06
「一回抜け出して、それでも戻りたいっていうなら戻してやるよ。」
もう見慣れたと言える程に自分達に向けられた呆れた顔と声。
「戻すなんて事したらかーくんが怒られるんじゃないの?」
懍が問い掛けると隊員は首を横に振る。
「いや、その時俺や他数人の隊員は龍じゃなくなっている。忍び込まれていたと気付いた龍の隊員達や会長はそれどころじゃないだろう。会長は必ず怒りの矛先を俺達偽りの龍隊員と自分に向ける。輝血にはまた優しく接するんじゃないか?」
「そんな上手くいくのかな……?」
懍から消えない不安の影。
「戻すならの話だよ。まあ戻さなくてもバレるだろうけど。だから、ここから出るならもう二度とこっち側の世界には戻れないという覚悟はいる。」
「隊員さんはもうその覚悟があるの…?」
懍の問いかけに隊員は吹き出した。
「俺は最初からこっち側に染まろうなんて思っちゃいねえよ。むしろ気持ちが悪くて早く向こう側に帰りたいと思いながら過ごしていた。水仙に言われて潜入した日からずっとな。」
「そうなんだ……俺は少し染まっちゃったのかも。」
ケラケラと笑う隊員を見て、懍は自分の意思の弱さを実感させられたような気がして少し恥ずかしくなった。
「……まぁ、半々に染まった輝血が一番辛いだろうけどな。」
懍と隊員が輝血の方を見ると、輝血がゆっくりと口を開いた。
「俺、一回外に出てみる。会長の怖い姿を見てから萎縮していたのは確かだし、優しくされて龍の隊員の一人として過ごす事にも慣れて……でも、俺には平和に暮らす権利は無い。」
「権利とかどうとかっていうのは分からないけど、出るんだな?」
隊員は輝血の目をじぃっと捕らえるように見つめた。
「……うん。」
「かーくん、大丈夫なの?無理はしていない?」
「大丈夫だよ。もう一度外側から龍を見たいと思ったんだ。」
心配そうに見る懍にヘラリと笑いかける輝血。
「よし、じゃあ計画を話そう。」
隊員は二人の間に割って入り込み、日時と場所を伝えた。
「どうして一週間もあるの?一日に絞らないの?今じゃダメなの?」
懍が隊員に尋ねる。
「会長が確実に不在の日っていうのが分からないからこの一週間に絞っている。この中のどこかで居ない日に実行する。それに今はダメだ。全員が抜け出す日を伺っている。お前達を気にかけて今日は無くなった。この週で全員が抜け出す予定だ。」
「同じ日じゃなかったら厳しくなるんじゃないの?それに全部不在じゃ無かったら?」
「会長の予定次第なんだよ。正直、他龍から抜け出すのは隊長がいても大体の生活の流れが定まっているから簡単だ。ただ会長は不規則に動くから難しい。それに、もし会長の不在日が無かったら実行するのは来月だな。その週以外は他の龍が来たり色々と予定が詰め込まれている。会長がいる日も多い。」
「じゃあどうやって不在かどうか調べるの?」
「それをお前らにやってもらうんだよ」
ニコリと笑う隊員を見て輝血は眉間に皺を寄せる。
「そう嫌そうな顔するなって。」
「そこも隊員さんがやるんじゃないの!?俺とかーくんがやるの!?」
「そう。俺と他の協力者数人だけなら会長の不在の日当日に動く事も出来るが、お前達も一緒となると先に不在日を知っておいて屋敷に残る車の台数、隊員の数、何時頃が一番動きやすいかを知っておく必要がある。それに俺より輝血と懍の方が会長の周りをうろついていてもそこまで怪しまれないだろ。」
「そ、うかも…?」
「特に会長と黒龍の桜庭さんが話している時は徹底的に狙え。でもバレるな、怪しまれるな。いいな?」
「すっごい難しいんだけど!」
