06
「あれはキョウの声だな。」
颯は少し引いたような顔をする。
「レイさんと喧嘩しているのかな?」
懍がボロ屋の中を気にしながらそう言うと、颯は首を横に振った。
「レイさんの椅子の前で転がっていたあの男だろ。何度か見た事がある。確かレイさん側の人間だったはずだ。怒らせるようなことでもしたんだろう。」
颯が怖い怖いと少しふざけて腕をさすっていると、ボロ屋の中で銃声が響いた。
その音が聞こえた颯は腕をさするのを辞めて黙ってボロ屋の方を見つめた。
「今のって…」
中を気にしていた懍も大人しくなり、輝血は黙ったままボロ屋の方へとゆっくり歩き始める。
「おい、輝血。今は行かない方がいい。」
「かーくん!」
颯と懍の呼び止める声は輝血の耳には届いていないようだった。
輝血は自然と進む足を止めることも、止めようと思うこともなかった。
「おォ、なんだい?お迎えかい?」
輝血がボロ屋の出入口に辿り着いたと同時に中からキョウが出てきてニコリと笑った。
キョウの肩越しに見えた向こう側は薄暗く少し鉄臭かった。
「話なら向こうでしようなァ。ここは臭くて仕方ねェや。」
「臭くなったんはキョウのせいやろ。撃つんやったら撃つって言っといてくれなあかんやろ。心臓飛び出すかと思ったわ。」
キョウの後ろから顔を出したレイはキョウの肩に顔を乗せると横を向き、キョウの耳に噛み付く。
「っっ!」
キョウは耳の痛みに驚いたのか声を出さないままレイの頭を強めに叩いた。
「あっは、ほんま暴力的で怖いわぁ。キミほんまにこんな奴について行きたいん?俺の方がええんちゃう?」
「暴力的なのはレイも変わらねェだろォ?いきなり噛むなって何回言わせるんだい?」
レイはキャッキャと笑い、それを見たキョウは少し呆れたような顔をする。
輝血はまるで少し過激になった自分と懍を見ているような気持ちになり、なんだか少し嬉しかった。
「で?俺に付いてきたいってのは本当かい?」
キョウは輝血の顔を覗き込む。
「キョウさんが良いなら……とは思っていて……ただその……カブトの復活っていうのもありなのかなとも思い始めてて。」
輝血がしどろもどろに話すと、キョウは驚いたような顔をしたかと思えば、ニィっと悪い笑みを浮かべた。
「カブトの復活ねェ?そうなると凱斗は更なるダメージを追うわけだ。悪い男だねェ、輝血ィ。」
キョウはクククっと喉を鳴らして笑った。
「更なるダメージ……。」
「そりゃァそうだろうよ。可愛がって更生させようとしていた奴が急に飛び出して行ったかと思えば、元の巣に帰ってまた悪さをしようとしている。はっは、まァたあの男は自分を責めることになるんだろうなァ。」
「そうですよね……それじゃ会長が可哀想ですよね。」
輝血が俯くとキョウは輝血の頭を二度ポンポンと軽く叩いた。
「可哀想?そんなの今更じゃないかァ?それに凱斗は少しばかり人を見る目がないねェ。大橋には再び裏切られ被害拡大、輝血には不在時に逃げられ、俺にも協力を任せたのに結局俺がバラしちまった。まァある意味可哀想だなァ。」
キョウはケラケラと笑う。
「協力……?」
輝血が首を傾げると、それに気付いたキョウは笑うことを辞めボロ屋の中を指さした。
「あ?あァ、さっきの中で転がっていた男。アイツは俺やレイを裏切り、仲間を裏切り、大橋と手を組んでいた。俺は食屍鬼なんてもんには興味がねェから、とりあえず大橋を匿うってだけだと思っていたら……まァ、アイツもいつからなのかは知らねェが大橋に協力し、俺の大事な仲間をあの化け物に変える手伝いをしてやがった。はっは、舐められたもんだねェ。」
笑い声をあげるが、目だけはずっと笑ってはいない。
「で、逃げてるアイツを俺が見つけたから先にとっ捕まえて、ここでキョウを待ってたってわけ。ほーんま頭悪いわあ。ここら辺でキョウや俺から逃げられるわけない事位分かっとったはずやのになあ。アホやわほんまに。……そんなことさせる為にキョウの所に手伝いに行かせたわけじゃないんやけど……腹立つわほんま。」
どうやらキョウの仕事の手伝いとしてレイの部下があの場に訪れていたようだが、その中で起こった裏切り行為。
それをキョウとレイが見逃す訳もなく、呆気なく捕まり命を奪われてしまったのだ。
「そうだったんですね……俺何も知らなくて。」
