってことか?はっはは、ええなそれ。」
レイはケタケタと笑いながら酒を飲み干した。
キョウは煙草を取り出しレイに一本渡すと、レイは嬉しそうな顔をして受け取った。
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三ヶ月前のあの時、赤城さんに連れられ車に乗った。
その後の事はよく覚えてはいない。
微かに記憶に残るのは、大きな音。
気付けば見知らぬ場所で眠っていた。
目が覚めるとそこにはキョウさんがいて。
キョウさんは目を覚ました俺を見て、ニコリと笑うと頭を撫でた。
「目が覚めたかい?」
その声は、優しく冷たい声だった。
頭がズキズキと痛む。
どうして俺はここにいるんだろう。
どうして俺はこの人といるんだろう。
あれ?
俺はこの人と出会う前、どこで何をしていたんだろう?
お父さんはどこに行ったんだろう。
どこでどうして?
どうやってこの場所に辿り着いたんだろう?
ポッカリと大きな穴が空いているようでモヤモヤする。
埋めたいのに埋めるピースが見つからない。
俺はきっと、大切な物を忘れてしまっている。
けれども、その大切な物……だったはずのソレがなんなのか思い出せないし、思い出さない方が良い気がする。
そんな思いをキョウさんに話すと、キョウさんはこう言った。
「今のお前に必要なのは過去じゃねェ。これからだ。」
俺は、過去を全て置いてきてしまったんだ。
その時の俺が、不要だと判断したのかもしれない。
キョウさんが白衣を着た男を連れて来た。
ズキズキと痛みが増した。
顔を歪めてしまうくらいに痛かった。
白衣を着た男とキョウさんが何かを話しているけれど、それどころじゃなかった。
「そうかい。そりゃァいい。」
その言葉の意味が分からなかった。
でも今はそんな事どうでも良かった。
早くこの痛みから解放されたい。
「輝血ィ、お前は良い子だ。」
蹲る俺の頭に再び触れたその手は温かく優しかった。
目を閉じると心地が良くて、不思議な事に痛みが軽減されていく。
そしてまた、暗い暗い闇の中に沈んでいく。