懍はプクッと頬を膨らます。
「総龍の目を欺くには物凄い手間暇がかかるんだよ。」
また一つため息を漏らす隊員。
「てなわけで、不在日が分かったら知らせてくれよ。」
隊員は大きな欠伸をひとつすると、眠たげな顔をして空を見上げた。
「どうやって?」
今にも眠ってしまいそうなほど目を蕩けさせる隊員に懍が尋ねると、隊員はまた一つ大きな欠伸をした。
「そうだな……じゃあ俺が毎日今日の約束の時間帯にこの場所に来る。分かったら来てくれ。」
「毎日来れるの?」
「緊急じゃない限り前日には翌日の大体の予定は決まっているから無理そうな日はお前らの部屋に言いに行くよ。……仲間達にもちゃんと伝えておけよ。あと絶対に会長や隊員に悟られるなよ。」
「分かった。頑張るよ。」
どこかまだ眠たげな顔をしながらも、鋭さを取り戻した目に見つけられた二人は自然と背筋を伸ばしていた。
「じゃあ今日はもう戻るか。あんまり遅くなると俺が怪しまれる。」
隊員は缶を手に取ると立ち上がる。
「あー、そうそう輝血。」
「ん?」
「ここを出たら面白い人に会わせてやる。」
「面白い人?」
「ああ。俺らにとっては面白い人。」
輝血はあまりピンときていない表情を見せた。
「はは、楽しみにしてろよ。じゃあ後は任せたぞ。」
隊員は背を向け歩き出すとそのまま屋敷内へと入っていき姿が消えた。
「話し合いと言うより……丸め込まれた感じがするね?」
「そうだな。俺と懍で不在日も調べなきゃいけなくなったしな。」
「かーくん……無理していない?」
不安げな顔で輝血の顔を覗き込む懍に対して、輝血はどこか覚悟が決まったかのような顔をしていた。
「どうして?」
「だって……かーくんはここに残りたい気持ちもあるのに。」
「大丈夫。外に出たい気持ちもあるんだよ。」
揺らぎの無い声に懍はほっと胸を撫で下ろした。
「そっか。もし、かーくんが戻りたいってなったらその時は───」
「俺一人だよ。」
不安げな顔からにこやかな表情に戻った懍の言葉を遮る輝血。
「え?」
にこやかな表情は瞬く間に崩れていく。
「戻りたいと思ったら、仲間も懍もみんな置いていく。」
「どうして…?」
懍の声は震えていた。
輝血を失うかもしれない、そう思うだけで息苦しく手足が痺れる感覚に陥るのだ。
「もう巻き込みたくないから。」
「そんなふうに思ったことないよ?」
懍の目に溜まる涙はツーっと静かに流れ落ち、それは地面を色濃くさせた。
「俺がそう思うから。それに戻りたいと思うかどうかもまだ分からない。」
「そうだけど……そうなったら俺も一緒だからね?」
輝血は、自分の手を握り必死に訴えかける懍から目を逸らしてしまった。
もしそんな未来がやってきたなら、巻き込まずに離れなければならない。
懍が輝血を思うように、輝血も懍を大切に思っているからこそ、これ以上自分に縛り付けられ自由を失う懍の姿を見たくはなかったのだ。
「……俺達も戻って仲間達に伝えよう。」
「……うん。」
目を逸らされた懍は、それが冷たさから来るものではないと分かっていた。
輝血には輝血なりの考えがある事も、懍の事を思って言っていることも、分かっていたのだ。
輝血と懍は部屋に戻ると仲間を集め、総龍屋敷から抜け出すことを伝えた。
仲間達は予想をしていなかったのだろう。
とても驚き、中には困惑する者もいた。
「今すぐにってわけじゃないから少し考えてみてほしい。」
懍がそう言うと仲間達はコクリと頷く。
輝血はそんな仲間達を見て思う。
きっと全員が此処を出るという選択肢を選ぶのだろう、と。