「知らなくて当たり前なんだよ。ま、これで俺も龍から更に目を付けられるわけだ。はっは、遠くに行かねェとなァ?赤城ィ。」
「はい。」
「……じゃァ、約束通り少し話すかい?」
キョウはニコリと微笑んだまま輝血に聞くと、輝血は頷いた。
「車に行こうかァ。」
キョウは輝血の肩をポンポンと叩くと車の方へとゆっくりと歩き始める。
輝血はキョウの後を追い、颯や懍達に見守られながらキョウと共に車へと乗り込んだ。
「あまり時間が無いから、まずは俺の案を話すけどいいかい?」
車に乗り込みドアが閉まると直ぐにキョウが質問をした。
「はい。」
輝血は背筋を伸ばし返事をした。
「カブトを復活させるとしても輝血と……懍だったか?それとあそこで戯れている奴らでって話だろ?」
「そのつもりです。」
「拠点はどこにするんだい?生活をする金はどう用意する?前と同じように人を狩って得るつもりかい?」
「そこまではまだ……さっき復活するしないの話になって初めて考え始めたので……。」
輝血がおずおずと返すと、キョウは頷きながら外を眺めた。
「はっは、なるほどねェ。前から考えてたわけじゃないならそりゃァこの先の事なんてまだ考えてないよなァ。ふゥん……なるほどねェ。」
「今の俺じゃ難しいと思いますか?」
輝血がキョウを真っ直ぐ見ると、キョウは視線を外から輝血へと戻した。
「そうだねェ。難しいんじゃないかい?カブトでの現役の時を見ていた訳じゃねェからなんとも言えないが、今の輝血じゃすぐに喰われて終わりそうだねェ。」
「ですよね…。俺もそんな気はしていたんです。」
しょんぼりと肩を落とす輝血を見てキョウはまたあの悪巧みをしている人間の顔つきになる。
「はっは、そうかい。……じゃァこうしないかい?カブトを復活させるにしろ、拠点も金もそれに人数も必要だろ。全てが揃うまで俺の下につくってのはどうだい?付いてくるつもりだったなら問題は無いと思うけどねェ?」
「え、いいんですか?」
輝血が食い気味で反応すると、キョウはゆっくりと頷いた。
「別にいいよ。俺も輝血の事はずっと気になっていたし、自分の意思で決めたってんなら俺はなんの文句も無ェ。ただ、下にいる間は俺に従ってもらう事になるけどなァ。」
「じゃあ、お言葉に甘──」
輝血が目を輝かせた時、鋭い瞳に見つめられ言葉を詰まらせた。
「その代わり、凱斗はもちろん他の関わってきた龍の人間全員を悲しませる、そしてまた龍から狙われる対象になるという覚悟は必要だ。少しでも迷いがある人間はウチにはいらねェ。足手まといにしかならない奴はいらねェ。」
「覚悟は……」
輝血が返事をしようとした時、ぶわっと広がるように様々な光景が脳裏に浮かんだ。
厳しくも優しく気にかけてくれる凱斗の顔が。
邪険に扱われた時期もあったが、最近では普通に話しかけてくれて優しくしてくれた龍の隊員達の顔が。
同じ施設にいた唯一の生き残りの彼女の顔が。
怪我をした時に怒りながらも、生きていてよかったと治療してくれた専属医の顔が。
いつでも美味しい料理を提供してくれるシェフの顔が。
屋敷にいた期間、最初は苦しくて辛くて逃げ出したかった。
それでも周りの人達の優しさに触れて、ここで頑張るのも悪くないんじゃないかと思えてきた。
自分を救ってくれた人の死を目の前で見た時は、本当に会長だけではなくその場にいた龍の人間全員を殺したいと思った。
だけど、自分の大切な家族を守ってくれたのも事実で、そこから少し会長を見る目が変わった。
だからこそ、ここで頑張ろうと思えていた。
だが、キョウさんと出会った事によりずっとぽっかりと穴が空いていた部分が埋められた気がした。
自分が酷い事をされた訳じゃないからなのかもしれないし、キョウさんに惹かれる部分があったからなのかもしれない。
揺れた。
沢山揺れて、揺れて、考えていた。
自分にとって残るべきは龍。
そこで一生をかけて罪を償うのが自分のやるべき事。
自分を殺してでも、そうするべきだ。
だけど、どうしても俺は今この人と一緒に居たいと思える。
暗く足場の悪い道を歩く事になっても、また人から恨まれる存在になっても、それでも、俺はこの道しか歩くことが出来ない。
ごめんなさい。
俺は、幸輝みたいにはなれない。
ごめんなさい。




