01
その日の夜、輝血と懍は裏庭へと向かっていた。
隊員達は入浴や食事をする為、纏まって行動はしていない。
凱斗が今食堂にいることも事前にチェックしている。
二人はソワソワと早足で向かい、そして、椅子に座る颯が視界に入った。
飲み物片手に携帯電話を弄っていた颯は足音に気付き二人の方を見てニッと笑った。
「お疲れ様。」
颯は携帯電話と飲み物を隣へと置く。
「明後日の朝桜庭さんがここに会長を迎えに来るって!」
懍が話すと颯は二人に座るように言い、携帯電話を手に取り画面を触る。
「……これでよし、と。他の奴らにも伝えておいた。実行は明後日だ。」
「なんだか実感が湧かないね。ちょっと怖いね。」
懍はそう言いつつも目をキラキラとさせており、この状況をどこか楽しんでいるようだった。
「念の為聞いておくけど、会長には気付かれていないんだろうな?」
颯が心配そうに尋ねると、輝血は首を縦に振った。
「気付かれていないと思う。俺が聞いているって気付いたら流石にあの場で声を掛けられただろうし、桜庭さんもそのまま話を続けていたし。懍が周りを見ていてくれたから隊員に気付かれてもいないと思う。」
「そうか。じゃあいいんだ。流石にこの状況、大橋もいなくなったし世間も少しだけ静かになったとはいえ会長も桜庭さんもいっぱいいっぱいなんだろうな。」
颯は、ははっと笑い缶を手に取りグイッと飲み干した。
「輝血、仲間にもちゃんと話したか?」
「うん。明後日実行出来るのかは隊員さんに聞かないと分からなかったから、確定では無いかもしれないけど明後日実行するかもって言ってある。」
「そうか。で、仲間は全員ついてくるのか?」
「うん。懍が一人一人確認を取ってくれて、全員がついてくるって言ったみたいだ。」
颯は少し首を捻りボソボソと呟きながら指折り数えていた。
「全員となると……ウチからの車はそれなりに必要だな。ただあまりに多すぎると関門で引っかかる。だから多少ギュウギュウ詰めになるけど我慢してくれよ。」
輝血と懍が頷くと、颯は立ち上がり大きく伸びをした。
「じゃあ明後日。部屋に呼びに行くから全員必要な物だけ用意して待機しておいてくれ。」
颯は二人の前に立ち肩をポンと叩くとそのまま屋敷内へと向かっていった。
輝血と懍も部屋に戻り仲間達に颯との会話内容を伝えると、仲間達は嬉しそうな顔をしたが、どこか不安そうでもあった。
輝血と懍はすぐそれに気付き「大丈夫だよ」と伝えたが、輝血本人も少し不安な気持ちがあった。
だが、どこかで楽しみにしている自分がいる事にも気付いていた。
翌日、輝血達は普段通りの生活をした。
隊員達に悟られないように、平然を装いいつもと同じように隊員達から伝えられる仕事をこなしていく。
この日は、ここに連れてこられたあの日と同じほどに一日が長く感じた。
日が暮れると隊員達から今日の任務は終わりだと伝えられる。
輝血達は入浴と食事を済ませ部屋へと戻る。
空が曇っている。
明日は雨が降るかもしれない。
だが、雨が降ってくれた方が好都合なのかもしれない。
そんなことを思いながら輝血達はいつもより少しだけ早く部屋の明かりを消した。
そして、総龍会屋敷から出ていく日となった。
朝六時。
輝血が目を覚ますと、既に起床していた懍が一人荷物をまとめていた。
「おはよう。」
輝血が掠れた小さな声で挨拶をすると、懍は輝血の方を見てニコリと笑い「おはよう」と元気よく返した。
輝血は起き上がり懍の隣に行き、懍の肩に頭を乗せる。
「どうしたの?かーくん」
懍は特に気にする様子もなく荷物を纏めながら輝血に問いかける。
「アザミや香にもすぐに会えるかな。」
「どうだろう?颯さんに聞いてみたら?」
「うん、そうするよ。」
輝血はそのまま目を閉じて耳をすませた。
とてもとても静かな朝だった。
暫くすると仲間達も目を覚まし、期待と不安を膨らませた。
顔を洗い着替えを済ませる。
龍の隊服を着るのも今日が最後になるのかもしれない。
そんなことを思っているとノック音が響いた。
「朝飯の時間だ。食堂に行け。」
ドアを開き隊員がそう言うと、輝血を筆頭にゾロゾロと部屋を後にした。
食堂に入ると隊員達がクスクスと笑っている姿が目に入る。
食堂の奥へ視線をやると、そこには気怠そうに座る凱斗と隣に立って凱斗に何かを言っている桜庭の姿があった。
輝血はその光景を見て自然と笑みがこぼれる。
「貴方って人はどうして大切な日に限って夜更かしなんてしているのですか!?」
「朝っぱらからうるせーな……静かにしろよ。」
「もうすぐ出る時間ですよ!早く用意をしてください!」
「分かってるよ。飯食ったらすぐに出るから……頼むから静かにして。」
ボーッとした顔で手を合わせ食事を始める凱斗。
桜庭は大きなため息をつき凱斗の向かいにある椅子に座り小言を言っているが、凱斗は気にせず食事をしていた。
黒龍から総龍に来た隊員を始め、その場にいた隊員達はその光景を微笑ましく見ており、その中には颯の姿もあった。
颯は周りと同じように自然と笑っていた。
「お前達も早く食べろよ。」
部屋に呼びに来た隊員が輝血達に声を掛け、輝血達はそれに従い席についた。
「輝血。」
ガヤガヤとしていた食堂は一瞬にしてシンと静まり返った。
「……はい。」
輝血は後ろからの呼びかけに応え、立ち上がり声の主の方へと体を向ける。
「おはよう。」
パンを片手にボサボサの髪で気崩れた服。
気怠そうな少し掠れた低い声。
そのボサボサの髪の隙間から見える鋭い視線と目が合うと、輝血は一歩後ろに下がりテーブルにぶつかる。
「お、おはようございます。」
バレたのか?
輝血の心臓の音は周りにいる人全員に聞こえているのではないか?と思える程に大きく波打つ。
「最近お前達がよく頑張っていると報告を受けている。落ち着いたらお前達が食いたい物を食わせてやる。」
凱斗はそう言うとマグカップを手に取りグイッと飲み干し手を合わせる。
「行くか。」
桜庭に声を掛け立ち上がると、それに続き桜庭も立ち上がり凱斗の隣へと立った。
二人に対して隊員達は一斉に頭を下げ、凱斗は一つ大きな欠伸をしながら輝血達の横を通り過ぎ、食堂を後にした。
食堂の扉が閉まると同時にその場の空気が緩んだ。
凱斗の呼びかけ一つでその場が硬直する程の緊張感が走る。
それから解放された隊員達は席につき自分の食事を始めた。
輝血も座り直すと懍と目が合った。
「ドキドキしたね。」
懍が小声で言うと、仲間達が頷く。
輝血の心臓はまだドクドクと大きな音を立てていた。




